「いい文章」を書きたいなら「いい文章」を書こうとしてはいけない
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「いい文章」を書きたいなら「いい文章」を書こうとしてはいけない

いい文章を書くにはどうすればいいか? 先日、それについてあれこれとツイートしたのでnoteにまとめときます。

いい文章を書くには、いきなりいい文章を書こうとしないこと。下手でも意味わかんなくてもとにかく書きなぐる。ぼんやり思っていることをまず吐き出してしまう。

その「言葉の塊」を今度は客観的に見てわかりやすく整えて編集していく。少しずつ削って最高の輪郭にしていく。一発で美しい彫刻は生まれない。

小説家やエッセイストは「才能の世界」なので全員がなれるもんじゃない。だけど、編集者は出版社やメディア企業に入れば多くの人ができてしまう。

つまり、多くの人は他人の文章を直したり指摘したりはできるということ。文章を書くときも「執筆者」と「編集者」を一人二役でやればいい。主観と客観の往復をすればいい。

きれいな文章がいい文章だとは言い切れない。支離滅裂で日本語になってなくてもグッとくる文章もある。整った文章よりも「えーと、あのー」とかが入った文字おこしのほうがおもしろかったりする。

とにかく言いたいことが伝わればいいし、伝わった上でつまんなければ、それは内容がつまんないんだろう。

ぼくらはお腹がすいたら「お腹がすいた」と言うし、トイレに行きたいなら「トイレに行きたい」と言う。「伝えたいこと」があって、はじめて言葉にする。

もしも「書けない」なら「書かない」でもいいんじゃないかとも思う。どうしても伝えたいことがあって、その思いが積もり積もったときに書けばいい。

ぼくは別に文章がうまいとは思わないけど、ひとつあるなら「濃度」に気をつけているかも。文章にも、コーヒーみたいに飲みやすい濃度がある。

ひとつの情報をダラダラと長く伝える「水っぽい」文章もあれば、情報が詰まりすぎている「苦い」文章もある。ちょうどいい文章はちょうどいい濃さになってる。

読まれない文章をひたすら量産してる人って「みんな自分に興味を持って文章を読んでくれるはずだ」と思い込んでるおめでたい人。別に読まれなくていいブログならいいけど、読んでほしいと思うならもっと戦略を練るべき。

基本的に人は自分にしか興味がない。そこから始めないと、どんな言葉も届かない。

つまんない文章書く人って友だちどうしもしくは家族での会話をいきなりぜんぜん知らない人に聞かせるようなところがある。ようは自分の文脈でしか語れない。「そういえば、よし子がさあ…」っていきなり言われても「?」ってなるだけ。

WEBの文章は、路上で知らない人に話しかけるところを想像すべし。

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株式会社WORDS代表取締役。経営者の言語化・コンテンツ化をサポートする顧問編集者。『メモの魔力』(前田裕二)、『佐藤可士和の打ち合わせ』(佐藤可士和)、『福岡市を経営する』(高島宗一郎)など書籍の編集・執筆も。SNS時代の「伝わる文章」の探求をしています。ポテトサラダが好き。