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定時先生!第12話 車中

本編目次 

第1話 ブラックなんでしょ

 定研での主な研修内容に、授業公開がある。発表者が自らの授業を公開し、その後参観教員とともに授業内容の反省点等を検討し合う。ただでさえ多忙な中、人に授業を公開するだけでも大変な負担だが、発表者はさらに、学習指導案という授業の目的や流れを詳細に記した資料まで作成しなければならない。
 年度初回の定研では、年間の授業公開発表者を決めるが、立候補がおらず会の進行が滞るのが常である。そのため、遠藤のような初若年者が経験という名目で発表者を任せられてしまうのだ。
 川村から説明を受けた遠藤は、定研に行く前から憂鬱になっていた。

 定研の日は給食無しの早帰り日課だ。12時15分に全生徒が一斉に下校する。遠藤の下校立ち当番の位置は、校門前の坂の下で、職員の中で最も学校から遠い。最後の生徒を見送った遠藤は、急いで坂を上り学校へ戻る。中島との待ち合わせの時間の前にスーツに着替えなくてはならない。職員室に戻ると、中島がいた。鞄を机上に置き、いつでも出発できそうだ。中島との約束の13時まで、あと、5分。

「すみません、すぐ行きます」
「いいよ、ゆっくりで」
 
 準備を整えた遠藤が職員玄関へ急ぐと、窓が開け放された軽自動車が待機しており、運転席から手を振る中島が見えた。促され、遠藤は助手席に乗車した。

「すみません、お待たせしました。よろしくお願いします」
「全然待ってないよ。じゃ行こうか」

 小さな車だ。軽自動車よりもう一段階小さい種類の車があったとしたらこれぐらいかもしれない。大人が並んで座ると、肩が触れそうになるぐらい狭く、それ以上ほとんど容量がないと言っていい。
 二人を詰めこんだ車が発進すると、前方の窓から新鮮な空気がなだれ込み、遠藤の火照った頬を冷まし、車内のこもった空気とともに、後部の窓へと流れ出る。

「風気持ちいいですね。いやあ、暑い」
「遠藤先生急いでたからね」
「今日空きコマ1つだけだったんですよ」
「じゃあ俺が回覧渡したときだけが空きだったんだ」
「そうなんですよ。その空きコマで家庭学習ノートとか見なきゃいけないじゃないですか。そこでスーツに着替えられれば良かったんですけど」
「そうかー。点検大変だよね。俺はずいぶん前に家庭学習ノートやめちゃったなあ」
「え、何でですか」
「色々理由はあるけど、お、コンビニあったよ。お昼買お。まあ、要は俺たち全然時間無いじゃん?だからだね」

 ーやっぱこの人、適当なだけか。

「なるほど、それなら時間できますよね…」

思わず口をついて出てしまっていた。