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育てたい!在宅医療を担う看護師

医療デザイン Key Person Interview :医療法人 綾正会 かわべクリニック 看護師 川邉 綾香

人口50万人の大阪府東大阪市は、大阪中心街に近くベッドタウンとして栄えてきた。看護師の川邉綾香が、医師である夫・正和とともに「かわべクリニック」を開院した2015年、地元には在宅医療に特化したクリニックは少なかった。

自宅で最期を迎えたい人たちの助けになりたい。川邉は大病院の救急病棟でもキャリアを積み、現在は在宅医療の前線で活躍している。

さらに在宅医療の中心を担える看護師を多く育てる目標がある。業務が忙しくても、後進の指導や情報発信に力を入れているのだ。

常時80名程度の患者さんの病状、好み、環境などを把握して訪問診療に向かう

24時間365日オンコール 
-患者さんの希望をかなえる

「どこで最期を迎えたいか」という質問に「自宅」と答える人は7割。しかし実際に自宅で亡くなる人は2割という現実のギャップがある*。すべての希望をかなえることは難しい。

(*「人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書」厚生労働省、2019年)

最期まで自宅で自分らしく暮らしたい希望を、一人でも多くかなえるために、全国各地で「在宅医療」を担う人々が奮闘している。東大阪市の「かわべクリニック」もその一つだ。

看護師の川邉綾香は、開業から7年、2000日以上もオンコールを続け、いつ訪れるか分からない患者の最期のために尽くしてきた。

「私たちが大事だと考えているのは、選べる自由を提供することなんです。たとえば点滴を1つとっても、見守っている家族としては『何もしないことへの抵抗』があるかもしれません。でも、ご本人には『しない』方が苦しくないこともある。

正解はないので、一緒に考えていくケアが求められていると思います。」

大病院の救急で感じたやりがいと一抹の寂しさ

大阪赤十字病院の運営する看護専門学校を卒業後はそのまま大阪赤十字病院へ就職。大阪でも屈指の大病院になる。

尊敬する看護師長のもとで呼吸器の看護を学び、やがて救急病棟も経験した。多くの看護師にとって花形の職場だったが、川邉の指向は少しずつ変わり始めていた。

ーー急性期の病院は生命を1分1秒でも伸ばす世界とも聞きました。

「病院では、医療の内容を自動的に決めるところがあります。終末期でも『何もしないことを選べない』のが基本です。

また、救急病棟は目まぐるしいんです。患者さんひとりずつのお名前を覚える時間さえありません。しかも今は在院日数が短くなっていますからますますですね。

ーー重要な役割であると頭では分かりながらも……

「たしかに様々な疾患の看護に関われて、レベルの高い環境でした。ただ、患者さんにずっと寄り添えないことが、私には寂しかったんです。

救急を離れた患者さんがその後どう暮らしていくのか。自宅に帰りたいのに帰れない、受け入れる在宅医療が不足している課題にも心を奪われました。ちょうど同じ時期、院長(川邉正和氏)も同じく在宅医療が大事だと感じていた。『受け入れる側を私たちがやってみようか』と、なったんです。」

川邉院長も、手術や抗がん剤治療の後に、自宅に戻れないがん患者さんの姿を見ていた。

ふたりは東大阪での開業を決める。大阪赤十字病院に搬送されてくるケースが多く、当時の在宅医療が手薄のために自宅に帰りたくても帰れない患者さんの多い地域だった。

患者さんや家族と頻繁にコミュニケーションを取り、安心してもらう

在宅医療の中心を担える看護師を育てる

かわべクリニックのホームページでは、「看護師・川邉綾香」「院長・川邉正和」の順であいさつが紹介されている。院長のほうが後というケースは極めて少ないだろう。

ここには『在宅医療の中心を担うのは看護師だ』と、川邉たちの信念が詰まっている。

院長の正和が書いた記事「在宅医療の“要”は看護師です!」は、

「在宅医療というと、医師の治療に注目されることもありますが、私は、在宅医療の“要”は看護師にあると考えています」の一文で始まる。

  • ちょっとした患者さんの変化に敏感に気づく

  • 患者さんと家族の不安や疑問を取り除く

  • 医師に申し送りをし、ときには意見する

より頻繁に、密に患者さんとの時間を共有するのは看護師であり、看護師の質がさらに向上すれば、在宅医療の質も向上するという考えだ。

川邉看護師が、患者さんや家族から信頼を寄せられているのは訪問時の相手の表情を見れば分かる。信頼の理由は、川邉のコミュニケーション力、相手の言葉を引き出す力なのではないか。

「看護記録」のスキルは、在宅医療の中心を担う看護師には欠かせない

ーー綾香さんを「聞き上手」だと評する人が多くいます。なぜでしょう。

「中学生のとき、親と一緒にスポーツジムに通って、お年寄りに混ざってジャグジーに入っていたんですよ。一人だけ若いのがいると可愛がられるじゃないですか。『えーそうなんですか、そんなことしているんですか』って聞いていただけなんですが(笑)。

それで聞く力は自然に備わっていったんですね。看護師になり、多くの同僚や後輩が『患者さんとうまくお話ができない』と聞き、驚きました。

ただ、私は話を聞くのは得意だったけど看護記録(医師などへの申し送り書)が苦手で悩んでいましたね。いっぱいお話し聞いて吸収してるのに、『ん、何書くの?』って(笑)。

当時の医師に『めっちゃ聞いてるやん!なんでそれ書かへんの』と言われて『え、それ書けばええの?』と(笑)。

その経験も"看護記録の書き方”とまとめて後輩たちに伝えようと。」

なによりも患者さん目線で考え、言葉を聞く力があり、さらに大病院で磨いてきた看護スキルのレベルも高い。これが川邉の姿であり、在宅医療の中心を担う看護師の力なのだろう。

ただし在宅医療の現場では看護師の受けてきた教育、キャリア、マインドにはバラツキがあるのも事実だ。

ーー看護師のスキルの差に戸惑ったこともあったとか。

「正直に言って、開業当初は驚きや憤りもありました。
でも私が地域の患者さんのためにできることと言ったら、看護師さん、ヘルパーさんを怒ることじゃなくて、今までの自分の苦労、経験を伝えることを通じて、よい在宅医療、看護を実現することなんですよね。

怒るのではなく『はーい、みんな集まって!聞いてくださーい!』と、情報を届け始めたら、一生懸命レベルアップしてくれる看護師さんも多くてうれしかったです。」

活動を広げる仕組み、仕掛けを求めて

自分が学んできたことを伝えて看護師のレベルアップを図るのも川邉の大事な仕事

「東大阪プロジェクト」という川邉夫妻のライフワークとも言える取り組みがある。

人生の最終段階を迎えた方への対応を学ぶ「エンドオブライフ・ケア研修」や、忌避されがちな「死」を前提に語る「縁起でもない話をしよう会」、地域の小中学校を対象にした「いのちの授業」など、医療・介護関係者だけでなく地域を巻き込んでの活動を行ってきた。

また前述した看護師に向けた情報発信は、川邉看護師の軸であり続ける。直接、川邉が携われる患者さんの数は増やせないからだ。

「日本医療デザインサミット」にも登壇。クリニックの人材育成の試みを全国に向けて配信した

ーー今、患者さんの数はだいたい80人程度だとか。

「もっと看てほしいという患者さんはいらっしゃいますが、私たちが責任をもってケアできる上限ですね。これ以上は私の頭もパンクしてしまいます。
自分たちの規模は拡大できないから、在宅医療の担い手である看護師がレベルアップできるように情報発信も大切にしているんです。」

ある講演会では、オンラインながら受講者が700人を超えた。川邉の活動が認知されてきた手応えはあるという。

「うーん。でも今はまだ自分たちが絵を描いて、それを『見て!』って言っている段階なんで、知っている人だけが知っている感じはあります。
今後は地域包括支援センターの力を借りて、ケアマネジャーさんも巻き込んでいきたい。

クリニックは個人経営なので、何もしないと私自身の視野が狭くなるし、関わる人達も限られてきます。活動を広げるのは結構大変なんです。」

ーーー日本医療デザインセンターでもいろんな方の話を積極的に吸収されていますね?

「視野が狭くなりがちだからこそ、全然違う目線でいろんなアドバイスをいただけるのは非常にありがたいと思います。
”デザイン”のことはよく分かっていないけれど、得た学びがデザインなのかな、などと解釈しているんです。

伝え方、伝える技術、方法、場所なども医療デザインで学ばせてもらって、在宅医療や看取りの本質、看護師の可能性などを上手に伝えられるようになりたいですね。」

看護師として、在宅医療にかかわる人々を導く川邉の前に広がっているのは、誰も歩んだことのない道なき道かもしれない。

ただ川邉が歩んだ後にはまちがいなく道ができるだろう。

取材後記

在宅医療にコミットすると決めた開業以来、一度も旅行されたことがないそうです。これにも「でも自分たちで決めたことだから問題ないよね」がふたりの合い言葉なのだとか。頭が下がる思いです。

ややプライベートに逸れた質問をしました。「夫とずっと同じ職場というのはやりづらくないか?」との問いに「夫婦だけれど、パートナーなので、やりやすさも、やりづらさも一切ない」ときっぱり。信念が強いことに加え、真のプロフェッショナルであり、この在宅医療が川邉夫妻の「天職」なのだと感じた答えでした。

本当に自分が好きな仕事、自分が必要とされる仕事をしている方は、目の奥までキラキラされていました。(聞き手:医療デザインライター・藤原友亮)

日本医療デザインセンター 桑畑より

いつも穏やかな表情の川邉正和先生とは対照的で、いつも真剣な表情をされている綾香さんへの第一印象は「ストイックそうな人」でした。
そんな綾香さんが随所で見せてくれる素敵な笑顔に(良い意味で)やられてしまいます。例えるなら、女優さんが舞台での演技が終わった後に楽屋で見せる素の笑顔、みたいな感じです(と書いておきながら僕は芸能関係のお仕事ではありません…あくまでイメージです)。
関わらせていただく中で、ひとつひとつのことに探究心を持って真剣に関わる方だということがわかってきました。綾香さんの人と向き合うときの姿勢の素晴らしさをひしひしと感じております。きっと、その姿勢は患者さんへの看護に限らず、関わる全ての人に対してのように見えます。その真摯でまっすぐなあり方が、人の心に残るメッセージを生み出しているのでしょう。
これから綾香さんが啓発していく想い、看護スキル、そして創り出す「文化」が本当に楽しみであり、そこに関われることが本当に光栄です。
(日本医療デザインセンター 代表理事 桑畑健)

川邉 綾香さん プロフィール

2005年に大阪赤十字病院、入職。呼吸器内科・外科、消化器内科病棟では、がんと診断された患者さんの看護や、緩和ケア病棟での終末期治療の看護を経験。
救急外来・病棟では急性期看護を学ぶとともに救急搬送される患者さんのそれまでの経緯や望まない治療も知り、在宅医療に関心を持つ。
2015年9月に夫の川邉正和院長とともに「かわべクリニック」を開業。
2019年、エンドオブライフ・ケア援助士 認定資格取得。東大阪市の在宅医療、看取りをフルタイムで続けるかたわら、講演会、勉強会などに登壇多数。さらにブログやYouTubeを通じて、在宅医療の中心を担える看護師の育成を目指す。



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