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お金をいただくのが苦手、、?


芸術活動でお金をいただく意味について最近よく考えます。

「お金をいただく」ってそもそもなんなんだろう、、


知り合いの音楽家の方が「歌ったことでお金をいただくのが苦手。」と話されていて、私も「うーん、、」と考えさせられました。

その方は、物々交換のようなやりとりの方が性に合ってるようでした。つまり、歌を聞いて感動したり元気をもらった、という方からお野菜をいただいたり、人手のかかる作業を手伝ってもらったりすることで対価をいただくということです。

確かに、、私はこれまで自分がつくった作品に自分で価値を決めて値段をつけていたけれど、ものや行為の価値っていったい誰が決めるものなのだろう?ー ふと疑問に思い始めました。


そこで、私なりに、自分がギャラリー展示を観に行ったり、ライブハウスに足を運んだり映画を観たりと、芸術活動にお金を使うときに意識していることついて考えてみました。すると3つのことがらが頭に思い浮かびました。


・良いと思ったものへの応援票

・未来に感動を繋げるためのお金

・時間をいただいたことへの感謝の気持ち


一つ目の応援票というのは、ちょっと上から目線ぽく聞こえてしまいますがそうではなくて、素敵な作品に出会えると、より多くの人に知ってほしい、より良いものになってほしい、といつも思うのでそういった意味での応援票としてのお金です。

二つ目の未来に感動を繋げるためのお金というのは、一つ目の応援票と似ているのですが、ようはどんなに良いものであっても続けていくためのお金がなくては衰退してしまいします。続いてほしい、その作品に出会えたことで自分のように感動し救われる人がもっとたくさん現れてほしい、という願いのこもったお金です。

三つ目は時間のお話です。自分の時間、時間を共にする相手の時間というのはとても尊いものです。大切な時間を共有させていただいたことへの感謝の気持ちとしてのお金ということです。(もちろん自分の時間も相手にささげているのですが、それも自ら選択してささげているわけで。時間をいかに費やすかは自由なのです。)


もちろん、これらのお金をものに変えて物々交換のやりとりにしてもよいのですが、、相手によってそのとき必要なものや量はまちまちなので。こちらが厚意で差し上げたものが相手が本当にそのとき必要なものかはわからないです。だけどお金だと使い方は自由だし、よりもらった相手が効率よく使えるアイテムなのかな、と思いました。


あとは価値の決め方ですね。思ったのですが、私は自分が直感で「面白そう!」と思ってお金をだしたものが思っていたのと違っても、「今回はちょっと直感が外れちゃったな~」くらいで気にしません。実際よかったときはその出会いに感謝し、お金を払えたことへも感謝します。

大事なのは「お金を出したい」と思えるかどうかなのかなと。そこの価値観も人それぞれなので、「このパフォーマンスにこんなにお金は出せない」と思う人もいれば、「こんなに胸をうたれたのは初めて」と気持ちよくお金を払う人もいるわけです。もうこれこそ出会いというか、人それぞれの状況がかみ合った瞬間に素敵なお金のやりとりにつながるんですね。


制作活動を続けていく中で、どんな人と出会いたいか、どんな人に作品を手にしてもらいたいか、ということについて考えることは、自分の作品の価値を考える上でとても重要なことだと改めて思いました。

自信を持って価値を決められるような素敵な作品を日々つくり続けたいです。



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