日本医療デザインセンターを設立した理由
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日本医療デザインセンターを設立した理由

「2021年に入ったらnoteを更新する」と関係者に宣言しながら、忙しさを理由に8ヶ月間以上も放置してしまいました。時は金なり。そして、宣言した関係者への背信行為でした。反省。

と、いきなり反省から入りましたが、この半年間の不実行を懺悔した上で、まっさらな状態で本題の『日本医療デザインセンターを設立した理由』を綴ってみます。

『鎌倉のホームページ制作おじさん』で、一生を終えるか?

筑波大学の芸術専門学群を卒業してから、企業に勤め、多摩美術大学の修士課程への復学、フリーランスを経て、Jump Start 株式会社を2008年に立ち上げてからここまで。素晴らしい人の縁と仕事に恵まれてきました。

素晴らしい成果を生み出せた仕事はもちろん、うまくいかなかった仕事や、宣言した目標に届かなかった仕事も含めて、今でもどれも大切な仕事であり、繋がりです。そして、そのときそのときで、本気で取り組みました。

ただ、一方で、
「本気で自分の限界にチャレンジしているだろうか?」
「自分の可能性を最大限、発揮できているだろうか?」

と、自分自身に対する疑問は日々増していきました。

自分の中で今後の人生をシミュレーションしたら、
『鎌倉のホームページ制作おじさんで人生終える』
イメージが描けてしまったのです。

今、目の前の仕事には不満もないし、むしろ充実しているけど、10年先、20年先、、、と未来から見たときに、これはいかん、と。

社会に何かを残すことを考えた。

なので、これまでの仕事およびそこに関わる方への感謝はあっても、否定や後悔はなく。
限りある人生の中で、今考えうる最高のチャレンジを選択したかったのです。

少年時代に読んだ伝記の影響かもしれません。
これまで観た映画や漫画や小説の影響もあると思います。
一度きりの人生で、できる限りのことを成し遂げたい。
そして、そのためにチャレンジし続けたい。
そんな欲求が根底にあります。
自分の中の「こうありたい」という美学かもしれません。

ただ、一方で、株式会社の経営者としては、13年以上、一度もスタッフが10名を超えたことがありません。スマッシュヒットも出せていなければ、年間の売り上げが1億円を越えたこともありません。

その理由を今ならそこそこ客観的に述べることはできますが、ここではその理由を述べたいのではなく、、、

社会に何かを残すという観点から考えると、会社の売り上げや組織の規模を拡大させて、会社そのものの認知度(=社会からの必要性)を上げていくこと。そこから生まれた商品やサービスで社会を「変革」すること。そして、多くの人を雇用する、という社会貢献。これらの指標におけるインパクトは全く出せていないと自覚しております

その自覚のもと、会社の規模拡大を「目指し直す」かどうかを考えたときに、心に湧いてきたのが、

『企業を拡大すること』への自分の能力に見切りをつけ、
『教育を通して人材を輩出する』ことへの挑戦にシフトする。

でした。

その考えに至った背景には、自分が修士課程でお世話になった多摩美術大学の情報デザイン科の存在があります。

当時、「情報デザイン」という言葉およびその領域は、少なくとも日本国内での認知度も影響力も決して大きなものではありませんでした。

しかし、そこから学問の領域として、10年、20年と人材を輩出し続けることによって、情報デザインの認知度を高め、存在意義を生み出し、そしてビジネスや表現を通して「業界」を創ったと言っても過言ではありません。

この20年あまり、情報デザインという学問の領域から生み出された社会へのインパクトを、自分の得意領域やこれまでのネットワークを用いてチャレンジできないか、思いを巡らせました。

縁のある素敵な人たちと挑戦したかった。

10年ほど前から大変お世話になっている鎌倉にある面白法人カヤックがかねより掲げている「何をするかより誰とやるか」という言葉からも考えてみました。

自分が2020年7月まで経営していた Jump Start 株式会社(2020年8月より新代表に継承)では、50%以上が医療をデザインする仕事。介護福祉やヘルスケアを入れると90%以上を占めます。これらの仕事で得た知識や技術も大切なものですが、何よりこれまでの仕事を通して出会った素晴らしい人たちと「ホームページをつくる」を超えた新しい領域で、社会に価値のあること、社会が驚くことを仕掛けることを思い描いたときに、日本医療デザインセンターの構想が生まれました

そこから一年間の活動を通して、「点」の繋がりを「線」にし、そして「面」にしていったのを表しているのが以下の図です。
※ここでは名前は伏せます

jmdc_事業構想180613_edit

この一枚の図が、当時の関係者に対して可能性を可視化したものとして効力を発揮しました。資料に掲載されている団体名や人物はすべて「これから会いたい人」ではなく、すでに直接相談が可能な人たちだったからです。

この一枚の図が自分自身を力付けたのは言うまでもありません。「縁のある素敵な人たちと挑戦したい」という気持ちがより現実的にかつ強固なものになりました。

挑戦のさなか、コロナ禍に。

2018年2月26日(亡き祖母の誕生日)に一般社団法人 日本医療デザインセンターを設立以来、様々なトライ&エラーを繰り返しました。

そして、設立からおよそ2年後の2020年3月から、世界はコロナ禍に。

ピンチは変革のチャンス。
コロナ禍によって、いくつかのプロジェクトは頓挫しましたが、一方で世界の医療に対する注目度が上がっているのも確かです。私たち非医療従事者の医療や健康に対する注目度が上がったのはもちろん、医療従事者(特に医療経営者)にとっては、従来までの考え方・やり方を変革する必要が加速しました

そしてそのヒントの一つが私たち日本医療デザインセンターが掲げるデザインおよびデザイン思考にあると確信しています。

今後は、医療デザインセンターの理事のみなさん、賛助会員の皆さんと取り組んでいる構想やプロジェクトを紹介していきたいと思います。

一般社団法人 日本医療デザインセンター
https://mdc-japan.org/







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一般社団法人日本医療デザインセンター/代表理事、デザイナー。 Jump Start 株式会社/代表取締役、クリエイティブ・ディレクター。