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奈良|若草山と、麓の美味しいカレー屋さん

若草山のシカ

 若草山の麓のゲートで雨が降り出した。

 あらかじめ天気予報で雨の覚悟はしていたが、さて、これから山頂へ登るべきか否か——。雨を確認するとき誰もがそうするように、手のひらを天に向け腕を上げてみる。見上げた空はどんよりと暗い。しかしそんなことはおかまいなしに、山の草原では数十頭のシカがせっせと芝をむさぼっていた。

一重目から奈良を望む。手前の大きな建物が
東大寺大仏殿だ。

 標高342m、面積33万㎡、芝生に覆われた三段重ねの山は、別名「三笠山」とも呼ばれる。奈良公園の山並みの中で、ひときわ美しい稜線を描いている。奈良のシンボルといえば大仏さんだろうか、あるいは東大寺大仏殿だろか。どちらも奈良、いや日本を代表するシンボルに違いない。

 が、それらが建立されるはるか以前、悠久の昔からこの地を見守り続けてきたのが、若草山である。

 雨といっても傘をさすかどうか迷う程度のものだった。それに麓から山頂までのコースタイムは30〜40分ほど。

 せっかく来たのだ。北ゲートから階段続きの登山道をゆく。

 一重目、二重目、三重目。

 途中、斜面に20頭ほどのシカがいて、すぐこちらに気がついた。てっきりシカせんべいを求めて近づいてくるだろうと思いきや、意外なほど警戒心が強いらしい。ぼくがシカのいる斜面に近づいてゆくと、ダダダッと力強く駆け出して、あっという間に逃げてしまった。それが野生動物として自然な反応ではある。

 後で知ったのだが、奈良公園のシカは若草山の麓に暮らす「公園ジカ」と、山に暮らす「若草山のシカ」とで、食性からして異なるという(参考:奈良市観光協会 奈良の鹿 4つの豆知識)。

 思うに性格も違う。

 公園ジカは、人間=シカせんべい、とみなしている節がある。

 だから人を見つけたら可愛い顔して愛嬌を振りまきながらとりあえずやってくる。しばらく人とたわむれて、夜のお姉さんよろしく手をつなぐくらいなら目をつむる。

 しかしこちらがシカせんべいを持っていないと分かると全速力で手のひらを返す。その速さたるや、一説によると音速を超える。

 神様の使いとはいえ実に腹黒く、シカなのに、どこか人間味に溢れている。

 一方、若草山のシカたちは、人に慣れてはいるものの、芝をむさぼりながらも眼光鋭くこちらの動きをじっと観察している。近づこうものなら一瞬のうちに距離をとる。壁を作る。子ジカを連れているならなおのこと。

 気高きシカ。

 きっと公園ジカを常日頃から苦々しく思っていることだろう。

「麓の連中ときたら、まったくなげかわしいことですな」

「人間にこびを売ってまで、せんべいなど食いたいものかね」

「プライドというものがないのですよ」

「いやまったく、同感ですな」

 とかなんとか言いながら、ぼくがせんべいをちらつかせると、ニコニコしながらやってくるのだから憎めない。

 三重目から景色をながめる。

 手前に東大寺大仏殿、その奥に奈良の街並みがあって、遠くに金剛山や二上山、信貴山、そして生駒山がそびえている。雨に煙る奈良の街並みもよいものだ。

 森から聞こえてくるヒグラシの鳴き声が、盛夏の訪れを感じさせる。

写真奥に、うっすらと写っているのが金剛山だ。
芝も気になるが、ぼくのこともとっても気になる。

toi 印食店


 若草山で汗を流し、お腹がすいてきた。

 次なる目的はスパイスカレー。

「toi 印食店」にはすでに6名が並んでいた。〈INDIAN FOOD TASTY〉の看板がいい味を出している。軒先にはスパイスとバターの香りが漂っており、もう美味しい。

 古き良き昭和のアパートを、アジア雑貨でおしゃれに改装したような店内は、窓からの陽光と裸の電球に照らされていた。2階のカウンター席に案内され、「カレー2種と本日のおかず ¥1,800〜」を注文する。4種のカレーから「ローストしたココナッツとスパイスが香るチキンカレー」と「羊挽肉の辛口キーマカレー」をチョイス、おかずには豆のスープにインドの漬物、惣菜、サラダに天ぷら、ディップと盛りだくさんだ。

 2階には4人がけのテーブルがひとつ、窓際のカウンター席には『スパイスカレー事典』なる書籍の他、カレーに関する本が並ぶ。1階の厨房から聞こえてくる鍋を振る音がもう美味しい。

 ほどなくしてカレーが運ばれてきた。

 大きなお皿の中央にライスが盛られ、その周囲に小皿が並ぶスタイルだ。米は細長くて、日本のそれとは異なる。カレーが窓からの逆光に照らされて輝く。

 まずはチキンカレーから。

 スプーンですくう。

 バターとスパイスの香りが食欲を刺激してもう美味しい。

 カレーをひとくち、ライスをひとくち。

 サラッと乾いた細長い米がインドカレーに絡み合う。

 安定の味、間違いない。

 続いてキーマカレーをひと口。

 辛口とあるが、そうでもない——と思ったのは、最初のひと口だけだった。

 合間に漬物や惣菜をつまみ、インド風の天ぶらをほおばっているうちに、だんだん唇がヒリヒリしてきた。

 キーマカレーをもうひと口。

 体温が上昇してゆくのを感じる。

 あぁ美味い。

 やはり夏はピリリと辛いカレーで汗をかいてさっぱりしたい。

 最後にデザートをつまむ。

 これはなんというのだろう、きなこをぎゅっと固めたような、ほんのりと甘いお菓子だった。

 デザートだと思ったヨーグルトは甘くない。なんだかおかずのような味がする。

 はて。

 食べ終わってから気づいたのだが、ヨーグルトはカレーにかけるものだったのだ。

 ハイキングとカレーで良い汗を流し、雨の上がったならまちを、散策してから帰路についた。

大仏殿を囲う「東大寺中門」
若草山の北ゲート付近。
  • 撮影データ

  • Nikomat FTn

  • NIKKOR-S Auto 50mm f1.4

  • スペリアプレミアム400


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