オペラ台本創作記#3 台本作家と作曲家の打ち合わせ

かのモーツァルトはこう言ったという

「言葉は音楽の従順なしもべであればよい」

今回は台本作家と作曲家の関係性に迫ります。

台本作家と作曲家はコンビです。

「日本のオペラ作品をつくる」プロジェクトではまず、台本作家がプロットを作り、ディスカッションし、それを元に台本を書き、作曲家が曲をつけていきます。

セリフも筋立ても演劇と比較して複雑なものはオペラには向きません(少なくとも現状ではそう考えています)。

下記は実際に今回のプロジェクトで創作した台本です。セリフの語尾にもご注目ください。曲にしやすい、歌いやすいというのも重要な要素です。ここから作曲家が曲のイメージを膨らませて作曲していきます。

日本のオペラ作品を作るプロジェクト
『父から継いだオペラハウスを1年で黒字化する10の方法』
台本:重信臣聡 作曲:藤代敏裕

登場人物
西堀ひかり:ニシボリヒカリ 34歳 元IT企業の女性ビジネスエリート、先代オーナーの娘。父の死によりオペラハウスの新オーナーに就任する。
宮内 哲:ミヤウチトオル 59歳 伝説のコレペティトゥア。先代オーナーの親友。
政野屋守:マサノヤマモル 48歳 ベテラン制作者。
児島悠太:コジマユウタ 27歳 その部下。
長谷川舞:ハセガワマイ 29歳 女性スタッフ。先代オーナーの愛人。
古川夫人:80歳前後に見える老婦人。モンテヴェルディ創設期から勤める案内係り。
劇場の設備、備品たち。

あらすじ:
突然の父の訃報により倒産寸前のオペラハウス「モンテヴェルディ」を継ぐことになった元IT企業の女性とモンテヴェルディの人々が様々な困難を乗り越えようと右往左往する物語。

試演会に向けて下記のトライアルを行う。
【日本語によるレチタティーヴォの可能性を試すシーン 歌手4名】
【オペラ歌手の魅力を最大限に引き出すアリアのシーン 歌手1名】
【コーラスシーン 劇場備え付けの老婦人】
【日本語による重唱の可能性を試すシーン 歌手3名】
シーン間にオーケストラの魅力が詰まった楽曲を配置する。

【日本語によるレチタティーヴォの可能性を試すシーン 歌手4名】
「デューデリジェンス」ひかり(S)、哲(B)、悠太(T)、舞(A)

ひかり デューデリジェンス。
哲 デューデリジェンス。
ひかり オペラハウスモンテヴェルディを分析し、課題を解決しましょう。
哲 敵を知り、己を知れば、ですね。
ひかり お願いします。
悠太 はい、ただいま。

悠太、舞、バインダーを抱えて登場。

舞 お邪魔します。
ひかり なぜあの人が?
悠太 手伝うって聞かなくて。
舞 どうかしました?
ひかり いえ、集まりましたか?
悠太 はい、この通り。
哲 これは?
ひかり アンケートです。まずは意見を聞こうと思って。
哲 まさにモンテヴェルディの声ですね。
ひかり 始めましょう。
哲 デューデリジェンス。
悠太、舞 デューデリジェンス。

悠太、舞、バインダーをめくる。

悠太 レッスン室のピアノを調律してほしい。
哲 必要です。
舞 楽屋に加湿器がほしい。
哲 検討しましょう。他には?
ひかり チケットノルマがきつい。これは演奏家の仕事ではない。
哲 一理ある。
悠太 キャストにもっとチケットを売ってほしい。
哲 それも一理ある。
舞 コピー機の調子が悪い。
ひかり ペーパーレスで。
悠太 チラシの文字が老眼で見えづらい。
哲 大きくしましょう。
舞 ウォーターサーバーがほしい。
哲 ゆくゆくは。
悠太 客席が寂しい。若い人にも来てほしい。
ひかり 深刻ね。
舞 たまには人間の役もやりたい。
哲 誰です?
舞 バリトンの黒田君。
悠太 彼、多いんですよね。動物とか悪霊とか。
舞 チャーミングなのよ。

ひかり、哲を見る。

哲 適性でしょう。
舞 チャーミングだし。
哲 キーは二つです。設備と集客。
ひかり このオペラハウスにはお金がない。
悠太 どうしましょう。
舞 打ち出の小槌でも探します?
哲 この声が消える前に、いかに調和させるか、それが我々の仕事です。
悠太 できるんですか?
哲 お任せください。
ひかり でもどうやって?
舞 銀行でも襲います?
悠太 いやそれはちょっと。
舞 いいじゃない、手っ取り早くて。
ひかり ふざけないでもらえます?
舞 あら、ごめんなさい。そういうつもりはなかったの。
悠太 まあまあ。
ひかり Time is money.
悠太 ですよね。
舞 疲れません?それ。
悠太 ですよね。

ひかり、舞、睨み合う。悠太、挟まれる。

哲 ともかく。知ってもらうんです。我々が直面している事態を。
悠太 そんなことして大丈夫でしょうか?
舞 みんな逃げ出すかも。
哲 全ては人の営みです。オペラも人が作ります。伝えるのです。我々が変わろうとしていることを。ともに歩み、この危機を協力して乗り越えるんだと。新しいオペラハウスに。モンテヴェルディに集う人たちと。

【オペラ歌手の魅力を最大限に引き出すアリアのシーン 歌手1名】
「オペラの思い出」ひかり(S) 
厚い絨毯
長い階段 くるくる登ると
わたしの遊び場

重い重い扉くぐると
そこには なんでもある
美しいもの すべて

幕が上がれば
輝くスポット
照らされれば 歌うの
わたしの遊び場

笑顔も涙も
そこには なんでもある
美しいもの すべて

裏に回れば
巨大な セット
きらめく衣装
鏡の前 踊ろう
わたしの遊び場

喜び悲しみ
そこには なんでもある
美しいもの すべて

わたしの遊び場
父との思い出

【コーラスシーン 劇場備え付けの老婦人】古川夫人(A)、幕、座席、機材、絨毯。
古川夫人 わたくし、この劇場ができた時からお客様を案内しています。
毎週、毎週。
まるで劇場の備品のように。
何十年も。
良い時も悪い時もありました。
今は悪い時が続きがち。
ある日声が聞こえるようになったんです。
劇場の。
すぐに病院へ行こうと思ったけど。怖くなってやめました。
おしゃべりも案外楽しいし。悪くない。
緞帳、および袖幕。イタリア生まれ。

幕 チャオ!
古川夫人 皆様の腰掛ける座席たち。日本生まれ。
座席 ごきげんよう。
古川夫人 赤絨毯。イランから。
絨毯 ハレ・ショマ・チェトレ?
古川夫人 みんな調子はどう?

口々に否定・健康面の不調。肩が痛い、腰が痛いなどなど訴えながら幕が揺れたり、照明が明滅したり。

古川夫人 わたくしもこの子たちもずいぶん年を召しました。
目を閉じて 耳をすませば
かすかに聞こえる
目を閉じて 心開けば
確かに感じる 
劇場の息吹

皆様ようこそお越しくださいました
ここは劇場 日々のことはどうか忘れて
心ゆくまで 
どうぞ ごゆっくり お楽しみください
長い人生 ほんのひと時 お供いたします
ねえみんな

幕が揺れたり、照明が明滅したり。

ここは劇場 日々のことはどうか忘れて
心ゆくまで 
どうぞ ごゆっくり お楽しみください

【日本語による重唱の可能性を試すシーン 歌手3名】ひかり(S)、哲(B)、守(B)。

守 モンテヴェルディを辞めようと思います。
哲 わかりました。
守 お世話になりました。
ひかり ちょっと待ってください。
哲 止めてはいけません。
ひかり どうして。
哲 彼は決断したのです。プロフェッショナルの決断は尊重されるべきです。
守 失礼します。
ひかり せめて理由を教えてください。
哲 言ったところでどうなるものでもないでしょう。
ひかり そうかもしれないけど。
守 すみません。

守、数歩、歩きかけ。

ひかり 前の職場のことです、離職率が高くて。同期は私と一人残って。その子、要領悪いんだけど、必死にしがみついて、頑張って、頑張って、頑張ったけど。ボロボロになって。
今でも思う。あの日のこと。気づけなかった私。

守 初めてオペラを見たのは、学生の時。ここ、モンテヴェルディ。ドキドキした、大人の社交場。憧れて、働き始めた時から、賑わいは陰り。入った時が絶頂、あとは下り坂。

あの日を思えば よみがえる 記憶
あの日を思えば つきまとう 自責
あの日を思えば 栄光の 時代

哲 私がここを辞めた時。モンテヴェルディは全てがうまくまわっていた。景気が良い派手な時代でした。

守 心に残った。かつての栄光。やがて冷めていく客席の熱。オペラなんてもう誰も聴いちゃいない。

哲 私は退屈で、冒険に出たかった。

哲 後悔はない。あの決断に。
ひかり 思い返せば。あの日のこと。

あの日に帰れば。別の人生が。
あの日を思えば。別の人生が。

守 今夜何人いますか。本当にオペラを理解できる人が。
客席の半分は空、半分は夢の中。

何かできたはず。あの時、私には。

守 もう今更変われない。私にはできない。
けれど世界は変わっていく。オペラもきっと。
これ以上、いられない。いてはいけない。
君たちはそうはなるな。
もし出来るなら、もっと早く出会いたかった。

守 手を差し出す。
哲 握手する。

守 モンテヴェルディを頼みます。あなたたちならできる。
哲 承知しました。
ひかり 私、約束します、必ず最高のモンテヴェルディを作ります。

守 手を差し出す。
ひかり 握手する。

以上。


劇作家。演劇、ミュージカル、オペラの台本作家です。