定時先生!第25話 あの時の
本編目次
第1話 ブラックなんでしょ
市川が、職員室前の廊下に立っている。遠藤が戻るのを待っているのだ。遠藤が二人の供述の裏が取れたことを報告すると、市川からは、二人を職員室後方で待機させていることと、軽く口頭指導を入れたことが伝えられた。廊下から職員室を覗くと、普段は元気印の二人がすっかり意気消沈としている。市川は軽くでも、生徒には重かったようだ。
市川から遠藤に、この後の流れが指示される。担任からも二人を指導し、備品管理責任者の教頭に報告及び生徒から謝罪、そして家庭連絡、とのことだった。
遠藤は職員室に入り、二人の前の椅子に腰掛け、今回の件を改めて一から指導した。遠藤の背後に市川が立っていることもあってか、二人は顔を上げ、先ほどまでのような薄ら笑いは無い。
俺一人では指導しきれなかっただろう。遠藤の中にあるのは、市川への感謝、そして自身の不甲斐なさだ。
二人への指導を終えた遠藤は、職員室前方の席の教頭に報告しようと目を向けたが、教頭は校長と教務主任の西田と3人でテレビを囲み、話し込んでいる。話が終わるタイミングを伺っていると、帰りの会開始のチャイムが鳴ってしまった。市川と相談し、先に二人を帰りの会に参加させ、教頭への報告及び謝罪は、その後にすることとした。
二人を連れ職員室を後にする間際、教頭らの会話の端々が耳に届いた。
ー近隣小学校と連絡はー
ー放送はー
ー保護者へはメールでー
4階の教室に戻る。先ほどから1階の職員室と何度も行き来しており、少々足が張っている。
3学年の教室が入る2階まで上がったところで、西田の声が校舎に響いた。校内放送だ。遠藤は足を止めた。
『ー帰りの会の途中、失礼します。現在、強風が吹いています。最新の天気予報によりますと、南に発生している台風の影響で、このあと夕方頃にかけて、引き続き強風、また雷を伴う天気の急変が予想されています』
ーまさかー
『そこで、安全を考慮し、この後の放課後の諸活動は全て中止し、全校下校とします』
予想通りの文言に、遠藤の頬が緩みかけたその瞬間、歓声が2階に爆発した。
あまりの怒号に驚いた遠藤は、階段近くの教室を覗く。ハイタッチして喜び合う3年生の中に、見覚えのある顔を見つけた。
ー先生、整列できました。挨拶お願いしますー
ソフトテニス部の部長だ。そして、ソフトテニス部員たち。歓喜に湧いている。遠藤が一度も見たことのない表情で。
放送がまだ続いている。明日の朝練について連絡をしているのだろうが、騒がしくてよく聞こえない。担任が座るよう声を張り上げている。立ち上がっていた3年生たちが、一人また一人と着席していく。
その奥で、部活中止がよほど無念なのだろう、悔しそうに歪ませた表情をこちらの方に向け、机に伏す生徒が見えた。彼の机に立てかけられたそれを見て、記憶が閃光になって遠藤の脳裏を駆け抜けた。
ー今日も定時出勤ですね?ー
ーそうだよ。尊敬しろー
あのラケットケース。
ー今のはバド部ですかー
ーそう。彼は3年の部長ー
あのときの、バド部の部長だ。