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【13話】小春麗らか、希(ノゾミ)鬱

4-2 練習



 それから練習の日々が始まった。まずはスタジオ練習だ。軽音楽部の部室は借りることができないので、街なかにある練習スタジオを借りることにした。費用はかかるが、親に頼んでなんとか工面してもらうことにした。夏休みの期間だけだからと言って。一番はドラムセットを使えることが大きい。あれは実物がないと練習にならないからな。家にそんなものはないし。つまり、練習のメインは小春ということになるのが自然な流れであった。つまり、スタジオ練習までに俺と祐希、麗はそれぞれ各自練習しておかなければならない。俺は祐希からギターを借りて、エレキを生音でコードチェンジの練習、コード進行を覚えることを徹底した。そこまで数は多くない。カポタストはイチフレット、基本進行はF、G、Amだ。これを覚えれば良い。バレーコードは難しいから、全てローコードで行く。しかしFコードだけはそのバレーコードと言って、人差し指でセーハ、つまり全ての弦を抑えなければいけない。そしてその上で他の指で各フレットの弦を抑える必要がある。これが初心者最大の壁というわけだが、しかし俺は以前に祐希からギターを教わった際になんとなく教えてもらっていたことがあった。今はその記憶を頼りに、動画サイトの練習動画を見ながら音を鳴らすことができるように練習するしか無い。サビはC、G、Am だ。曲終わりになると難しいバレーコードが出てくるが、そこは練習次第だろう。最悪難しいところは簡略化して、祐希が演奏することにすれば良い。ギターは二本あるのだ。一本出来ていなくても最悪なんとかなる。それに、祐希が言うには演奏難易度は高くなく、割と低めの曲だという。きっとなんとかなるだろう。そう思いながらギターを部屋に持ち込み、練習をしていた。

 そしていよいよスタジオ練習の日。夏休みが始まって間もない頃に、その日程は組まれた。

「じゃあ、始めようか」

 ギターをそれぞれアンプに繋げて、オーバードライブのエフェクターを祐希から借りて繋げて、音を出す。ジャギーン。ロックっぽいかっこいい、歪んだ音がする。エレキはこうでなくちゃ。マイクに電源を入れて、スピーカーに繋げる。麗の声が全体に響く。それを聞いて少し恥ずかしそうにしていた。

 タンタン、タンタン。

「これ、どうやるの?」

 おぼつかない手でスティックを持っているのは小春。初心者どころかド素人の小春が一番練習しなくちゃいけないだろう。しかし、そうはいっても、ここにドラム経験者はいない。ドラムについてなんて誰もよく知らないのだ。

「動画とか見てこなかったのか?」

「うーん、よくわからなくて」

「どうする、祐希」

「いやー、どうしようね。学祭のときはドラムセットぐらいは、軽音楽部から借りてセットしてくれるみたいだけどさ。だからドラムをわざわざ用意する必要はないんだけど、どうしようか。俺も正直やったこと無いからなんとなくの知識しかなくてさ。少し調べたんだけど、それでもなんとも。他人に教えられるほどとは、とても。ちゃんとやろうとしたら難しいんだよね、ドラムって。それに比べたらギターなんて簡単だよ。可愛く思えるくらいさ」

 祐希も考えに考えて、それでも思っていたことをとうとう言うことにしたらしい。こんな事を言った。

「ドラムでいちばん重要なのはリズムだ。一定のリズムを取る、しっかりと刻む。リズム隊の要となるわけだから、これは間違いない。そこで、バスドラを踏んでみよう。バスドラム。バンドのドラムでは足でキックを踏んで、鳴らすことが多い。ほら、足元に踏み込めるやつがあるでしょ? 鳴らしてみ」

 ドン、ドン。

「こうですか?」

「そうそう。それから、ドンドン、ドドドン。ドンドン、ドドドン。ドンドン……とリズムよく鳴らしてみて。リズムよく、ドン、ドン」

 小春はキックを踏み、バスドラを鳴らした。しかし、すっかり疲れてしまったようであった。

「これを手でやったのがよく見るドラムの姿さ。そこのシンバルを同じように八回叩いてごらん?」

 ツ、ツ、ツ、ツ……。

 どうやらこちらのほうがなんとかなりそうだが、しかし、なんとも不器用そうに見える。

「そうそう。その通り。基本はそうやって叩いてもいいんだけど、正確には手首のスナップを効かせるんだ。貸してごらん? ほら、こうやって」

「あっ、動画で見たやつ! そっか、間違ったこと言ってなかったんだ」

「まあ、僕もお手本動画の受け売りなんだけどね。経験者と言うか、師匠みたいな人がいないと、独学でやろうとするとどうしてもね。さて、ざっくり、本当にざっくり言うとこの手と足を合わせたやつがドラムの基本形何だけど、どうするかな。足はハイハットを開け閉めして音を出すのもあるんだけど、そこまでは回らないと思うから、できるところまでで。僕はバスドラだけでリズム取るのも悪くないかと思ってたんだけど。それかハイハットとか、スネアとか。リズムを取れるように、意識して、それから、ギターと合わせて間を作れるようようにできれば、学祭レベルとしては上出来だと思うよ。学祭だこの即席ドラマー、バンドだからね。あとは、音源を聞きまくって、その音が出せるようにする。それくらいかな」

「音って、貸してくれたシーディーのやつ? 同じ音をずっと聞く感じ?」

「そうそう。リズム取ったりしながら、とにかく聞くんだ。聞いてるうちにわかるようにわかってくるよ。音楽も、ドラムも、この曲の良さも」

「ふーん。そっか、やってみるね!」

 小春は、へこたれない。素直さと、やる気と明るさが彼女の良いところだ。素直に思う。俺は「頑張れ、小鳥小春」と励ました。小春は今度はちゃんと笑顔になった。

「麗、歌はどうだ? 歌えそうか?」

「うん。歌詞は覚えてきたよ。楽器にあわせてみたいと、私は思ってたけど……」

「オーケイ。それなら、一回合わせてみようぜ。なに、できないことは承知の上だ。特に咲と小春ちゃんは、音がならなくても、音を出せなくても、聞いてるだけになっても続けるんだ。できるところだけやる。だから、やっていくうちに覚えていこうぜ」

 ジャーン、と一つ鳴らした祐希は、それほど頼もしく見えることはなかった。

 イントロは一小節ギターが弾いて、ニ小節目の終わりからドラムが入る。四小節目が終わったら、一番の歌が入る。そう確認してから弾き始めた。

 ジャンジャン、ジャカジャン、ジャカジャ、ジャン、ジャジャン!

 イントロをワンフレーズ弾いたのを合図に、俺が同じリフでギターとして入る。バスドラとハイハットの音もぎこちなく聞こえる。どうやら、頑張って両方やろうとしているみたいだ。

 一番の歌が始まる。タイミングはばっちりだ。祐希もマイク無しで歌っている。全てにおいてリードしてくれている。心強い。

 一番、サビ、二番、サビ、そしてギターソロ。祐希は思いっきりギターソロを決めた。それは拍手を思わずしてしまいたくなるぐらいに。三番、そして最後にサビに入り、曲は終わった。もう、何も思い出せないやいや、って思えるほどあっという間だった。俺もギターをそこそこ弾けたと思う。もちろん間違えまくったけど。でも、みんな音が出せた。それだけで、もしかしたらうまくいくかもしれないと、そう錯覚させるには十分すぎるスタートだった。祐希は麗からマイクをもらって、修正点と良かったところを話した。

 そうやって同じ曲を、何度も何回も練習した。二日、三日、一週間、二週間と練習をした。同じ曲を、ただひたすら一曲を。ずっと、ずっと。もう本作のオープニングはこの曲で決まりだな。

 二週間ぐらいだったある日。その日もスタジオに向かう道中だった。ギターを背にして、街中を小春と歩く。小春もだいぶドラムができるようになってきた。最初の頃とは見違えるようにうまくなった。バスドラだけで済ませようと思っていた頃とは違う。スネアとハイハットでリズムを刻み、バスドラム、ドンドン、ド、ドン! とリズムよく鳴らし、クラッシュシンバルを曲の合間に鳴らして緩急までつけるようになった。素人目にはもうほぼ完璧じゃないかってくらい、うまくなったように思えた。それでも、小春は

「まだまだ、本当の音とは違うよ。騙し騙しやってる感じ。もっと迫力ある音にしたいよね」

「そうか、それなら良いんだけど」

 練習は午後から行われることが多かった。午前中は俺が起きられなくて大変だから、それに配慮してのことだった。それにしても休みなく、ほとんど毎日のように練習している。こうしてみると、本当にバンドマンみたいだな。なんか、そんな、そんなそういうことを、そんなことも良いかもしれないと、そんなことを思ったりした。

「ちわっすー」

 スタジオの練習室に入ったとき、既に二人は来ていた。祐希はギターのチューニングをしていた。足で踏んでチューニングするやつ。あれ、最初はなんとも思ってなかったけど、ギターをやり始めると無性にかっこよく見えちゃうのはなんでだろうな。スマホにダウンロードしたアプリのチューナーでチューニングしてると、すごくダサく見えちまうぜ。

「じゃあ、始めようか」

 祐希はそう声を掛けると、スティックが鳴った。そう、始めて二週間にもなると、もう合図を出すのは小春のスティックになっていたし、いちいち余計な説明なんて必要なかった。それぐらいあっという間に成長したし、できることが増えていった。俺もコード弾きだけど、ほとんど間違えずにノリノリで弾けるようになった。麗も歌詞もよく覚えていて、陰鬱な曲を明るく歌い上げてくれる。

 音楽は今日も鳴っていく。目指せ学祭。ついでに祐希の軽音楽部復帰も。

 さあ、今日も練習だ。



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