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文芸サークル青春白書 4〜モテ父の異常な1日

柏木家でのパトロン獲得作戦に成功し、2週間が過ぎた。
新入部員の柏木あかねを迎えて美少女の華やぎは添えられたが、ジョン先輩は苛立っていた。やっぱりブリッコ少女は苦手らしい。

<前回までの記録>
これは私、タカミハルカの高校文芸サークル時代の記録である。

サークルの部長・傍若無人な非モテ女子のジョン先輩は、活動費用捻出のため、資産家画廊の娘・柏木あかねを勧誘しようと柏木家を尋ねる。
先輩に同行した南米帰りの帰国子女で変人の牧野さんは、柏木家の豪邸ぶりと、四柱推命を操る文芸部出身のあかねの母親・ママさまの威力にひれ伏す
個性豊かなママさまは、日本三大奇書を読み込む読書家にして、ショーケンの大ファンだった。


あかねは我々の勘違いスカウトで入部させたのだから、そこはジョン先輩も我慢のしどころ。あかねの母上「ママさま」という、太いパトロンの道筋も出来たことだし。

我々の横で、あかねが読むのは「花とゆめ」。「ガラスの仮面」に夢中である。私もあとで読ませてもらおう。

文芸サークルは私設といえど、部室なるものは獲得していた。10畳ほどの小部屋が我がサークルの館。本読み会、自作小説の講評会などをちんまり行う部屋である。

部員は便宜上7名だが、活動しているのはジョン先輩、牧野さん、私、そしてあかねの4名。狭い部室にはこれくらいがちょうどいい。
同人誌づくりの時期になれば、全員出てきてムンギュムンギュしてしまう。



♣︎


時刻は3時30分。

「そろそろ最終会議始めよう」

4時から視聴覚室でママさまと牧野さんの父上・権蔵ごんぞう氏の対談が始まる。

ママさまがパトロンとしての資金援助を引き受けたのは、権蔵ごんぞう氏に会えるからだ。権蔵ごんぞう氏はショーケン(萩原健一)に激似である。ママさまはショーケンの大ファン。

ジョン先輩が権蔵ごんぞう氏からママさまへのパトロン交代を記念した対談を催し、同人誌に掲載するとハッタリをかました。対談後にふたりで祇園ぎおんに飲みに出かけるというコースに、ママさまが食らいついたのだ。

うまくいけば同人誌1号の資金援助だけでなく、ママさまの永久パトロンも夢ではない。ジョン先輩の薄ら笑いは腹黒さの証しである。

「うちはバッチリでっせ。オッサンにはちゃんと伝えてあります。対談の内容としては、これまでの活動支援の感想と忘れられない1冊として『異邦人』の話しをするそうですわ」

さすが牧野さん、ぬかりない作戦。
『異邦人』か。カミュか。「きょうママンが死んだ」か。書き出しの1文引用するだけで、元文芸部副部長のママさまを惹きつけるに違いない。


新潮文庫 カミュ著『異邦人』
権蔵氏オススメの一冊


「よし。今日は父上の男っぷりにかかってるからな。対談終わりでちゃんとママさまを祇園ぎおんに誘い出してくれるやろな」

ジョン先輩は対談の内容よりもママさま接待のご心配。

「そんな心配いりまへんて。祇園ぎおんに女性なんか連れて行けるかって言うてましたで。オッサンがよう使てる花脊はなせの料亭に行くそうですわ。1日に2組しか予約できひんええ店らしいです」

「さすが父上、心得とるな」

小規模ながらも商社を営む牧野さんの父親は、商談・接待に使う店などちょちょいのちょいってところだろう。

「ジョン先輩、うちのママ、そういうの大好きっ。今日は誘われるやろから車で来たらアカンって言うときました。昨日、クロロフィル美顔教室顔を緑にされるパックに行ってましたよ」

「あかね、ママさまって意外と庶民的やナ。クロロフィル美顔教室やったらうちのお母ちゃんも行っとるわ。顔、緑にされるヤツ

クロロフィル美顔教室とはエステのようなもので、学生から大人までが密かに通う美の救済サロンである。ママさまには似つかわしくない、庶民派であるが。

デートからエステのチェックなど、およそ対談前の最終会議とは思えない。ジョン先輩は同人誌に掲載するふたりを撮影するため、Nikon FM2を用意していた。最近購入したお気に入り一眼レフだと自慢タラタラ。どうせ兄上のものだろう。

「それはそうとあかね、アンタとこの図書室に飾ってあった『明け方』の絵、伊東深水やろ」

私はずっと気になっていた柏木家の図書室で見た美人画のことを聞いてみた。

「あの絵か。ハルカ、ようわかったな。でもちょっと違うねん。フフ。今度お兄ちゃんがいるときに遊びにおいで」

違うの? どういうこと?
でもまたあの豪邸柏木家に遊びに行ける。それだけでも胸が高鳴った。どうせならお泊まりして、図書室で「歌劇」と「グラフ」でヅカ三昧させてもらいたいのだけれど。



♣︎

時刻は3時50分。

「牧野さん、お父さまが応接室にお見えになりましたよ。あ、柏木さんもここにいたのね。お母さまは校長室でお待ちです」

牧野さんの担任の赤坂先生が知らせに来た。時間通りである。
部室の後片付けなどしている間に、赤坂先生が瞬発で消えていた。余程急ぎの用でもあったのか。

あかねは校長室へ、我々は応接室に向かった。
それぞれの母を、そして父をお迎えし、視聴覚室で対談してもらう。その様子を録音し、対談原稿にまとめて同人誌に掲載するのだ。ジョン先輩は首からNikonを下げてしっかり両手で支えている。

我々は部室のある旧館A棟を抜けて本館1階の応接室に入った。ステンドガラスが施されたクラシカルな衝立ついたての向こうで黄色い声が飛び交っている。

さっき消えたと思った赤坂先生私の担任、それに視聴覚室責任者の陽子先生ではないか。3人が牧野権蔵まきのごんぞう氏を囲み、キャイキャイ言っている。陽子先生、お孫さんがおられる御年とは思えぬ高音甘色ボイス

娘の気配に気づいた権蔵ごんぞう氏がふり返り、こちらに来た。

「おぉ、オマエに言われてちゃんと時間作って抜け出してきたで」
わっ ショーケンや!
「アホ、ハルカ、うちのオッサンや」

うそー! かっこえー!! これが権蔵ごんそうとやらか。
先生らが揃いも揃ってキャイキャイ言ってたのはこれだった。
首を隠す微妙な長髪、真ん中分けでショーケンそっくり。
うちのお父はんと全然違う。うちは七三分けのサラリーマンカットやで。
女教師3人組み、ハンカチ握りしめて硬直してるわ。

「お父上、本日はお忙しい中、対談収録にお起こしいただきありがとうございます。内容はお嬢様からお聞き頂いている通りでして……」

ジョンちゃん、心配いらんで。何も資金援助打ちきるとは言うてへん。今日のお相手がコトブキ画廊のマダムとあっては、恥ずかしいことできんやろ。接待もきっちりさせてもらうから安心してや。まあ好き勝手しゃべるから、適当に原稿にして」

権蔵ごんそう氏、ジョンちゃんて言うたな。ジョンちゃんて。

ジョン先輩、目が引きつっている。さぞかし気持ち悪かったことであろう。
黙っているところを見ると、資金援助継続の言葉に不意を突かれたか。

「じゃあ皆さん、視聴覚室まで参りましょう」
「先生も来るの?」
当たり前でしょ! 責任ありますから。ねえ
「ねえ」
「そうですよ。牧野さん、ペルーとベネズエラでのお話し、名残惜しいのですが対談のお時間ですって。むさ苦しいとこですけどご案内致します
「先生方にまでご迷惑おかけしてすんまへんなあ」



♣︎


権蔵ごんそう氏のエスコートは女教師3人組と娘に任せ、私とジョン先輩は先に視聴覚室に向かった。ママさまの様子伺いである。

先輩がNikonを大事そうに抱えているので走らずに、できるだけの速歩で視聴覚室のある3階に到着。

ドアを開けると、緊張しきったママさまがヒーヒーフーフー言っている。そばにはあかねとなぜか教頭先生(女)がいるではないか。

「ああ、ハルカちゃん、ジョンさん。今、教頭先生から聞いたけど、やっぱりショーケンそっくりやって? どうしょ、どうしょ。四柱推命では牧野さん、えらいやり手で頭脳明晰と出てたわ。私との相性もなかなかなんやけどねぇ」

「ママさま落ち着いて四柱推命を信じましょう。今日は牧野さんの父上がリードしてくれはりますから。忘れられない1冊、ママさまは坂口安吾の『不連続殺人事件』ですよね」

ママさまはなぜこの場でわざわざ『不連続殺人事件』なのか。名作ではあるが、まさかミステリマニア談義に持ち込むつもりでもあるまい。


新潮文庫 坂口安吾著『不連続殺人事件』
ママさまオススメの一冊



「ああ、緊張してきたわ。安吾の話でもして盛り上がらないと。それより写真撮影もあるんでしょ。昨日、緑のパックしといて良かった」
「柏木さん、ご安心ください。撮影はうちでお世話になってる大成写真館にスタンバイしてもろてます」

「教頭先生、私、自分で撮影するつもりでNikon持ってきてるんですけど」
「心配ご無用よ。大成さんに任せなさい」

教頭先生が我々に協力を? 
大成写真館とは大袈裟な。
我が校卒業アルバムの魔術師ではないか。卒業生ひとりひとりの素晴らしいポートレイトが掲載されている卒アルは、闇ルートで流通しているとさえ囁かれている。どんな残念な素材でも女優並みに撮る、それが大成写真館の威力なのだ。

なんかおかしい。なんだこの浮き足だった感じは。

「教頭先生、対談収録に同席されるんでしょうか」
当然です

女教頭までショーケン狙いではあるまい。柏木ママさまが我が校の強力な支援者だからか。どちらにしろ、ジョン先輩の口からデマカセの同人誌対談は、想像以上のオーディエンスを呼び込んだのである。

そのときドアが開き、女教師3人組に連れられた牧野権蔵まきのごんぞう氏が入ってきた。
さっきよりもオーラ倍増、あれでも変人牧野さんの父親か。
ちょっと上目遣いで眉間にしわ寄せ、こちらを見た。

うわっ絶対にショーケンを意識している。教頭とママさまが息を呑む音がはっきり聞こえた。

「おまたせしました」

権蔵ごんそう氏は颯爽としてママさまに微笑んだ。


権蔵氏の登場に硬直するママさま
初の顔出し
パックでお肌ツヤツヤ


ママさま、固くなってないで挨拶、挨拶。

「あ、あの、私、『傷だらけの天使』のときからずっとファンで……」

「ママ、ショーケンと違う! 牧野さんや!」


了(4)

不定期に続く

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●本文中で『異邦人』の書き出しを高校生ハルカは「きょうママンが死んだ」としていますが、2023年の私としては「きょうママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない」までが妥当と考えています。

▼前回の記録は、柏木家の豪邸の様子とママさまがサークルのパトロンを引き受けるまでの珍妙談です。


権蔵氏と大学生になった私が偶然バーに行ったエピソードです。「青春白書」の外伝的1話完結編


illust ACよりカンパニーさんのイラストをお借りしています。
illust ACよりhina@とっとこさんのイラストをお借りしています。


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