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ソウルフードを求めて、青春18きっぷでゆく #1|兵庫県加古川市のかつめし編

 青春18きっぷをポケットに、フィルムカメラを肩から下げて、列車の窓から景色を眺める。

 なんとアナログな旅だろうか。

 いまの時代、旅の手段なんていくらでもあるのに、よりによって時間と労力と手間をかけて旅をしようなんて、ぼくは我ながら酔狂な男である。

 持ち物はひと組の着替えと洗面用具、文庫本、水筒、筆記具、36枚撮りフィルム1本。スマートフォンも念のために携帯はするが、出番はない。

 新大阪駅の改札をくぐり、東海道本線で西へ向かう。通勤ラッシュもとおに終わり、乗降客はまばらだ。進行方向、向かって左手に席をとる。そうすれば海が見えるからだ。

 アラフォー男が平日に、青春18きっぷでどこへ向かおうというのか。

 ちなみに青春18きっぷとは、JRが販売する季節限定の乗り放題きっぷのことだ。JR全線の普通列車の自由席を、どこまで乗っても1日あたり2,410円で利用できる。

 ぼくはこんな計画を立ててみた。

 大阪から西へ向かい、岡山へ向かう道すがらまず加古川へ寄り道する。岡山の倉敷で一泊し、途中下車しながら各地のソウルフードを食べにゆこう。今回はそんなお話です。

加古川市寺家町の一角。

 兵庫県、JR加古川駅から歩くこと5分。それはレストランというより洋食屋と呼ぶのがふさわしい。レンガ造りの建物には、Eden(エデン)と刻まれたグリーンの看板が掲げられている。入店するとそこだけ時間の流れが止まっているかのようだった。シャンデリア風のレトロな照明に、重厚な雰囲気の調度品が並び、店内が仕立てられている。

 カフェではなく喫茶店、レストランではなく洋食屋、高度成長期を生きてきた人にはとても懐かしく、そして昭和生まれの平成育ちにもやっぱり懐かしい、そんな雰囲気が漂っている。

 ここは、昔から変わらない。

 というのも、ぼくの父は加古川市出身で、もちろんぼくも加古川市とは縁が深い。年に数回は加古川の親戚宅で集まったし、ぼくが初めてアパートを借りて一人暮らしを始めたのも加古川市だった。当時、アルバイトの給料が月13〜15万ほどで、家賃3万円のワンルームの初期費用を払っただけで、貯金がなくなった。今から20年も前の話だ。

 親戚同士で集まると、食事に出かけることになる。

 カツが食べたい、と誰かが言い出す。

 カツを食べるとなると、全国的にはトンカツか、カツ丼ということになる。これが名古屋なら味噌カツ、福井ならソースカツ丼になりますね。

 しかし加古川では、「かつめし」というソウルフードがあるのである。

 トンカツでもカツ丼でもなく

「かつめし食べに行こか」

 となるのである。

 エデンはかつめしを食べさせる老舗だ。エデンでは「牛カツライス」という。洋食屋の意地とプライドといったところか。コロッケではなくクロケット、豚のしょうが焼きではなく、あくまでポークジンジャーであるように。

 ぼくはいつも牛カツライスダブル、1,900円を注文する。

 しばらくして、お皿いっぱいに盛られたかつめし——ここではあえてかつめしとします——が運ばれてきた。

 ライスの上にカツが4列並び、皿の脇にキャベツの千切りとトマトのサラダ、加えてポテトサラダが盛られている。なみなみとソースが注がれた様子はまるで大海原のようで、ソースの海にライスとカツの島が浮かんでいるかのようだ。このソースの中で溺れてしまっても、それはもう本望というものである。

 ぼくは大人になるまでかつめしがローカルフードだと知らなかった。加古川市の隣の、高砂市まではかつめしがある。しかし周辺の、姫路市や明石市、三木市、神戸市、そしてぼくが生まれ育った小野市には、かつめしがない。不思議と、加古川市外ではほとんど見かけないのだ。

 だから

「かつめしって何?」 

「ソースカツ丼みたいなもん?」

 とよく聞かれる。

 それが、全然違うのである。

 まず見た目からいうと、カツカレーや名古屋の味噌カツに近い。名古屋の老舗「矢場とん」の、わらじとんかつなんかがよく似ている。洋皿にライスと付け合わせの野菜が盛られ、その上にカツが並ぶ。

 が、決定的に異なる点が、かつめしは”牛カツ”であることだ。

 叩いて平たくした牛カツの上から、デミグラス系のソースが注がれる。デミグラス系という点で、ソースカツ丼とも異なる。

 そして洋皿に盛られてはいるが、スプーンとフォークではなく、お箸で食べるのだ。戦後間もない加古川駅前の食堂で、「お箸で気軽に食べることができる洋食」というルーツからきているという。付け合わせはフレッシュなサラダより、ゆでキャベツが王道だとぼくは思っている。お味噌汁もセットで、エデンのこの日の具は揚げとお麩、ねぎ、玉ねぎ。

 ぼくが子供のころ、まわりの大人たちは今よりうんと若かった。それが父はいつの間にかおじいちゃんになりつつあり、ぼくはあと2年で40代に突入する。

 かつめしを食べるたび、子供のころに親戚同士で集まった、懐かしい思い出がよみがえるのであった。

かつめしの後によったのが、こちら「ROOM2 Coffee & Roaster」。古民家を改装したコーヒーショップだ。加古川駅から歩いて南へ約10分。

洋食エデン

  • 住所:兵庫県加古川市加古川町寺家町155-6

  • TEL:079-422-0050

  • 営業時間:11:00〜17:00

  • 定休日:木曜日

残念ながら閉店してしまいました。

ROOM2 Coffee & Roaster

撮影データ

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