高宮の履歴書Ⅶ「学級崩壊」

小学四年生になった。
4月の学期初め、転校生が2人きた。
これが学級崩壊の引き金になったのだ。

1人は親が離婚して、実家のあるこっちに引っ越してきた都会育ちの子。
もう1人は、隣の県で問題行動を起こしすぎて、学校に行けなくなったM。

新学期早々、クラスは大荒れになった。
Mは気に食わないことがあると、暴力に走るタイプだったのだ。
クラスは恐怖政治の包まれた。
小学三年生までやんちゃ程度だった子も同調し、暴力行動に走り出した。
気がつけば授業どころではなくなっていた。

かくいう私も、空き教室に逃げ出して椅子を蹴ったり、ゴミ箱を蹴ったりして楽しんでいた。
環境は人間を作る。
まさにそれを表していた。

都会で生活している今、子どもの格差社会をひしひしと感じる。
公立学校には、やはりヤバい家庭や子がいる。
やんちゃだったあいつも、家庭では親に殴られて育ったことを後から知った。
結局のところ、親の背中を見て育つ。
ロッキーの世界なんだ。

担任は授業を放棄し泣き崩れ、まさに地獄絵図がそこにはあった。
当時、さすがに県の教育委員会で問題になったそう。
ただ、担任がリスペクトされないと、子どももついてこない。

人を惹きつけるカリスマ性こそが教育のあり方。
尊敬されてこそ、信ずるからこそなのだ。
もちろん教育の世界だけではない。

社会に出たら上司や経営層も同じ。
趣味活動の一環もそうだ。

そう考えると、ピョコタンにはカリスマ性がある。
個人的には、ピョコタン活動を宗教活動の1部として取り組んでいる節があるので、納得とも捉えられる。
実際に複数のピョコキッズも宗教化しているわけで、それが良い悪いの世界を超越した存在である。

話を戻すと、学級崩壊は結局、担任が悪かったんじゃないか。
気弱な先生。
俺の家系は、母親の熱い指導の元、教師はカスだと教えられて育った。
この考えに今も変わりはない。
公務員という安定のために教師を目指す、その考え方に憤りを感じる。

学級崩壊はなるべくしてなったのだ。

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