15年ぶりのフィルムカメラ
日本光学のニコマート
大阪の地下街にある、とあるレンタルボックス店の片隅で、鈍い輝きを放つ金属の塊を見つけた。ボックスにところ狭しと並べられたカメラやレンズ群の中から、「Nikomat(ニコマート)」のロゴがキラリと光るのを感じたのだ。
あっ、コンビニじゃありませんよ、念のため。
1965(昭和40)年に、日本光学工業(現・ニコン)から発売された、中級機マニュアルフォーカス一眼レフである。
タグを見ると〈動作○、モルト交換済み、露出計1段アンダー|2,980円〉とある。
ずいぶん安価だが、本当に動くのだろうか。
スタッフに声をかけて、動作を確認させてもらう。ついでに「NIKKOR-S Auto 1:1.4 50mm」、ニコマートと同世代の、いわゆるオールドニッコールレンズも出してもらった。クモリ有り、3,940円。
外観はさすがにくたびれている。
黒い塗装がところどころ剥げているし、むき出しになった地金は錆びている箇所もある。
動作はどうだろう。
巻き上げレバーを操作すると、あれ、意外とスムーズだ。
試しにスローシャッターを切る。
1秒、1/2秒、1/4秒、むむむ、だいたいあっている気がする。
1/1000秒も、カシャンと小気味良い音を立てて鋭く切れた。
ファインダーはどうだろうか。
多少チリが混入しているものの、大きくてすごく見やすい。マニュアルフォーカス一眼レフって、ファインダー像がこんなにも美しいのかと改めて感心した。
レンズの絞りを開けて、照明にかざして内部の状態を見る。クモリ有りとあるが、いやいや、年代モノとしては綺麗じゃないか。
ボディにセットして、ガチャガチャ(レンズの絞り値をボディに認識させる、古いニコン特有の儀式のようなものです)。
かっこいい。
廉価版とは思えない精巧な作りが手を通して伝わってくるようだった。
「これください」
とスタッフに告げるまで、さほど時間は要しなかった。
1959(昭和34)年、カメラ史にその名を刻む名機が誕生した。
ニコンF。世界で初めての、プロユース一眼レフだ。ニコマートはニコンFの廉価版、中級機にあたり、1965(昭和40)年に発売された。
廉価版とはいえ、発売当時の定価はボディのみで32,000円、50mm F1.4レンズ付きで54,800円だった。1968年の大卒初任給の平均が30,600円だったことを鑑みると、廉価版とはいえ高価なものだったことが分かる。現在のニコンのラインアップから考えると、フラッグシップ機のニコンFはD6に、ニコマートはD850に相当すると考えて差し支えないのではないか。
こうしてニコマートを手にしてみると、質感が大変よく、価格に見合う作りであることが本当によく分かる。現に発売からもうすぐ60年が経過しようとしているのに、縁あってぼくの手に渡り、問題なく動作しているのだ。
今のデジタルカメラにこんな芸当ができるだろうか——。
かつてカメラは、一生モノだったのである。
一部で”鈍器”などと揶揄されるボディは、ニコンF並か、あるいはそれ以上に頑丈だと聞く。少々ぶつけたぐらいじゃびくともしない。少し重いが、登山やキャンプに持ち出しても気兼ねなく使えるだろうし、クマに襲われてもニコマートでぶん殴れば撃退できるのだ(うそです)。
久しぶりのフィルムカメラでの撮影は、清々しいの一言だった
フィルムと単焦点レンズをセットした後は、構図、ピント、露出の3点に集中できる。だってそれ以外にいじれる機能がないのだもの。
余計なことを考えずにすむから、あぁ、実に晴れ晴れとした心持ちで、撮影を楽しめたのだ。
これがデジタルだとどうか。
カスタムイメージ(ナチュラル、鮮やか、風景とかのあれですね)、AFモードに測距点、そのエリア、測光モードにホワイトバランス、もう書き出せばきりがない、絵作りのための機能が多すぎて、そしてシャッターを切るたびに画面をいちいち確認してしまい、あれこれ頭を悩ませてしまう。バッテリーの残量は大丈夫だろうか、予備はいくついるか、充電ケーブルも持って行こうか……。
ぼくなんて少ないほうだけれど、例えば隠岐に2泊3日の旅に出かけたときは約600カットを撮影した。帰宅してから写真を選び、しかも全てRAWで撮っているものだから、そこから現像作業が始まる。それは楽しい時間ではあるのだけれど、骨が折れる。デジタルは撮影可能枚数に制限があってないようなものだから、ぼくみたいな素人はよく考えずにシャッターを切ってしまう。その結果、600カット撮ったって、本当に気に入った写真は10枚もなかったのである。
フィルムカメラだとシャッターを切る瞬間に全神経を集中させればそれでよい。
決して安くはないフィルムのコストが、さらに集中力に磨きをかける。
構図はこれでいいか。
ピントは、露出は。
ブレないようにしっかりと構えて。
あと一歩、いや三歩、被写体に近づこう——。
もし失敗したら?
なんてことを考えたってどうしようもないし、実際、シャッターを切った後はどうにもできない。
腹をくくるしかないのである。
オート機能が一切ないカメラで、どうやって撮影するのか
ニコマートはフルマニュアルの一眼レフ機である。自動と名の付く機能はない。先に書いた構図、ピント、露出の3点を全て自分で設定しなければならない。
そのうちの構図、これは最新鋭のミラーレスカメラでも自分で考えて決めますね。ピントは、ファインダーをのぞきながらフォーカスリングをぐりぐり回して、撮りたいものがもっとも鮮明に見える位置に決めればよい。
難しいのは、露出ではないだろうか。
露出とは、簡単にいうと、どのくらいの明るさで写真を撮影するかということ。フィルムの場合は感度が固定されているから、シャッタースピードとレンズの絞りで調整する。失敗すると画面が真っ暗に写ったり、明るすぎて真っ白に飛んでしまったりする。
が、これもカラーネガフィルムなら、あまり神経質にならなくてもよいのだ。
デジタルカメラと違って、カラーネガフィルムは撮影できる明るさの範囲がとても広い。フィルムに記録される情報が豊富だから、少しぐらい失敗しても現像(プリント)で補正が効く。迷ったときはやや明るめに写せば間違いない。
露出の基準はどうするか。
カメラに露出計が付いていて、その精度が信頼できるのならそれに従えばよい。もし露出計が壊れていたり、そもそも付いていない機種は、スマートフォンの露出計アプリを使うのがもっともハードルが低いだろう。
しかし、せっかくフィルムカメラを使っているのだから、ぼくの心情としてはスマホに頼りたくはない。
そこで富士フイルムの公式サイトから、フィルムのデータシートをダウンロードして持ち歩いている。その中の「露光ガイド」を参考に、絞りとシャッタースピードを設定するのだ。
例えば「スペリア プレミアム 400」の場合、よく晴れた日は1/250・f/16、日陰はf/8まで絞りを開ける。夜間の室内で、夕食を美味しそうに写す露出は1/30・f2.8だ。この基準は他の感度400フィルムはもちろん、デジタルにも通用するから試してみよう。
他には『旅するカメラ』の渡辺さとる先生のサイトを参考にしたり、2004年刊行の『ナショナルジオグラフィック プロの撮り方』で勉強したりしている。2000年代前半はフィルムからデジタルへの過渡期であり、同書ではフィルムをメインに、デジタルにも触れつつ写真の基礎が詳しく解説されている。もちろん現代にも通用する内容だから、写真好きはぜひ手に入れるべし。
写真はスマートフォンで十分なのに
今の時代、美しい写真はスマートフォンで十分撮れる。にもかかわらず、カメラ、それもフィルムカメラを使う理由なんてあるのだろうか——。
ひとつは、フィルムカメラはネガとプリントが残るということ。
大切な瞬間をデータではなく、形あるモノとして残したい。
それにスマートフォンでバシバシ撮りまっくた写真は、ほとんど見返すことがないし、印象に残らない。いつ消えてしまうか分かったものじゃないしね。
もうひとつは、機械式フルマニュアル機のシンプルさに惚れたということ。
カメラとフィルムがあればいい。
データの保存方法や電源その他、わずらわしい”ノイズ”から解放されるのだ。万が一故障しても、金属とガラス、それにバネと歯車なら手に負える。修理してくれるカメラ屋もまだまだある。
こうした、一生モノと言っても過言ではない機械を使っていると、現代人は”便利”という名の鎖にからめ取られているような気がしてならない。経済が発展するのはよいことだしその恩恵にあずかってはいるのだけれど、経済発展と同時に、人はどんどん不自由になってはいないだろうか。スマートフォンやパソコンを筆頭に、この先、死ぬまで家電を買い替えつづけなければならないのかと考えると、正直ぞっとする。テクノロジーに殺されるのじゃあるまいか。そんなもののために、働いているつもりはないのになぁ。
コストを考えると、月に10本も20本も撮影できるものではない。
大切な時間、データではなく形で残したいその瞬間を、ぼちぼちマイペースで切り取ってゆこう。そうしてアルバムを作って、妻や家族、親しい友人と時々見返して思い出に浸るのだ。
たぶん、盆と正月を1本のフィルムに収めることになるだろう。
思えば両親もそのタイプでした。
ニコマートで撮影した写真は、いずれ、また。
*2022年7月追記:ニコマートで撮影した写真はこちらで見れます↓
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