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【掌編】凡人の流儀

 ひっきりなしに連絡がある。
 俺、こんなに友達居たんだあ、なんて、嘘、嘘。
 有名になるってこういうことなんだ。聞いてはいたけど、俺は無いだろうって思ってた。いやあでも、これかあ。
 多分誰も、人とは違うって思っちゃうんだろうなあ。
 声をかけてきている何人かも、自分が馬鹿丸出しだってことに気がついていないのかな。十年ぶり、名前も忘れたやつとか、喧嘩別れしたやつもさ、「いつか和解したいと思っていたんだ」なんてよく言うね。こっちが恥ずかしいんですけど。でも困ってるんだろうな。藁にもすがる思いで俺に連絡を、って、誰が藁やねん!
 誰にも返事はしていない。昔付き合っていた女からは、まだ連絡はない。
 まだ?
 失ったものに期待してどうするんだよ。もちろん、わかってるよ。

 金より愛、なんて馬鹿げてる。
 金持ちになったら、そりゃあ、嬉しい。
 俺のことを馬鹿にしていた奴らのことを、こうして馬鹿にできる。
 ざまあ。
 立場がひっくり返る。資本主義社会の上級国民が、これかあ。
 正しくは、金も愛も、だ。
 当たり前だろう。比べるもんじゃねえから。
 
 あとはここから滑り落ちないように、せいぜい気張って生きてりゃなんとかなる。勝ち組勝ち組。世間じゃあ、勝ち負けじゃない、生きがいがどうのと、いろんな上っ面だけの言葉が氾濫してるが、みーんな、嘘っぱちだ。
 金があれば幸せになれるわけじゃない。
 当たり前だ、そんなの。だから何だってんだ。
 金も、愛も、才能も、それだけで充実を引っ張ってきてくれるわけじゃない。なぜ、わかってて、混ぜっ返すんだ。

 見たくなくてもずっと、見えてた。
 目には見えなくても、ずっと感じてた。
 生まれてすぐに牙をもがれ、上級国民御用達の善悪を学ばされる。
 支配者たちに都合のいいように。
 支配者たちが、間違っても痛い目を見なくて済むように。
 陰謀論?
 たしかに阿呆なよもやま話はごまんとある。
 ディープ、なんだっけ、なんかそんなやつ。
 ショッカーみたいな悪の組織なら、苦労しないぜ。
 現実の悪は骸骨模様の戦闘服を着たり、キーッとか高い声で叫んでわざわざ差別化したりしない。
 上級国民は顔を見せない。
 上級国民は心を見せない。
 もし見えたんなら、あんたにはチャンスが有る。
 
 はじめから気配を感じていた。獰猛な肉食動物の影を見るように。
 抗う気など無かった。蟻は象には勝てない。
 ならば取り入るのみ。長いものには巻かれておけ。
 巨象の背中から眺める景色は、結構なもんだ。それが自分の足で歩くことではなかったとしても。
 牙をもがれ、死んだ目をした負け犬の群れが見える。
 昔は俺も、あそこに居た。
 それで、いつまたあそこに、落ちるか知れない。
 気に食わない上司や社長やクズどもの下で、また嫌々と働かされるようになるかも知れない。馬鹿な顧客の相手をするのにイカした女とのデートをキャンセルし、悪質クレーマーの人格攻撃に真っ当な精神を削られていく。

 あいつらは、引きずり降ろそうとしてくる。
 下級国民。そう、だからいつまで経っても下級なんだ。
 天は人の上に、なんだって?
 人が人の上に立ち、人が人を従え、人が人を使うんだ。
 天がどうとか関係ないのさ。
 人が人を支え、人が人に従い、人が人に使われる。
 四民平等?
 見えなくなっただけだ。ちゃんとほら、ここにあるし。そこにも。
 わかってんだろ、まったく。

 ああまた、連絡が来た。
 あの方からだ。緊張するぜ。
 もう時間がないから、とにかくこれだけ言っておこう。
「こっちにこい」
 いくらそっちで戦ったって無駄さ。
 道は開かれてる。あんたはちゃんと鍵を持ってるよ。
 あんなやつらとは縁を切れ。
 仲間?
 違うよ。認めなくないだけさ、あんたが特別だって。
 騙されるなよ。
 担ぎ上げられ、のぼせ上がって、見失うな。
 友情とか信念とか理想とかは、そりゃ、大切かもな。
 でも勝てやしないんだ。絶対に。
 だから目を閉じて、

 こっちにこい。

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