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キスミと家の話をした事

8月26日
 朝起きると、キスミが既に起きていて、縁側に腰掛けて庭を眺めていた。
 僕の顔を見るなり、好かれないと住めない家というのがあるんだと、独り言のように言った。並んで腰掛けながら、誰に好かれないと住めないのかと問うと、家に決まっているだろうと答える。
 前に来てからそんなに経っていないのに、池には金魚が泳いでいるし、庭先には鳥の餌台があるし、おまけにメジロが庭番をしているしと、呆れたような感心したような表情でつらつらと家の変化を挙げ連ねている。
 犬を飼ったり、池を掘ったり、達磨を門番にしたり、仮の家主のわりにやりたい放題だ。最初に来た時と随分様変わりしたじゃないかと笑う。
 誰も仮の家主を引き受けたがらなかったとはいえ、その仮の家主が好き放題しているのに、祖父母も両親も咎めないし止めることもしない。どちらかというと歓迎されてさえいるのは確かに妙な話だった。

 人の家のことだからこれは独り言だけど、そもそもこんな立派な庭付き蔵付きの家があるのに、わざわざお前に家主を任せたのはどうしてなのか、とキスミは言う。
 祖父の出身地が静岡だからしばらくそちらに住まうことにしたとは聞いていたが、それ以上のことは知らない。
 誰も動かしていないのに物の位置が変わっていたり、何度置き直しても同じ場所に戻るものがあったり、逆にものがなくなったり、誰も居ないはずの部屋の戸が開閉する音がしたり、何かをひっくり返すような音を立てたり、とにかく最初は試すような事が起きるし、住人の対応が気に食わないとそれからさらに騒がしくしたりする家がたまにあるんだよ、とキスミは記憶をなぞるような話し方をする。
 物語の中では面白いかも知れないけれど、現実にそうだとしたらひどく住みづらい家のような気がすると僕が言うと、だから好かれないと住めない家なんだよとキスミは最初の言葉を繰り返した。

 サカエダさんにじゃれついていたリンが、いつの間にか桃色のボールを持ってきて、キスミに遊んでもらいたそうにしている。昨晩相手をしてもらったのが楽しかったのだろう。キスミが、散歩に行ってからにしようと言うと、素直に玄関の方へ向かうので二人で笑ってしまった。

 僕が会社へ行っている間、キスミはこちらでの残りの仕事を済ませて、ようやく遅い夏休みだと言っていた。それじゃあしばらくいるのかと聞くと、当然のようにうちに泊まるという。宿分は働くと言うので、夕飯の支度を任せた。

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