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シリーズ「想い」/2005年発表より


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「むかし、彼に告白されたわ」

金門橋を望む芝生の上、彼女は切り出した。短い沈黙の後、僕は応えた。

「みんな君が好きだった。彼だけじゃなく僕も、他の奴等も」


僕たちは小さな町に育った。夏は田畑と青空が鮮やかな対照を成し、冬は灰色の空と雪が諧調を綴る黒白の景色。それが僕達の全てであり、他には何も無かった。

数日前、大陸の東岸が惨禍に包まれた。

「いまの私には何もないわ。ただ、ここにいるだけ」

翌朝、北へ向かう僕を彼女は見送ってくれた。バスが発つまで何度か視線を合わせたが、会話はまるで無かった。

バスに乗り、出てゆく僕を、彼女は笑うわけでもなく、手を振るわけでもなく、ただひたすら見送ってくれた。車窓の真ん中で彼女は小さく小さくなってゆき、やがて消えては幻になった。

彼女とはそれ以来会っていない。多分今後もそうだろう。

何か掴めただろうか。何者かになれただろうか。

彼女は今でもあの芝生でコーヒーを飲み、知らない誰かと暮らしている。彼女を訪ねる者は他にはなく、彼女を確かめる者もいなかった。






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