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詩374 涙越しの三日月

久しぶりに筆を執る
その手が震えている。
鈍さを重ねた感覚のため
誰かの言葉に 思わず すがりたくなる けれども
自分の求める言葉は 既に内で輝いているものだ。
ただ
それら 内なる言葉の数々は
やはり 鋭く
手が痺れそうだから 触りづらい。
こういうときばかりは
自分の強みである〈優しさ〉が仇となる。
この躰に鞭を打ち 苦労を塗りつづけ 必死になる私は
何を求めるからか。
年の瀬の喧騒に耳を塞ぐ私の体内で
かすれた筋肉が吸い込む
血液の鮮やかさが
毒々しい。

夜空を見上げたとき
静かに輝く月に出逢うと
しばしば 涙越しに 見詰める。
私には 季節性を帯びた悩みが幾つかあって
その一つに 次がある:
心からあふれる言葉によって
個人的な笑止が
時折 引き締められてしまうこと。
すなわち
視覚における左右は 小雪を溶かすアスファルトで
聴覚における上下は ネオンを落とした駅舎の外装

そうか、そうか………やっと分かったよ。
私は、自分を信じられていないから
人のことが信じられないのだ。
人の言動を見て不安になるのは
自分のことを「できる!」と思っていないからなのだ。
頑張りながら楽しむ人の姿を見て
私は ようやく 気が付いた。
けれども その次に
私はどうしたら自分のことが信じられるのか
そのことは まだ 知らないことに 気が付いて
切なくなり また 虚しくもなった。

私の嫌いな場所は駅前だ:
道が痰や反吐で汚れ
醜い人々で ガヤガヤ しているから。
故に 駅前は私の居場所でない。
移動のために通過せねばならないのなら
不幸なことだし
一刻も早く立ち去りたい場所だ。

月夜はどこへ行っても月夜である。
地球上にいる限り
大抵 同じ景色を目にできる。
闇を背景にして浮かぶ 黄金の一円。
光を 一歩いっぽ 追い掛け 吸い込む 姿は
人々に勇気を与えるものである。
ご多分に洩れず 私も 与えてもらっている側である。
けれども 与えられるだけで 何も与えないのは
どうも私には酷で 至極つまらないこと。
手に提げた傘をブラブラさせながら
群れたがりの言葉に 私は しばしば 包まれる。
満更でもない私は
案外 そういう状況に酔っているらしい。
言葉を頭から流したりこぼしたりする自分を
密かに好いている。

然るに 楽しい時間はどこへ流れる。
その行く先を、私は知らない。
追っていったら
もっと楽しい時間に出逢えるだろうか。
たとえ 場合により
私の〈優しさ〉が害になるとしても
その〈優しさ〉を 私は 手放さずに
ぎゅっと 抱きめていたい。
心に 容易く ウソをかないで
でも 偶に 溜息くらいはきながら
鋭い 私自身の言葉を
白紙の上にまぶしつづける。
それは 夜空に掘り出された三日月のように
静かに輝くものであるはず。
言葉を貪り 聖なる居場所を探し求めて
今晩も 私は 熱に焚かれる

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