京都一周トレイル®をゆく #2|比叡山〜二ノ瀬
朝の冷え切った空気の中で目が覚めた。
午前4時30分。昨日の真夏日がうそのように寒い。
寝袋を出て、ダウンジャケットを羽織る。
すでに太陽が昇りはじめ、テントの生地が透過光で照らされていた。
ナッツをつまみながら撤収し、5時20分にスタート。今日は比叡山から二ノ瀬までの、約20kmの道のりを歩く。6時過ぎには東山の最後の標識74番を通過し、北山東部コースに入った。
比叡山ケーブル駅から京都を眺めると、街や山が朝日に照らされてオレンジ色に輝く姿がとてもきれいだった。
自動販売機で缶コーヒーを購入し、景色を楽しみながらしばらくのんびりと過ごす。ただ黙々と歩くのではなく、立ち止まってゆっくりと自然の流れに身を任せる時間が大好きだ。あるいはこうした時間を過ごしたくて、ぼくは歩いているのかもしれない。
山中ではイカルやアオバトがさえずっている。そうして少しずつ、麓の喧噪も風にのって僕の耳まで届いてきた。
北山1番の標識を通過し、林道を歩いて延暦寺の境内へと向かう。静かな空間の中に、お坊さんが枯山水を手入れする音が響く。釈迦堂でまた立ち止まる。3本の杉の巨木とイチョウの大木が、お堂に彩りを添えていた。
ここから千日回峰行道の一部を歩く。
千日回峰行とは、比叡山の峰々をぬうように巡って、礼拝する修行のことだ。
回峰行者が挫折し、行をやめるときは、懐に携えた短剣で腹を切らなければならない。自らの埋葬料を、常時携帯しているという。
想像を絶する修行である。
厳しい修行の道だけにアップダウンが続く。京都一周トレイル®でもっとも標高が高いのは比叡山だが、登り切ったからといって気を抜けないのだ。
回峰行道の道中、玉体杉で休憩する。ここは唯一、回峰行者が座って休憩することが許される場所だ。杉の根元に石のベンチがあり、そこに座ると視界の先には京都御所がある。回峰行者はここから御所に向かって祈りをささげ、鎮護国家を願うのだ。
北山12番、峰辻から、横高山、水井山の急坂を越えて、ボーイスカウト道を下ってゆく。そして戸寺の町へ。北山24番でいったんトレイルを離れ、367号線を北へ歩くこと約10分、ファミリーマート大原三千院店、通称「大原エイド」で補給する。
水と軽食を十分に買い込み、さぁ出発というところで、信号を挟んだファミリーマートの南向かいに、そば屋を見つけた。みると営業中の看板が掲げられているではないか。
手打ちそば「うえなえ」。なにやら地元の名店の予感がする。
入店して「天ぷらそば ¥1,500」を注文した。十割そばで麺は短め。のどこしを味わいながらずるずるすするというより、しっかりかんで味わう食感で、美味しくいただいた。木造のレトロな店内には、ゼンマイ式ではないかと思われる大きな古時計が置かれていた。こうした寄り道が、登山にはないロングトレイルの面白さである。再び北山24番に戻り、旅を再開した。
青空の下、大原の里の、目に鮮やかな景観を眺めながら歩いてゆく。野菜が育つ田畑が広がり、里の背後には金毘羅山や翠黛山がそびえている。高野川にかかる橋の上からしばらく景色を眺めていた。
あぁ、ぼくはこういう景色の中を歩きたかったのだ。
ここには、風がどちらに吹いても、聞こえてくるのは同じニュースというような、都会の退屈とは無縁の世界が広がっている。ぼくのすぐ上空を、獲物に狙いを定めたトビが風に乗って旋回している。と、畑に降り立ったと思うと、またすぐ上空へと舞い上がった。
ピーヒョロロロロー。
鳴き声が里にこだました。
北山31番、江文峠を越えてゆく。静原神社で休憩し、鞍馬へ向けて薬王坂を登ってゆく。入口からなかなかの急坂が続くが、峠を越えれば鞍馬である。鞍馬寺の山門を見学し、それから、鞍馬街道を二ノ瀬に向かって歩いてゆく。
雨が降り出した。
レインジャケットを羽織り、傘を差す。
貴船口を通過し、車道をゆくとじきに二ノ瀬駅だ。山の中にひっそりとあるその駅は、木造の小さな待合室があるのみで、改札口すらない。まるで人里離れた秘境駅のような趣がある。
バックパックを下ろし待合室のベンチに腰掛ける。Tシャツを着替えて、ひと息ついた。
これで、今回の旅はおしまい。残る北山西部から西山の旅は次の機会に。
それでは、また。
旅のデータ
標高:838m(比叡山・四明岳)
距離:約40km
コースタイム:約18時間
コース:伏見稲荷駅→稲荷山四つ辻→泉涌寺→清水山→粟田神社→インクライン→大文字山四つ辻→哲学の道→ケーブル比叡→延暦寺釈迦堂→横高山→水井山→戸寺→江文峠→静原神社→鞍馬街道→二ノ瀬駅
アクセス:行き・京阪電車「伏見稲荷」駅|帰り・鞍馬街道から叡山電車「二ノ瀬」へ
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