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定時先生!第11話 ノート点検

本編目次 

第1話 ブラックなんでしょ

 スタンプを押す。次のノートにまたスタンプを押す。
 職員室の遠藤の机に、開いたノートが積まれている。遠藤は一冊ずつ手に取り、ページをめくり目を通し、スタンプを押す。向かい席の川村も、同じ作業をしている。

「遠藤君のクラス、まだそんなに提出してるの。すごいね、私のクラスなんて、もう半分の子も出してこないよ」
「いや、全然すごくないですよ。ほら、このノートなんてこんなにスカスカですよ」

 遠藤は照れ隠しでそう答えると、ノートに書き込んだ。

『1ページ分しっかり書きましょう△0.5ページ分ね』

 遠藤はクラスの生徒に、1日につきノート1ページ分の自宅学習を課している。学習内容は生徒に委ねられるが、1ページみっしり取り組むこと、毎朝登校後に提出すること、未提出分は毎週水曜日の放課後に居残り消化すること、などのルールを定めている。朝に回収したノートは空き時間中に点検し、帰りの短学活で返却する。
 遠藤は提出を証明するスタンプを押印し終え、名簿に提出者を記録していく。当初こそクラスの生徒全員が提出していたが、6月となった今、時間の経過とともに提出率が下降することを実感している。

「…でもやっぱりうちは結構出てる方かもしれないです。25人。3組どうですか」
「ほら。やっぱり2組すごい。私のクラスは16人だもん」
「ねえねえ、私のとこはね、31人!ふふ」
「ええ!さすが吉野先生」
「川村さん、もっとしっかり提出させたいね。私たちは1年生担当なんだから、最初に習慣化させないと生徒が後で苦しむことになっちゃうよ。もうちょっと厳しめに取り締まった方がいいんじゃない」
「そうですよね…がんばります」

 吉野は1年4組担任を務める40代前半の女性教員で、学年の学習指導及び学習委員会担当だ。遠藤と同じ国語科であり、教科指導でも学級経営でも初任の遠藤の助言役となっている。先ほどの家庭学習ノートのルールも、遠藤は吉野に教わりそのまま踏襲していた。この手のノートは、多くの中学校で取り入れられているが、その取り組み方は様々だ。遠藤の中学校では、全校で統一された取り組みはないが、1学年では吉野が学年全体で家庭学習に取り組ませる方針を学年会議で提案し、了承されている。

「そろそろ学習委員会を使ってクラス対抗家庭学習ダービーが必要ね」
「ええっ、それ絶対3組勝てないじゃないですか」
「ちょっと、何で遠藤君に言われなきゃいけないのよ」

 3人の笑顔がこぼれたところに、ネクタイを締めた中島が回覧板を持って来た。

「お話のところすみません。吉野先生これ、今日の定研の回覧です」
「ああ、ありがとうございます。私今年は道徳部会に行くのよ。国語部会はD中ね。遠藤君はどう行くの?」

 定研とは定例研修会の略で、K市では月1回の頻度で開催される。この日学校は午前中で生徒下校となり、午後は市内各校に教科・領域ごとに集まり研修が行われる。今回は年度初回の定研で、例年であれば、市内全教職員が1か所に集まり総会がもたれるのだが、コロナのため各部会ごとに分散して集まることになっていた。回覧は、事務が出張旅費を算出するために、各職員に研修地までの交通手段等を申告させるものだ。

「僕は電車で行きます」
「じゃあ、俺の車乗りなよ。D中は駅から遠いよ」
「えっ、中島先生いいんですか」
「いいよ。お昼はどうするの」
「どこかで買いたいんですが…」
「じゃ、ちょっと早めに行こう。生徒帰して13時に職員玄関集合ね」
「ありがとうございます!」

 中島が自席に戻ると、吉野から遠藤に回覧が回った。職員の名前の横に、定研の行き先や交通手段を申告する欄がある。遠藤はジャージのポケットからペンを抜き記入した。

遠藤翔太 行き先【 D中 】交通手段【 相乗り(中島T) 】

「川村先生、どうぞ」

 遠藤が川村に回覧板を手渡すと、川村は声を潜めた。

「去年はコロナで授業公開無かったけど、今年も無いといいね」
「どういうことですか」
「定研はね、初任者は何かしらの発表を押し付けられるかもしれないよ。気を付けてね」