竹美映画評67 ボリウッド戦線異状なし『Pathaan』(2023年、インド、ヒンディー語)

おかえりボリウッド!!!!

出演:シャールク・カーン、ディーピカ―・パドゥコーン、ジョン・エイブラハム
監督:シッダールト・アーナンド(『WAR!』の人だったんだね!納得)

公開前は、ディーピカ―の着ている服の色にいちゃもんつけられたり、ボリウッド人は「Pathaan」の意味を知らぬのですかと叱られたり(私もよく知らんが、アフガニスタンの地名)してて、昨年の『Laal Singh Chaddha』のときと同じく
インド人って何か一言二言三言…∞言わないと気が済まない人達
なのね。

蓋を開けてみると、これ以上ない程のインド国家万歳お国のために死ねシネマだった上、チケット売上も好調らしい。こういう痛快娯楽映画を待ってたわけですね。どこまで売上が伸びるか楽しみ。

内容

インドのCIAみたいな組織の創設者である通称パターン(シャー・ルク・カーン様!)が、インド国家にテロを企てるパキスタン(あー…)の過激派の将軍…に立ち向かうのではなく、将軍が個人的に(多分国家のお金を半ば流用して)外注したインテリならず者集団(ボスはジョン・エイブラハム演じる通称「ジム」)と戦う!そのならず者集団の中にはパキスタンのCIAみたいな組織メンバーだったルバイ博士(ディーピカ―・パドゥコーン様ぁ!!)がいる。尚、ピンチに陥ったパターンを助けにある工作員が護送列車を襲撃!その正体は…ゴゴゴゴゴゴ(笑えます)

この期に及んで、同じ監督の腐葉土作『WAR』は観てない私なのだが、作中に「カビル」という名前が出て来たり、ヤッシュ・ラージ・フィルム社「スパイ・ユニバース」作品となっているので、きっとこれからもスパイ映画を作り出してくれることだろう!楽しみね!!!多分女スパイ(めすぱい)主人公とか計画されていると思う。

ディーピカ―・パドゥコーン、よかった。

かつてのハリウッドもそうだったと思うんだけど、インテリかつ恐ろしく美しい女優にとって、キャリア中盤の役選びというのは難しかろうと思う。依然ヒーロー映画ばっかりのインドで、既に演技の評価も受けた若手大女優としてどんな役を選ぶのか、皆に注視されてしまう。

これが彼女の初登場シーンなのだが、彼女ってパキスタンの科学者なのよね…科学者がこんな服着て踊らないだろう…でもこれはユーモアか冗談なの。男女が絡みついて踊る音楽シーンの大半は「主人公男の妄想」なので事実じゃないのよ。この男妄想シーンの直後が面白いと思った。妄想が終わってプールにどっぼーんして華麗に泳ぐルバイを見ていたら、その向こうににやけ顔のジョン・エイブラハム=ジムが濡れ濡れ上半身でこちらを見ている!どういうエロ顔なのよ!!!そしてそれを背景に、画面の前面にスローモーションでざぶぁあとこれまたにやり顔のルバイが!!!笑わせてくれるわけねそこで。その後も水から出て来たジムったら白いショーツ一丁ですよ…

女スパイ(めすぱい)と言えば、ハニートラップ作戦だ!!!ロシア官僚おじさんをディスコで誘い(胸開きすぎww)、指紋採取に大成功。ロシアのシーンは全体に笑いに振れておりディーピカ―のファッションや変装も全体的にぶっとんでいる。スピードスケート始めたシーンではかっこいいけど笑っちゃった…。

国際関係的にはどう?

ロシア

インドとロシアはどういう感じなのかってのも出て来る。別に敵対しているわけではない。近からず遠からずって感じなんだね。インド国のスパイがロシア政府の秘密倉庫にあるものを盗み出したとなれば外交問題になるとはいえ、インドの役人が、捕らえられたインド人にガラス越しに面会しに行くことはできるっていう近さ。そもそもロシア政府への攻撃が主眼ではないからね。というか、ロシア政府、パターンの正体くらい絶対分かってるだろw

パキスタン

悪役パキスタンの将軍は、パキスタンを代表する人物としては描いていない。彼がいかれテロを計画する理由は、モディ政権がカシミール地方の自治権をはく奪したことがきっかけとなっている。ちなみに、インド人に言わせると、カシミール地方の自治権を奪った、と西側の我々が考えるところを、「テロリストが入って来る最も不安定な国境をブロックした」と捉えているようだ。そして、むろん映画もそっち側について作られている。カシミール地方はインド国の領土であり、インド国がその使い道を決めるということは自明なのだ。これでは『カシミール・ファイル』のアグニホトリ監督も下手に噛みつくことはできない。立場は同じなのだから。

アフガニスタン

主人公の本名も素性もはっきりしないが(これ、続編とかシリーズ化への布石じゃないかと思うんだけど)、パターンというアフガニスタンの名前をもらった経緯は語られ、後のシーンでちゃんとそれが事実だったと分かるようになっている。私はそこは興味が無いため掘り下げないけど、「パターン」という題名に対するやっかみツイートから見て、インド人が「インド=自由、インドより西=不自由かつ貧しい地域」の図式で捉えていることは想像に難くない。

日本!

実は、日本の記号がちょいちょい出て来るのも面白い。途中で「KINTSUGI」なる言葉が出て来る。金継ぎのことである。Wikipediaによれば:

金継ぎ(きんつぎ)は、割れや欠け、ヒビなどの陶磁器の破損部分をによって接着し、金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法である。金繕い(きんつくろい)とも言う。

金継ぎ Wikipedia

これが本作のもののあわれ(注:「エモい」の言い換え)キーワードの一つなんだけど、日本っていいイメージで捉えられているんだね。『IKIGAI』なんて本が売れたりしているし。他には、オウムの地下鉄サリン事件への言及もちらっとあって(作中ではアレフと呼ばれていた)、何だろうこの日本へのチラ見は。と思っちゃう。

ヒーロー役のセクシャリティー

ボリウッド映画が表明する価値観を計測するという意味で最も興味深く観られるべきところは、ヒーローのパターンと、ヒロインのルバイの関係である。私がエイリアンとシガニーの距離感と呼んでいる位までは接近するんだけども

参考画像:エイリアンとシガニーの距離。顔が近くて正直迷惑してます。『エイリアン3』1992年より。

結局結合はしない。キッスを迫ってルバイに拒否されるシーンが来るかなって思って見ていたが、紳士なパターンはそれはしないのだ。そういう意味で、ルバイのボディタッチもどうもよく分からない。

そういう形でボリウッドは「観客が映画にどんなロマンスを求めるか/求めないか」の様子見をしているように感じられた。あんなに鍛えた上半身裸を見せつけ、渋めの魅力が出て来てやっと私のストライク💛ゾーンに入って来たシャールクだが、ディーピカ―との年齢差考えるとどうもねえ…。

本作は、シャー・ルク・カーンのボリウッドヒーロー映画というジャンルを踏襲していると思うけど、そろそろ違うものも観たい。シャー・ルク・カーンが悪役をやれば、ディーピカ―との性的な絡みも作れたかもしれない。やっぱねえ、悪役の方が性欲強そうなのよ。サンジャイ・ダットさんとかジャッキー・シュロフさんとかさ。

今にもラスボスにヒーローが犯されそう。実はカトリーナがラスボスを操っている? Agneepathより。

どうも、正義のヒーローが性欲ガンガンってのがハマらない。パターンも、アセクシャルな(この単語がなかった頃は表現できなかった領域のことね)自分を抑圧しているのか何なのか、性的に問題抱えてそうに見える。シャー・ルク・カーンが「こんなに傷ついて悩んでいる俺…」みたいなうっとり感のある役を沢山やってきたからそう見えるだけなんだろうか。

男女関係に関する「様子見」と書いたけど、私には察知しにくい、国際関係表象における、パキスタン・カシミール・アフガニスタンの描き方も、何かしらの様子見なのかもしれない。そこは詳しくないから書けないんだけど。

そういう感じで結構楽しめました。度肝を抜くようなシーンは少なかったけど、特別出演のあの大スターとシャー・ルク・カーンの掛け合いもなかなか面白くて、もしかしたらそこが作中ナンバーワンの出来かもね。この監督さんの作品だから、日本公開もあるんじゃないかな。

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?