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隠岐 #2|隠岐ユネスコ世界ジオパーク

 着陸の瞬間、機内から、島に放牧される牛や馬の姿が見えた。海を望む隠岐世界ジオパーク空港からは、水平線がどこまでも広がっている。水平線を眺めるのは何年ぶりのことだろう。島のカラッと乾いた風を受けると、まるで映画のシーンが変わるように、人生の新しいシーンが始まったかのような心持ちになった。

 島根半島から北に約60km。

 隠岐諸島は日本海に浮かぶ。

 島後(隠岐の島町)、中ノ島(海士町)、西ノ島(西ノ島町)、知夫里島(知夫村)の4つの有人島を中心に、大小180余りの島々から隠岐は成り立つ。約600万年前の火山活動により形成された離島だ。日本ジオパークに2009年10月、ユネスコ世界ジオパークに、2015年11月に登録された。

 と聞いても、ぼくの浅薄な知識ではピンとこない。

 そもそもジオパークとは何だろう。


 ジオパークは「大地の公園」と訳される。

 それは地球史の記録が刻まれた場所。

 とりわけ、ユネスコ世界ジオパークはユネスコの正式事業であり、国際的に重要な地質遺産や景観が、保全・教育・持続可能な開発という総合的な観点から、管理されるエリアのことだ。

 隠岐ユネスコ世界ジオパークは、先述の4つの有人島がすっぽりと範囲に含まれ、海岸から1kmの海域までを含めた、673.5㎢(東京ドーム約14,404個分)をそのエリアとしている。

 単に貴重な地質資源が見られるだけではない。

 火山活動により形成された大地に加え、その上に広がる生態系や人の生活の営みなどを含む、環境そのものをジオパークとしているのだ。


 初めての離島に降り立った感慨をひととおり味わったぼくたちは、到着出口をくぐった。出口には”歓迎〇〇様”の看板を掲げた、送迎の人たちが並んでいる。

 その中に、”カワグチ様”を見つけた。

 はて、レンタカー会社が迎えに来てくれたのだろうか。送迎の連絡はなかったように思うのだが。

 もしかしたら飛行機の到着に合わせて気を利かせてくれたのかもしれない。念のため、尋ねてみた。

「あの、川口ですけど」

「お待ちしておりました。カワグチ様ですね」

 尋ねた人は、待ちわびた客が現れたとみてとって、にこやかな笑顔を見せてくれた。

「レンタカーの送迎ですよね?」

「いえ、タクシーの予約ですが……」

 別のカワグチさんだった。


 2日目の朝、ホテルを出発し汐待ち通りを西郷港へと向かった。「フェリーしらしま」で西ノ島へ渡る。その目的はもちろん、国賀海岸の摩天崖だ。隠岐のジオパークを代表する名勝地である。

 西ノ島の別府港に到着したのは午前10時を少しまわったころだった。観光案内所に向かい、予約していたレンタサイクルを受け取る。ぼくがグリーン、妻はオレンジ色の、爽やかなクロスバイクだ。別府港から国賀海岸までのルートの説明を受け、国道485号線を南西に向かった。

 ただ、出発に際して気がかりなことがひとつだけあった。

 レンタサイクルに鍵がないのだ。

 そういえば、係の人は鍵のことを何も言っていなかった。大丈夫なのだろうか——。

 そんなぼくの心配は憂に終わることになる。

 自転車の盗難なんて、この島ではないのだろう。

 国賀海岸へののどかな道中、国道にもかかわらず、ただのひとつも信号すらなかったのだから。

 別府港を出発すると、いきなり峠越えが始まった。レンタサイクルはスポーツタイプの自転車ではあるが、サイズがぼくに全然合っていない。とてもこぎにくい。余計な負担がかかる。それでもどうにかこうにか峠を越えると、その先は下り坂だ。

 が、それはつまり、帰りに登らなければならないということ。

 先が思いやられる。

 西ノ島大橋から美田湾の景観を望み、坂を下り浦郷の町へ。事前の説明では、浦郷から先は国賀海岸まで自動販売機すらない。午前11時を過ぎ、少し早いが昼食をとることにした。

 国道を経て、県道315号線沿いに「にしわき鮮魚店」を見つけた。干物や鮮魚を売る店だが、食事もある。

「こんにちは、食事をしたいんですけど」

「はいはい、いらっしゃいませ。奥へどうぞ」

 鮮魚店の奥に、海の家のような屋根付きの屋外スペースがあり、そこからは県道を挟んで、浦郷湾を見渡せる。湾には甲板に電球をいくつもつけたイカ釣り漁船が波に揺られていた。

 刺し身定食を注文する。お刺身に煮付け、酢の物、お漬物、味噌汁、それによく冷えた一杯の麦茶。刺し身の切り口や盛り付けに、丁寧な仕事ぶりがうかがえる。昔アルバイトで働いていた和食レストランの職人が、「刺し身は切れ味で食わせる」と語っていたことを思い出した。

「まったく、暑いなぁ」と、にしわきのお母さん。

「関東は40度だそうですよ、がははっ」

 と笑うお父さんは、お店兼自宅スペースでうちわを片手に扇風機に当たり、テレビを見ながらくつろいでおられた。おふたりとも、70代ぐらいだろうか。これは一旅行者の偏見に満ちた考察なのだが、店の切り盛りはどうやらお母さんの仕事らしい。

 ぼくはこんなお父さんになりたい。

 女の人には頭があがりません。

「まるで真夏みたいですね」

「何言うてるん、もう夏ですよ」

 麦茶を注ぎながらお母さんが微笑む。

 そういえば隠岐の滞在中に全国的に梅雨が明けたのだった。まだ6月だというのに。どうりで海が濃く青く、気持ちの良い乾いた風が吹くわけだ。

「頑張って!」

 おふたりに見送られながら、再び国賀海岸を目指して自転車を駆った。

JAL2331便、晴れ渡った隠岐空港に到着。外気温31度だったが、湿気は感じず気持ちの良い暑さだ。
2日目、中ノ島別府港をスタートした直後。海の青の濃さが印象的だった。
商店街の一角にあるような鮮魚店の奥に、屋外テーブル席が並ぶ。BBQもできるのだそう。
刺し身定食。
浦郷港の漁船。

にしわき鮮魚店

  • 住所:島根県隠岐郡西ノ島町浦郷677

  • 電話:08514-6-0518

  • 定休日:不定休

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