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鳥の声と林檎の事

8月5日
 朝の散歩から戻り、いつものように庭へ回って、リンが池の水を飲んでいるのを眺めていたら、庭木の上の方から綺麗な鳥の囀りが聞こえてきた。
 澄んだ高音で、複雑な旋律を器用に囀っている。姿は見えない。
 リンが鼻先を空に向けて、耳を澄ますように首を傾げる。しばらくして、音の出所が分かったのか、桜の木をじっと見上げる。くんくん鼻を動かしているのは、匂いを嗅ぎ分けようとしているのだろうか。
 僕も桜の木を注意深く探してみたものの、すっかり勢いのある葉桜で、鳴き声の主を見つけることは出来なかった。
 ふと座敷を見ると、いつの間に来たのかサカエダさんもにこにこしながら桜の木を眺めている。
 いつもこの庭に立ち寄ってくれたらいいのにねと、リンに言ってみた。
 リンは僕に向かって、くう、と小さな溜め息のような音をたてて、また池の水を飲んでいた。賛成だったのか反対だったのか、どちらだろうと考えたくなるような反応だ。

 会社でヨネヤに、綺麗な声で鳴く鳥がいたと話すと、メジロかなんかかもなと言われた。
 野生なのか、どこかの家で飼われていたのが逃げたのかも知れないな、とも言っていた。
 庭先に果物でもあればまた来るかも知れないので、明日の朝に林檎でも置いておこうと思う。

 会社帰りに、おいしそうな林檎を見つけたので、自分の食べる分と鳥の分を買う。
 夕飯の後で、洗った林檎の皮をくるくる剥いていたら、五十センチほどまで剥いた皮を、リンがちぎって持って行ってしまった。面白かったのだろう。
 しばらく咥えて家中を走り回っていたのだが、いつの間にかどこかに放してきたらしい。
後で家の中を探し回ってみたが、とうとう見つからなかった。もしかしたら食べてしまったのだろうか。
 調べてみると、犬も林檎は食べてもいいらしいが、果物にアレルギーがある場合もあるという。リンの前で食べ物を扱う時は気をつけなければいけないと反省する。
 しばらくリンの様子を見ていたが、変わったこともなく胸を撫で下ろした。

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