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何がどう転がるのかは、わからない

 ……金曜、夜19:30を少し過ぎたころ。

 俺は一人、駅前の小さな焼鳥屋へと向かっていた。

 繁華街の、明るいLEDライト街灯の向こう側から…もっさりしたおっさんがこちらに向かってくる。……幼馴染の健太だ。

「おう、お疲れ!」
「おつ。今日は修ちゃん来ないんだっけ?」

 三年前、同窓会の帰りになんとなく集まって以来…独身者の生存確認を主な目的として開催されるようになった簡単な飲み会は、もはや完全にルーティン化している。気軽に愚痴を吐ける場での、ちょっと失礼な物言いのツッコミがボチボチ参加者のストレス解消になっていて、いつの間にか生活の一部になってしまった…という方が正しい。

 お通しに焼き鳥三本と生中一杯で1500円…その値段を越えぬよう、ほろ酔いで切り上げるのがこの飲み会のルールだ。もう若くない年代に入っているので、飲みたいだけ飲むような危険は侵さぬよう自制するべく設けられた規律である。値段も手ごろで、週一ペースであれば負担は少なく、何より酔っ払って管を巻くようなみっともない展開にならないのが、長く続いている秘訣なのだ。

「あそこにいるの、マルちゃんじゃね?」
「先に中入ってればいいのに寒くないのかね…ああなんだ、電話中みたいだ」

 でかい体を丸めて、何度もお辞儀をしているツレの背中をポンと叩き…焼鳥屋ののれんをくぐろうとしたら見慣れないモノが目に入った。

「うん…?なんだこれ、リニューアル?」

 順番待ちの名前を書くボードの横に、お知らせの看板が出ている。

「おいおい…来週から臨時休業だってよ!まじかー」

 どうやら、焼鳥屋がリニューアルをするらしい。
 来週から改装工事に入るため、三週間ほど臨時休業するのだそうだ…。

「来週からの飲み会の場所、どうする?」
「たまには休肝日もいいんじゃね?」
「週一の飲み会なのに?!」
「ウィーっす!なになに、まだ入ってないの?」
「はい、こんばんわ」

 電話を終えた金丸君と、すでに店内に入っていた信二も合流し…秒でワイワイと盛り上がる。そこに油ぎった顔のカトケンと、背の高すぎる淳ちゃんも来て…入り口付近が一気に密になった。

 いい年をしてはしゃいだ様子で声をあげるツレどもをしり目に俺は一人待合席に腰を下ろし、手書きの味のあるポスターに顔を向けてみる。何やらごちゃごちゃと文字が書き込まれているようだ…ナニナニ……。

 ―――新店舗のネーミングをお願いします!
 ―――あたたかさを感じる名前がいいです
 ―――三文字でお願いします
 ―――インパクトがあって人気の出そうなものがいいです
 ―――聞いたことのないもの希望します

 リニューアルスケジュールなどのお知らせとともに、新店舗の名前の募集がある。
 なんでも、今の場末感を一掃してお洒落な店舗に変えたいらしい。……俺としては、この寂れた感じが気に入っているのだが…経営陣はそうは思っていないようだ。

「お待たせいたしましたぁ、八名様、ご案内いたしまぁす!!」

 元気はイイが微妙に目を合わせない若いスタッフの案内で…いつもの窓際の座敷へと通される。

 手際よく人数分のお通しが出されて、飲み会の場が整っていく。…今日はそぼろあんかけ焼き豆腐か。この店のお通しは何気に美味いので、お気に入りメニューの登場に少々テンションが上がる。

 小鉢に落としていた視線を上げると、いつもならがらんとしている大きなテーブルの端に…わりと目立つ大きさのPOPがあることに気付いた。入り口で見た改装のお知らせの文字と店舗名募集についてのコミカルなイラスト漫画が描いてあり、横に名刺サイズほどの大きさの応募用紙が入ったケースとボールペンが置いてある。どうやら、注文待ちや会食の合間に気軽に応募できるよう配慮されているようだ。

 いつも通りにテンポよく飲み物を注文し、手早くお手拭きで顔を拭ったあと…POPを手に取り、じっくり目を通す。可愛らしい文字を追うと、店舗名を決めてくれた者に一年間の焼鳥食べ放題が進呈されるとある。地味にものすごい待遇だ。これは…ぜひ応募しておきたい。

「おい…店の名前考えたら焼き鳥食い放題券がもらえるってよ!!」
「おほっ!!マジか!!なに、ちょっと見せて!!」
「この丸の部分に文字を入れて、投票箱に入れるみたいだ」
「三文字ぃ?ちょー難しくね?」
「つか、あたたかみを感じるってさあ、【アタタカミ】それだけで五文字あるのに!」
「【あたた】でいいじゃん!」
「それじゃあどっかのお前はもう死んでいるじゃん!」
「もしかしたらもしかするし!俺応募しよ!」
「ふふん、俺こういうの得意なんだ、よし…紙ちょうだい!!」
「何が受けるかわかんねえからな、【あたた】は書いとけよwww」
「焼鳥屋だし、【とりあ】とかどう?」
「どっかのミラノ風ドリアかよwww」
「【あ】はつけた方がいいだろうなあ…きっと似たようなネーミングばかりになるぜ?」
「三文字だと…ええと何通りくらいあるんだろうね?」
「出たよプログラマー思考!!すぐに計算するし!」
「総当たりで応募したらどれかは当選するって?せこいなあおい!」
「意味のない文字列じゃあ店舗名になんないだろ…」
「つか、お一人様何点までのご応募って書いとかないとさあ…」

 いつものすっかりワンパターン化された愚痴大会とは違う、新しいテーマの出現にやけに会話が弾む。なんだかんだ言いがかりを付けたいというか…何かにツッコミを入れるのが好きな集団だ。今日はいつも以上に盛り上がるに違いない。

 来週から休みになるから、その分飲んでおかないといけないだろう。久々に1500円ルールが反故にされる可能性大だ。前にロングバージョンになったのは確か…真夏の、カトケンのお見合い失敗を慰めた時か。あの時は調子に乗って激辛焼き鳥を食って、次の日にひどい目に遭ったんだよな……。

「しつれいしまーぁっす!!生中が四つにハイボール、レモンチューハイでーす」

 すっかり顔なじみになったお姉ちゃんと、最近入ったばかりらしい兄ちゃんが酒を持ってきた。

「おーきたきた、じゃ、とりあえず乾杯な!!」
「あ、おーちゃんも来た!!お姉さんウーロン茶もお願い」
「佐藤君会議終わんないってライン来たぞ」
「しばらく来れなくなるし、今日は来た方が良いって返してやろ」
「じゃあ佐藤君が来るまで飲み続けないといかんなア!」
「ええとね、焼き鳥盛り合わせを三つ…四つにしとくか」
「ロングにすんなら俺ポテトサラダ食お」
「おいおい、コレステロール大丈夫なの?もずく酢でも食っとけば?」
「う―す!!ちょっと遅れたわ!!あ、俺ウーロン茶ね!」
「もう頼んだよ!!有能秘書なめんなよ?!」
「なめても脂っこいだけだって!!」
「有能すぎて出世しないであげてるんだっけ?」
「俺が出世したら後輩たちの面倒が見れなくなるんだよ!!」
「優しいねえ…中小企業の鏡だよ全く」
「優しいだけでは経営は成り立たないの!!お前ね、牙城を崩すって言葉を知らない?」
「優良企業内でナニ戦いくさ起こそうとしてんのさ」
「おいおい、どうせ戦うならこの…ネーミングで天下取ろうぜ!!」
「誰か一人食い放題券がもらえたら…今後は酒代だけで飲み会ができる!」
「お前さあ、いい年してけち臭い考え方してっからモテねえんだぞ?」
「オメーだってモテてねえじゃねえか!!独身はケチってなんぼで…」

 最後の宴と言う訳ではないが、いつもの三倍ほど飲み食いをして…飲み会は終了となった。いつも以上に酒が入ったこともあり、調子に乗って設置済みの店名応募用紙をすべて使ってしまったのが少々いただけない。若干モンスター客のニオイがしないでもないが、しっかり金は落としているから許してもらいたいところだ。

 三週間後、いつものメンバーで焼鳥屋に向かうと、やけにこじゃれた雰囲気になっていて…信じられないくらい人が並んでいた。新装オープンという事で、人が集まっているらしい。
 店舗の外にある入店待ちのベンチは満員で、通路にはみ出している人たちがワイワイと盛り上がっているのが確認できる。わりと若い世代を意識しているのか、客層の年代が少し下がったように見える。

 かなり煌びやかになった店構えの上部に目を向けると、ド派手な看板が目に入った。店舗の名前は…【あとり】になったようだ。
 三週間前、50枚ほど書いて応募したが、同じものを書いた覚えがない。似たようなものを書いた気もするが、飲み会メンバーに当選の連絡は入っていないからおそらく全員外れたのだろう。

「せっかく来たけど、これじゃあ入れないなあ」
「仕方ない、どこか別の店、行くか?」
「この辺りもめっきり居酒屋が減って…とりあえずあのチェーン店、入るか」
「おけ、LINEしとく」

 初めて入る居酒屋を転々としながら、細々と飲み会は続いた。どの店もあまりしっくりこなくて、ずいぶん駅近辺の居酒屋の情報が身についてしまった。

 三か月ほどして少し客足が落ち着いたころに、件の焼鳥屋に行ってみたのだが、入店してみて…驚いた。ずいぶん様変わりをしていたのである。

 まず、大きなテーブルのある座敷が無くなり、全てこじゃれたイスとテーブル席になっていた。座面が小さく、ゆったりと酒を楽しむ余裕はなくなっていた。
 簡単ではあるが心のこもった料理が出てくるお通しも、若者向けのあっさりしたものになっていた。大きなボウルに盛られた雑多なキャベツと、ドレッシングの入ったバスケットを出され…落胆してしまった。
 さらに、焼き鳥も全体的に小ぶりで、焦げ目の少ない…なんというか、行儀の良い代物になっていた。メニューにはチーズやハム、ハンバーグ…チョコレートなどのデザート、はしゃいだカクテルがずらりと並び、明らかに俺たちの年代とマッチしない、場違いな空気を感じた。

 ……リニューアルした焼き鳥店は、若者が集まる店になってしまったのだ。

 なじみの店を無くした俺たちは、駅前周辺を巡って色んな居酒屋を探し続け…小さな小料理屋に通うようになった。同年代のママさんが一人で切り盛りする、大皿料理がメインの店だ。

 カウンターわきに空の小鉢が置いてあり、客はそれを使って大皿から好みのメニューをお玉で欲しい分だけすくうシステムになっている。アルコールはセルフシステムで、都度払い。小鉢一つ500円、生中一杯500円。1500円でほろ酔うのにちょうどいい店だ。
 目の前で焼いてくれる卵焼き、大ぶり具材の肉じゃが、丁寧に焼いたシシャモ…メニューに派手さはないものの、いつも違うものが並んでいて種類が豊富なのがうれしい。材料さえあればリクエストをして作ってもらう事が可能なのも魅力的だ。

 財布に優しい良い店と出会えたことで、ますます飲み会が生活の中で欠かせないものになっていった。

「いやー、ここはアットホームでいいわ!!」
「ママの料理が素朴でいいんだよなあ」
「家庭料理に飢えてっからなあ、マルちゃんは」
「オメーもだろ!!」
「地味にピーマン避けれるのがうれしいんだよ」
「たまにおまけも貰えるしなあ」
「焦げた焼き鳥より断然こっちの方がいいね」
「つか、焦げてたのはずいぶん前の話だろ?」
「焼かなくなった焼鳥屋ってね…」
「でもツイッターでめちゃめちゃバズってんぞ?」
「あー見た見た、テレビでやってたよ!!」
「飲み放題とかやってるみたいだよ、地域で一番安いんだって」
「いくら安くてもあの突き出しはないだろ!!」
「いやいや、最近の若者は草食系だから、ああいうシンプルなものが受けてて…」
「おいおい、へーさん、ジジくさい発言してんなよ!!」
「ごめんママ、ハムエッグ作ってもらってもいい?」
「はーい、ちょっと待ってね!」
「どうしよう、俺も作ってもらおうかな」
「ケンちゃんはやめとけよ、来週健康診断なんだろ?」
「食った後ココで自衛隊スクワットやれば大丈夫だろw」
「あら!!床抜けないかしら!!!」
「ひどいよママ―!」



 ……金曜、夜19:30を少し過ぎたころ。

 俺は一人、駅前の小さな小料理屋へと向かっていた。

 繁華街から少し入った位置にある、古ぼけた街灯の向こう側から…もっさりしたおっさんがこちらに駆け寄ってくる。……幼馴染の健太だ。

「カッちゃん!!あの焼鳥屋、つぶれたよ!!!」
「…え?マジで?!」

 去年まで毎週のように通っていた、あの焼鳥屋…【あとり】が、閉店したらしい。
 毎週のようにテレビに取り上げられて賑わっていたと思っていたのだが…経営は思わしくなかったようだ。
 …もしかしたら、一年間食べ放題のチケットのせい?なんてことを、考えないでもないのだが。

「やっぱさあ、安いものを安く提供するだけじゃダメなんかね」
「さあねえ…、リニューアルしなければ、続いたかもなあ」

 一年前、こんなことになろうとは全く予想すらしていなかった。

 年末にチェーン店の入店を断られて、その帰りにたまたま見つけたママの店に入ることになって以来…毎週金曜日の飲み会はルーティン化している。それどころか、晩飯を食う目的で通うメンバーだってボチボチいるくらいなのだ。……俺も含めて。

「あ、今入ってったの、マルちゃんじゃね?」
「やべ、あいつが先に入ると肉系のメニュー根こそぎ取られるんだよ!」

 でかい体を丸めて、のれんを潜ろうとしているツレの背中をバシンと叩き…ふと足もとに目をやると、見慣れないモノが目に入った。

「うん…?なんだこれ、リニューアルの…お知らせ…おい、これ…」

 何とも言えない、胸騒ぎがした。
 リニューアルには、あまりいい印象がないからだ。

「あの焼鳥屋とは違うよ…、名前も募集してないし屋号だって変わんないんだから」
「ああそっか、いよいよ移転するんだな」
「今日はこの店で最後の飲み会になるってよ!」

 佐藤君の会社のビル一階テナントが撤退し、そこにママの店が入ることになったのは、二ヶ月ほど前の事だ。とんとん拍子で移転が決まって、あれよあれよという間に準備が整い…いよいよこの地を去る日がやってきたのだ。

「カトケンが内装やってるからきっと大繁盛するぜ?」
「そうだなあ、佐藤君とこの人材派遣とも契約したって言ってたもんなあ」
「俺らが作った店みたいなもんだよ、今日は盛大にやろうぜ!!」

 中年のおっさん集団が足しげく通う店というのは、わりと安泰だと思わないでもない。若い頃は実感がなかったが、飲み会の席で仕事が発生して繋がっていくこともあるのだと、しみじみ思う。

 役所勤めの俺、建築関係の大下、デザイナーの杉谷、人材派遣会社経営の佐藤と吉田、食品メーカー勤めの金丸に雑貨店経営の和田、塗装会社勤務の加藤にゴミ処理場勤務の池神、ライターの星野。皆が何かしら得意分野を持っており、独身者という事で身軽だったこともあって、すんなりと起業に付き合う事ができたのだ。

「へーさんとこの忘年会や、修ちゃんの会社の仕出しもやるらしいし、ママも忙しくなるだろうなあ……」

 初めて行った時は、たった一人で切り盛りしていた小さな小料理屋だったのにと、しみじみ思う。何がどう繋がって、いい方向に転がっていくかなんて…予想できないものだ……。

 あの焼鳥屋だって、もしかして俺たちの中の誰かが考えた屋号を採用していたならば…今頃新たな店舗を構える事になっていたのかもしれない……。

「ま、多少忙しくても淳ちゃんがママを助けるだろうよ。大切な…かみさんになるんだからな」

 ……もう少し、俺に行動力があったのであれば。

 もしかしたら、今日のお通しは、料理は、酒は…最高に美味いものになっていたかも、知れないのだ……。

「あ、かっちゃん!健太もいらっしゃい!!ちょっとマルちゃん、全部肉とんなよ!!あ、今日は俺のおごりだからさ、目いっぱい食べてってくれよな!!」
「いらっしゃい!リニューアルの日ね、来週の金曜にしたの、来るでしょ?」
「もちろん!貸し切りにしてくれるんだよね?」
「俺の会社のやつらも呼ぶんだ、カッちゃんの入れる隙間はないかも?」
「ちょ!!お前一週間で30キロ痩せて来いよ!!」
「うちの部長がさ、動画撮影したいって言ってんだけど肖像権的な問題大丈夫?」
「むしろ映してくれてありがとうのお礼金を支払うべきなんじゃねーの!!」
「修ちゃんは黙っとかないとBANされる!!ミュート決定だな!!」
「へーさん遅れるって!!先に食べといてってLINE来たよ」
「飲みかけの酒あったら全部飲んどこうぜ!!」

 ……騒がしい飲み会の、はじまりだ。

 俺は、旨い、旨いつまみを頬張りながら、しょっぱい気持ちを、ビールで流し込んだのだった。

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