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子どもも大人ももっと選択肢と体験を

以前、小2の息子に学童野球の試合を見に行きたいとせがまれ、連れていったことがありました。

ご存じの方も多いと思いますが、何を隠そう僕はバリバリの元高校野球監督でした。

この記事は、そんな僕自身の過去の懺悔の意味でもあります。

主役は誰?何を目指しているの?

息子の野球ですが、以前の経験からいろいろ見えてしまうことが多いので、距離を置きながら子供の望みに合わせて対応しています。

で、試合をちょっと見たり、これまで練習を少し見学して感じたこと。

小学生のうちから、やっぱり大人が目立ち過ぎ!

少年野球のレベルで選手がいちいちベンチのサインを見ていたり、バントやスクイズをしてみたり(ちょっとわかりにくい言葉でスイマセン)。

正直、驚きました。

もちろん、学童野球なので専門的に教えることのできる人ではなくボランティアで野球経験者や野球が好きな方々が面倒見てくださっているには頭が上がりませんし感謝です。

ですが、子供たちにとっては心身ともに非常に大事な成長過程となる時期。

ゴールが小学生の最後の大会とかになっているのが悲しいなぁと感じました。

たくさんの選択肢と体験が成長につながる

また、ひとつ選択すると、それをずっと続けることが正しいという刷り込みも多いです。

途中で辞めたり、休んだりすることは悪だという考え方は根強いですね。

でも、小学生や競技経験の少ない子どもにとってはどうでしょうか?

これからいろいろな可能性があるはずですよね。

今はいろいろな選択肢を許容してあげて、全部経験させてあげるくらいが丁度いいです。

毎週土日、そればっかりはちょっと危険だと思いませんか?

家の手伝いをしたり、家族で旅行に行ったり、友だちと遊びに行ったりその成長過程で体験すべきことはたくさんあります。

そうした活動の中のひとつに部活動であったり、地域スポーツがあってよいのではないでしょうか。

今週は野球、来週はサッカー、次は家族旅行、楽器、買い物、ゲーム・・・

そうした経験の中から、高校、大学で自分で選択していけばいいと思います。

そこまでは仕組みとして、子どもが自由にいろいろな経験ができるような形があるといいですよね。

そのほうが身体能力的にも心の豊かさにも良い影響があるのではないでしょうか?

内側を知ったうえで外側から見ると世界感がこんなに変わる

ただ、こう感じれるのは、僕自身が野球の指導者とか教員という立場から離れて広い視野で見れるようになったから。

実は僕も若いころは、休みなく夜遅くまで厳しい練習を課していました。

土日になれば、練習試合、県外遠征とやればやるほど、それが当たり前になっていきました。

確かにチームは強くなったり、成果が見えたりしました。

でも、ゴールはそこではないんですよね。

よく「厳しい練習に耐え忍んだ。それあるから今がある」みたいなこと言いますよね?

以前は僕もそんな表現を好んでいました。

でも、戦いや修行ではないんです。

「スポーツ」です。

楽しいこと、気分転換ができること、笑顔になれることが最優先です。

正直、これまでの教え子たちに顔向けできませんね。

もし、自分がその箱の中にいたら気づけないし、同じように大人のエゴを押し付けているんだろうなとも想像できます。

誤解しないでほしいのは、指導者の方々を批判するつもりもなく、箱の中にいるとまったく気づくことのできないことも、箱の外に出てみるとまったく違った世界が見えるということ。

日本人メジャーリーガーたちが口をそろえて嘆く日本の少年たちを取り巻く現状

野球でいえば、日本で活躍した選手がアメリカのメジャーリーグに出ていったときに、日本の野球について発信することがよくあると思います。

あれも、箱から出たことによって見えるものがあるからなんだと思います。

その内容は、たいてい日本の子どもたちへの指導のあり方だったりします。

そうした流れで、少しずつ高校あたりは変化していますが、小中学校あたりのスポーツは驚くほど遅れている部分が多いですね。

組織としてしっかりとした育成システムを持っている競技、団体はだいぶ進んでいますが、ボランティア的に行われている活動はどうしても、そのときの指導者の影響はかなり大きいと思います。

それはそれで、スポーツとして楽しく大らかに関わって上のステージへとつなげていけばいいのですが、そこで指導者が変にのめりこんでしまうと危険ですね。

公立学校でこれまで教育の一環として行われてきた部活動は今あり方を問われている時代です。

また、ボランティア的に行われている地域スポーツなんかも同様です。

指導者はあくまで素人であるという認識をすべき

僕が教員時代の後半に感じていたのは、あくまで競技経験者であって、素人の指導者でしかないということ。

指導法はもちろん、心理学、栄養学、生理学、生態学などももっと専門的に学んではじめて指導者と言えるんじゃないかって考えていました。

でも、それを教員の日常業務の中でやれって言われれば、物理的に無理が出てくるんですよね。本分は何だ?って話になっちゃいますから。

まして、地域スポーツの指導者はなおさらです。

そうなると、やっぱり方向性としては素人が下手にのめりこむのではなく、次のステージへといかに導いてあげるか、たくさんの選択肢を許容してあげられるか

そうした指導になってくると思うんですよね。

ここまで好きなように述べてきましたが、子どもの可能性、邪魔だけはしないようにしたいですね。

選択肢をたくさん持っておくのは大人も一緒

今は起業&WEBコンサルタントをしています。

個人でビジネスをするのが当たり前になってきました。

これまでは珍しいと言われた教員や公務員も同様です。

それは副業が許される会社員だけの話ではありません。その気があれば誰でも挑戦できる世の中です。

子どもだけでなく大人だっていろいろなことに挑戦したいと思うのは自然なことです。

もちろん起業ということだけではなく、趣味、習い事など体験を増やすことで大人も豊かになり成長できます。

子どもも大人も多趣味で生き生きと活動している社会を想像すると明るそうですね。

ちょっと視点をずらして行動に移せば、みんなが幸せになれる世の中にどんどんなっていきますね。

それではまた。



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