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【14話】小春麗らか、希(ノゾミ)鬱

4-3 学祭前日まで



 夏休みのある日、学祭への出し物の応募を受け付ける日があると聞き、俺達四人は揃って校内へと足を向けた。女子二人が委員会をやっていたので、回り回って、巡り巡ってやってきた情報だった。そういうのはもっと全校的に、広く知れ渡るように大々的に告知してほしいものだなと、素直にそう思った。



「では、次の方」


「はい」


「出し物は何をやりますか?」


「ロックバンドです。そのためアンプやマイクなど各種機材をお借りしたく思います」


「わかりました。では、出場するバンド名を教えください」


「コピーシロップ、でお願いします」


「メンバーを教えてください」


「二年七組、小鳥小春、二年八組、矢箆原咲真、神祐希、雉子島麗、全四人です。こちらがその指定された応募用紙です」


「はい、確かに。何曲やりますか」


「一曲です」


「わかりました。発表順は前日までにお知らせ致します。では、これにてエントリーを受け付けましたので、よろしくお願いします」


「はい、こちらこそお願いします」



 四人全員で一礼する。そしてその教室からでて、並んでいる次の人に順番を譲った。夏休みでも委員会をやらなくちゃいけないだなんて、大変だなと思ったが、それを小春に話すと「好きでやっている人が多いから、思ったより苦じゃないかもね」とのことだった。クラス委員とか学祭委員なんて率先してやるのは小春ぐらいなものだと思っていたが、好きでやるやつなんているんだな。俺は自分の偏見を恥じるように思った。



 その日は夏の大きい日だった。どこまでも広い夏空が、ずっと暑く広がっていた。色は青く、うんと青く、青を通り越して白い色すら美しく見える空だった。蝉はずっと泣き続けているし、永遠に不安であるかのように泣いてばかりだった。鳴いてばかりだった。人も蝉も同じなのか。儚さに夢を見るのは、同じかもしれないと思った。



 暑い日だった。その日はいつもの通り、屋上にあがっていた。久しぶりに行ってみようということになったのだ。しかし、それは間違いだった。直射日光を浴びる形となったその場所はうなだれるような暑さだけがそこに居座っていて、じりじりと焼けるように俺達を焼いている。つまり焼けるように暑いということだった。クーラーも扇風機もなく、日差しを遮るものもないのは、なかなかつらいものだった。俺は間違えたなと、そう思った。今日は屋上に来るべきじゃなかった。それは間違いなかった。



 小春は半袖涼しく出で立ちで、イヤホンで音楽を聞いていた。鼻歌まで歌っている。たぶんシロップ16gの生活、俺達が学祭で演奏する曲だろうが、そんなことよりも、彼女は暑いとは感じていないのだろうか。愚直にもあの日からずっと聞きまくっているのだが、暑くはないのだろうか。一曲を無限リピート再生。暑い日でも構わず、聞きまくってイメージを万全にしているのだろうが、暑くはないのか? 全然何ともなさそうだぞ。どうして平気なのかわからずに、やがて俺のほうがくらくらと、へなへなと暑さにやられた。ノックアウトである。いくら不良生徒だと言っても、勝てないことだってあるのだ。いや、勝てないことばかりだ。病にも、自分自身にも。暑さにも。何もかにも。勝てないことばかりだ。



 麗は俺の隣で暑そうにしていた。胸が大きい分苦しいのかもしれない。右に小春、左に麗が座り、その間に俺が座っている。なんとも青春であるが、しかしこの暑さにすべて持っていかれてしまう。すべて台無しだ。



 祐希は俺のすぐ向かいに座り込み、入口手前の物陰に置きっぱなしにしておいたいつものギターをメンテナンスしていた。しばらく触ってないと駄目らしい。清掃とか、調律とか、音を鳴らしながら確かめるように弄っていた。



「今度弦交換しないとだめだな。音が錆びついちゃって良くない」


「そうか」


「今度楽器屋行こうぜ。いろいろと買いたい物があるんだ」


「ああ、そうだな」



 俺達の会話はそんなものだった。俺は暑さにやられて、どこか上の空だった。



 そのうち祐希はギターを弾き始めた。曲はもう腐る程聞いている生活。この夏を彩る、この夏の俺達を決める曲だろう。シロップ16gの〝生活〟。いい曲だよな、本当に。語るまでもなく、人の憂鬱を歌うその曲は俺の心情そのものだった。本作のテーマ曲にしても、オープニングにしても差し支えない。いや、ふさわしさでいえば、とてもふさわしいと言えるだろう。



 それから曲が流れているこの時に、俺は考えた。暑さ以外のことを考えた。暑さのことを考えると、そのことでいっぱいいっぱいになってしまうからだめだと思って違うことを考えた。俺は将来と今のことを考えた。今は高校二年生の夏という絶好の時間を過ごしているなと、自分でも思う。将来は、たとえばちょうど一年後とかは受験勉強で大変なんだろうなと思う。そう思うと、いや、そう考えると、俺は今しかないと思うようになった。



「小春、小春」


「はい、なんですか?」


 イヤホンを取って聞いてくる。俺は言う。


「俺はたぶん、小春のことが好きだと思うよ」



 小春はしばし何を言われたのか理解できていないようだった。ぼんやりと、しかしパチクリと瞬きをして反応を処理していた。先に意味を理解したのは隣りにいた麗だった。顔を真っ赤にして、「きゃー」と叫びだしそうなのを必死に抑えて、口を抑えて、抑えた。俺はなんでもないように、また祐希の曲を聞きながら考え事をしているふりをした。もうそれどころではないのは言うまでもないのだが、しかしこれ以上何も言うことはない。



 そのうち小春も意味を理解したのか、俯き、恥ずかしそうにしていた。上を向く俺と下を向く小春。歌を歌い続ける祐希とどうしようかとこちらを伺っている麗。やれやれ、どうしようもないな。この面々は。



 その日の帰り道、小春と二人きりになったとき、俺は付け加えるように言った。



「小春、俺はお前のことが好きだけど、でもそれは手を差し伸べられたから、優しくされたから好きになったわけじゃないことだけは言っておくぞ。純粋に人間関係を考えて、どうかなって思って、そうかなって思って、そうだなって思って、告白したんだ。そこに嘘偽りはない。他意も、策略も、邪も、恩も、なにもない。純粋さだけが残って、だからこそだということだけは、ちゃんと言っておきたかった。勘違いはしてほしくないからな」


「はい。なんとなく、わかります」


「そうか。それならいいんだけど」



 しかし、その返事の言葉といい、どこかよそよそしくなってしまって、どこか距離を感じるは気のせいか。小春もきっと色々考えているんだろうなと、そう思った。自分の中で消化して、踏ん張っているんだろう。だからこそ俺はあの言葉をきっと後悔するし、告白した行為そのものを後悔して、小春に対してある種の誇りを持っていることを誇りにして。



 車の走る音が大きく聞こえた。それにちょっと気を取られたけど、また二人の時間に戻った。相変わらず日が落ちてからも暑さは残っているけど、それでも日中よりは幾らかマシかもしれないなどと、そんなことを思った。



 今日もまた小春麗らかなり、希望を捨てず、鬱と共に生きる。変わらない。良くも、悪くも。変わらない。



 変わらないことを日常としながら、いつか小春が答えを出せるその時まで、俺はゆっくり待つことにしようとそう思うのだった。


 

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