見出し画像

クソリプから感じる知的格差と居場所のなさ

昨日はメンタリストDaiGoとの食事会だったのだが、そこでXでクソリプを飛ばしてくる人たちの話題になった。
DaiGoも私も、多くの人からクソリプをたくさん飛ばされる側の人間だと思われるが、そのクソリプ具合にいつもうんざりしている。

そんなクソリプを飛ばす彼らは「リアルの世界には場所はないのだろうか?」と思えるほどのものもある。もしかしたら、クソリプを飛ばす方にとっては、Xは人生そのものなのかもしれないし、もしかしたら世界の全てなのかもしれないとすら思えてくる。それほどにクソリプに時間をかけているんだろうと感じてしまう。

※この続きや日々更新される記事の全文は、個別購入以外にnoteにて月額864円の『堀江貴文のブログでは言えない話』への加入でも読むことができます。
★note版『堀江貴文のブログでは言えない話』
https://note.com/takapon/m/m6f25f310b0e9

ここから先は

778字
この記事のみ ¥ 300
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?