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生まれた景色

玄関を開けると朝方過ぎの路面からは雨上りの匂いがふわりと昇り、マスクをしていない鼻をなんとなく夏が掠めていった。

金曜から今日に至るまで何も投稿していなかったのは突然忙しくなってしまったからで、その予定外の出来事は僕にとってとても喜ばしい出来事だった。
だからその為に、朝早くから起きていたのだ。

朝起きて準備をしながら、ぼんやりと昔の記憶を遡ってみた。不確かな渦の中に手を入れてみると、赤ん坊を抱いている記憶が何故か蘇って来た。

すると、生まれて初めて赤ん坊を抱いた記憶が妹ではなく、母の友人の子供だった事に気が付いた。
場所は『ビックエコー』という、かの有名な店と全く同じ店名で、当時は「レーザーディスク」を売りにしたカラオケ店だった。

僕はカラオケBOXの一室でその小さな命を抱いていた。母が歌う演歌が流れる中、赤ん坊は特にグズリもせずに大人しく抱かれていた。
そのあまりにも小さな身体に、少しだけ恐怖も覚えた。

その頃、赤ん坊とそんなに歳の変わらない妹がいたはずなのに、その記憶がほとんど一切思い出せなかったのは家庭の中での出来事だったからだろうか。
相当特殊な家庭環境下だったので、兄として妹には愛情らしい愛情を何も与えてやれていなかったのかもしれない。
多少なりとも与えていたのなら、赤ん坊を抱いた瞬間の少しの恐怖は感じなかったはずだろう。

妹には申し訳ない回想だったが、そんな風に誰かが生まれた景色を思い返しながら朝を過ごすのは悪い気分では無かった。
しかし、いくら夏とは言え蒸し暑さが堪える朝だった。
降り残した雲が雨を降らして時折路上を濡らしていたが、家を出る頃にはピタリと止んだ。

もうすぐ夏も終るのか、と思いながら家を出た。
叫び声すら上げずに死んで行く景色の裏でさえ、景色は日々新たに生まれ続けている。

休日にも関わらず朝の電車は混んでいた。主に部活動の為に移動する高校生が多かった。

意外なほど早かった「久しぶり」のはずが、その言葉は出なかったような気がする。とにかく、労いたかったのだ。
店もまだ開き切っていない朝の構内で、パンを買う。

会計をしながらふと振り返ると、いつの間にか離れていた背中が店のガラス越しに見えた。
遠くを見つめている姿を見ているだけで、小さな喜びを感じてしまう自分もそこには在った。

警戒心が強過ぎるせいか、小さな頃からやたら多弁だった。うちの母は「喋らなければ死ぬ」と豪語するほどの人間なので、遺伝もあるだろう。
兄妹が集まる時なんかは皆が皆好き勝手話しているので、何がなんだか分からなくなる事はしょっちゅうだ。

僕にとって際限なく話す事は「攻撃」でもあり「防御」でもあった。
中学二年時。初授業でよくある自己紹介を一人で二時限分も使って話した事で一気に学年の噂になったりもした。

元々多弁なので楽しくて話してることもあるし、逆に相手を塞ごうとして話し続ける時もある。けれど、どちらにせよ時間は持たない。普段の喋り方はエッセイよりも随筆にだいぶ近いが、それを聞ける人は限られて来る。
誰に対しても「他人」は「他人」という感覚が強いからだろうか。

そんな「他人」を何年も昔だが、閉じようとしていたのを救った事があった。
最期を見届ける予定が結果として生かす事になったのだが、後々になってそれを素直に喜べる自分は居なかった。
後年に至って喜べるようにはなったのだが、ひと時でも振り返っては悩んでしまう自分の愚かさに吐気を覚えた。時々、吐いた。
それが僕にとって「他人」の為に何かが出来た瞬間だった。

電車が揺れて眠りそうになる隣に目を配らせながら、途中で眠らせた。
見飽きたはずの光景に色が付いていたのを思い出すように、一人で窓の外に目を向けた。夏が青々と生きていることに、思わず笑みを零しそうになった。

部屋の中の新しい光景に慣れないうちに時間は過ぎて行った。
無理にでも小説を書こうとしても、一行も思い浮かばなかった。
それで良いとも、素直に思えた。

近くで鳴き始めた真昼の蝉の音で今が色濃くなって、それで夏の中にいるんだと感じた。あまりにも静かな時間の中で、幸福は季節を連れてゆっくりと訪れていた。

大昔、家のすぐ近くに養護学校の為に作られたグラウンドがあった。
その脇には大きなバッタが採れる草むらがあり、みんなでバッタを採ったりサッカーをしたりして遊んでいた。
金木犀の匂いが漂い始めて、風が肌寒くなる頃になると一人、また一人と姿を消して行った。
伸びていた影もやがて闇に消えてなくなる頃、ようやく一人ぼっちにされていた事に気が付いた。

二人で歩きながら、夜の街を眺めた。風情も情緒もぶっ飛ぶほどに夜は重たい暑さに包まれていた。
ほとんど無言のまま、歩いた。
同じ月を見る余裕すらないほど暑さにやられてしまったが、何物にも代え難い時間だった。

同じように暑い、夏の夜だった。ベランダに置いた天体望遠鏡を覗きながら、父によって自身の命とも言える筆を折られた兄が僕に行った。

「たけし、見てみ」

セットされたスコープを覗いて見ると、クレーターがハッキリと見えた。
まるで月面に着陸した気分になりながら、兄と興奮しながら笑い合った。
とてつもなく悲しい出来事の後だったが、二人でたくさん笑った。
そのすぐ後に、僕の家族は見事に解散した。

誰かの笑い声は好きなのに、触れる事も、触れられる事も嫌いだった。
同級生がふざけ半分でタッチし合ったりするのを横目で見ながら

「気持ち悪い」

と本気で想っていた。触られると露骨に嫌な顔をするので、そのうち誰もタッチして来なくなった。安心した。
人に触れた時に感じる「他人」の肌への違和感。逆に触れられる事への恐怖。
スキンシップはコミュニケーションのひとつなのだろうが、一度時間が経てばその意識は何度でも芽生え続けた。
諦める以前に無理な話だろうと思っていたが、眠りの奥で感じられる重さに心はまるで無防備だった。

「俺さ、彼女に自分を押し付けないようにしているんだよね」

以前の職場で、自信あり気に先輩がそう言った。

「自分を押し付けないって、何をですか?」
「ワガママ言ったりとか、自分の自意識っていうの? そういうの」
「へぇー。優しいんすね」
「そう、俺って優しいんだよ」

確か、そんな会話をした。僕はどうだろうか。それまで、どうだったのだろうか。
それが良いのか悪いのかは別として、自分のエゴで人を潰してしまったのなら、相手はそれまでの人だったのかもしれない。
そんな風に考える自分は果たして優しいのだろうか、とも考えてみたけれどイマイチその考えはしっくり来なかった。
その人にとっての優しさを感じてもらえれば、他人から見た時にそれが何色でも構わないと思っている自分がいる。

前回のようないきなりの「じゃあ」ではなく、見送ることが出来た。
部屋に帰ると急激な寂しさに襲われたものの、そのすぐ後で一人で笑った。

昨年のちょうど今頃、墓のパンフレットを申し込んでいた。
親ではなく、自分用の。死にたい訳ではなかったが、これ以上誰かに命を期待されることもないだろうと悟っているつもりだった。
少し早めの生前整理だったが、夏の陽射しの下でそれらは再び散らかり始めた。

その中で再び思い出した光景、風景、色、匂い、肌、想い。
ひとつひとつ初めて見たような顔で拾い上げ、それらを大切にしたいと思う自分。すると

「またね」

があった事に笑った。ポケットの中だろうか、どこだろうか、とても大事にしまってあった。
それがあるのに、寂しくなったり悲しくなったり、一々煩い自分の感情に「口だけにしてくれよ」と笑った。

もうすぐ夏が終わる。今年も花火は見られなかったし、夏祭りの気配すらも感じられなかった。その辺の子供達も心なしか疲れ切っている様にも見える。

過ぎる景色をいくら嘆いても、次の季節はやって来る。
生きている限り、感じられる。

今は季節の斜陽によって少し長くなったその影を、踏まないように歩ける事を思い描いている。


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