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拝啓 山本真純 様

真純さんお元気ですか?
こちらは、相変わらず陸上三昧の日々を送っています。
辰巳も元気ですよ。幸せそうで何よりです。

あれから10年…
ずっと気持ちの整理がつかなかったのですが、今年から始めたnoteに、真純さんの事を書こうと思います。こんなアナウンサーの方がいたんだよと、今の若い人にも知って欲しいので…

真純さんとの出会いは、横浜国際女子駅伝の取材の時でしたね。
「関東・東京選抜チーム」の選手に、ここまで取材するのか?とびっくりしたことを、今でも鮮明に覚えています。当時は、ちょっと変わったアナウンサーだなと思っていました(笑)

あの時は、3月末での退社が決まり、本当に大変な時期でした。
先行きが見えない不安な時期に、あんな風に取材して貰ったことが、どれだけ心の支えになったか、わかりません。

真純さんと出会ってからの一年は、今思うと、十年分くらいの濃密な一年でした。世界陸上を決めた時は、自分のことのように喜んでくれましたよね。

真純さんとの思い出の中で、一番印象的だったのが、2008横浜国際女子駅伝の記者発表前の出来事。「今年は状態が上がってないから、横浜はお休みです」と連絡した数時間後、「日本代表チームのリストに、よしかちゃん入ってますよ!!!」と、連絡をくれましたね。一年前に、関東・東京選抜チームで走っていた選手が、一年後、日本代表チームへ。「人間の可能性って無限ですね」という言葉は、今の指導の礎にもなっています。

あの時は、高知県での合宿の取材に行けなかったことを、めちゃくちゃ残念がっていましたね(笑)でも、「森さんが取材に行くのでよろしくお願いします!」と先輩アナウンサーを気遣う、優しい心の持ち主でした。

北京オリンピックへの夢が潰えた等々力競技場のダッグアウトで交わした言葉…今でも、ずっと胸に刻んでいます。

真純さんは、アナウンサーの仕事に誇りを持っておられました。
「言葉」の持つ力。言霊という言葉があるように、同じ文章でも、その人の歩んできた人生や、人間性、日々の努力によって、視聴者への伝わり方は様々だと思います。
時に、一人の平凡な選手の人生を変えることもあるのだと、真純さんの取材を通じて知ることができました。

これからも、天国で、見守っていて下さいね。ではでは(^_-)-☆

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