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静かな日々 8月

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『静かな日々 6月』の『サカエダさん(6月16日)』から順に日付を追うと、主人公のちょっと奇妙な日常が浮き上がってくる、つれづれ日記式連作小説です。 曜日、祝祭日は今年とは合致し…
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#静かな日々

キスミと家の話をした事

キスミと家の話をした事

8月26日
 朝起きると、キスミが既に起きていて、縁側に腰掛けて庭を眺めていた。
 僕の顔を見るなり、好かれないと住めない家というのがあるんだと、独り言のように言った。並んで腰掛けながら、誰に好かれないと住めないのかと問うと、家に決まっているだろうと答える。
 前に来てからそんなに経っていないのに、池には金魚が泳いでいるし、庭先には鳥の餌台があるし、おまけにメジロが庭番をしているしと、呆れたような

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烏瓜の花の事

烏瓜の花の事

8月1日
 深夜から、降るような蝉の音が開け放った窓の向こうから聞こえてくる。まるでぴったりと蓋でもしたように、風は少しも吹かない。
 居間の風鈴が鳴れば少しはましだろうと思うのだが、団扇であおいでみてもわざとらしいばかりだった。サカエダさんだけは涼しげな顔で、なんだか少し羨ましい。
 うだるような暑さとは正にこの事で、僕もリンも早くに起き出して散歩に出かけた。今日からはリンのために、居間のエアコ

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電車での事

電車での事

8月2日
 朝、出勤の電車で小学生の一団と乗り合わせた。座席は埋まっていたので、ドアの脇に立って壁に寄り掛かって車内の吊り広告を眺め、それから車内全体をなんとなく眺める。
 小学生は男の子四人、女の子五人の集団だった。はじめは男女に分かれて七人掛けの座席に、向かい合わせで離れて座っていたので気がつかなかったが、時間を確認しあっているのでそうと分かった。
 夏休みに出た宿題のためか、それとも遊びに行

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本の話

本の話

8月3日
 今朝も電車でうたた寝をしていると、降りる駅に着く少し前に、ねえ! という声に起こされた。
 乗り過ごす心配がないのは有り難いが、落ち着かないといえば落ち着かない。ニュースキャスターの彼女の顔がちらりと思い浮かんだ。
 彼女は別れを惜しんでいたようなので、声の主も僕に飽きたら彼女の方へ戻るかも知れない。うたた寝をしなければいいのだろうか。

 昼休みに会社の食堂で食事をする時は、大抵ヨネ

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散歩中の事

散歩中の事

8月4日
 早朝、リンと散歩をしていると、通り掛かった家の庭先から声が聞こえた。
 声の主は男のようで、しまい忘れるとはまったくいまいましい愚か者だとか、このろくでなしだとか、どうやら不満を述べているらしい。 
 言い回しが芝居の台詞めいていて、しかもそれに応える声もなかった。声が聞こえた庭先は、背の高い生け垣に阻まれてちらとも見えない。奥に生け垣よりさらに大きな枇杷の木があるのだけは見えた。
 

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鳥の声と林檎の事

鳥の声と林檎の事

8月5日
 朝の散歩から戻り、いつものように庭へ回って、リンが池の水を飲んでいるのを眺めていたら、庭木の上の方から綺麗な鳥の囀りが聞こえてきた。
 澄んだ高音で、複雑な旋律を器用に囀っている。姿は見えない。
 リンが鼻先を空に向けて、耳を澄ますように首を傾げる。しばらくして、音の出所が分かったのか、桜の木をじっと見上げる。くんくん鼻を動かしているのは、匂いを嗅ぎ分けようとしているのだろうか。
 僕

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メジロの事

メジロの事

8月6日
 朝、リンと散歩に行く前に、池の近くに脚立を出して板を乗せただけの簡単な台を作った。
 その上に、適当な大きさに切った林檎を乗せる。昨日の鳥がまた来てくれたら、後でちゃんとした台を作ろうと思う。

 蝉が朝から忙しなく鳴いている。
 公園の脇を通って豆腐屋に寄ると、店の親父さんは店の前に立って空を見上げていた。
 おはようございますと挨拶をしたら、親父さんは嬉しそうに僕とリンに向かって挨

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餌台と虫干しの事

餌台と虫干しの事

8月7日
 今朝は、昨日会社帰りに買ったオレンジを切って、出しっぱなしにしていた即席の餌台に乗せてから散歩に出かけた。
 昨日出した林檎は、あらかた無くなっていてたぶんメジロ以外によく池に集まっているスズメあたりも食べて行ったのだろう。わずかに残った林檎はすっかり干からびていたので処分する。
 庭を出る時に何を思ったのか、リンが桜の木に向かって、くふんと鼻を鳴らしていた。

 曇り空で、なんとなく

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休日の話

休日の話

8月8日
 雨は夜の内に上がったようで、窓の外の洗いたての空気が気持ち良かった。
 僕とリンが起き出すと、座敷で寝ていたヨネヤが廊下に顔を出した。寝ぼけた顔で、散歩に一緒に行きたい言うので玄関で待っていると、リンは妙に嬉しそうにヨネヤが来る廊下の方を向いて待っている。人数が多いとリンも楽しいのだろう。
 散歩に出る前に、昨日作った餌台にオレンジを切って出しておいた。

 ヨネヤが紐を持ちたいと言う

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夏祭りと金魚の事

夏祭りと金魚の事

8月9日
 お盆休みの前後は、有給休暇を取る人間が多いので社内がなんとなくガランとしている。
 取引先の企業も似たようなものだから、人が減ったからといって仕事の量が増えるわけでもない。
 僕もヨネヤも、お盆休みを長くするつもりはなく、夏休みは会社のカレンダー通りだ。

 午前中仕事をしていると、いつでも来て良いなら今日からにするというメールが妹から届いた。
 今日と明日の二日間にかけて、僕の住む家

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祖父母が来た話

祖父母が来た話

8月10日
 朝、リンと散歩に行く前に庭の餌台にオレンジを乗せる。すっかり日課のひとつになった。
 池の周囲には雀が何羽かちょこちょこ跳ねていたが、僕の気配でみんな飛んで行ってしまった。
 池の中をのぞいてみたが、金魚は流木の陰に隠れているようで姿が見えなかった。

 妹は、昨夜座敷で夜更かしをしていたのか起きてこなかったので、居間のサカエダさんにだけ挨拶をして散歩に出る。
 散歩から戻って、いつ

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夏休み前日の事

夏休み前日の事

8月11日
 朝起きると、祖母が朝食の支度に取りかかっている。祖父が作った厚焼きの玉子焼きが、すでにテーブルに乗っていた。その祖父は居間でテレビを見ている。昔から祖父母はよく家事を分担している。祖父は、俺は婿養子だからとよく口にするが、マメな性格なのだと思っている。
 長くこの家に暮らしていた二人を、家の方も当然のように受け入れているように感じる。それほどしっくりと馴染んでいて、見ているこちらもよ

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曽祖父の美術館の事

曽祖父の美術館の事

8月12日
 リンと朝の散歩に行ってから、イズミヤさんの家へ出かける。
 祖父母と僕に加え妹も一緒に行く事になり、リンはサカエダさんに任せて家を出る。
 電車で一時間ほど移動した。普段行かない土地だったが、来てしまえばどうということもない距離だ。
 駅からは少し距離があるからと、駅前までイズミヤさんと彼の息子さんが車で迎えに来てくれていた。息子さんと言っても、僕の父ほどの年齢である。
 イズミヤさ

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未草と迎え火の事

未草と迎え火の事

8月13日
 祖母が、朝早くから仏壇の飾り付けをしている。
 仏間はあるが、仏壇は祖父母が現在住んでいる静岡の家にあるので普段は何もない。僕も仏間には特に用はないので、掃除に入る程度だ。
 祖母が、位牌だけを持ってきたのだった。気軽に移動して良いものなのかは分からないが、菩提寺はこちらにある。お盆なのに位牌だけ置き去りというのも妙なものだから、まあいいような気もする。
 仏間に小さな正方形のテーブ

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