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令和のマスの動かし方/ヒットの魔法ーーYOASOBIプロデューサー 屋代陽平 ×『マツコ会議』仕掛け人 橋本和明 × GO 三浦崇宏

2023年10月、ad:tech tokyoとTHE CREATIVE ACADEMYのコラボで行われた特別セッション「ヒットの魔法 -YOASOBI・マツコ会議の仕掛け人に聞く・・・令和のマスの動かしかた-」。登壇したのはYOASOBIプロデューサー屋代 陽平氏(ソニー・ミュージック)。『マツコ会議』『有吉の壁』など、人気番組を多数手掛けてきた元日テレのプロデューサー橋本 和明氏(WOKASHI)。令和の日本を代表するエンターテイメントを作ってきた二人のプロデューサーに、クリエイティブディレクターの三浦 崇宏(The Breakthrough Company GO代表)がモデレーターを務め、マスを動かすための秘訣・技術、ヒットの魔法に迫った。
(取材・文:長谷川リョー @_ryh

【写真・右】橋本和明(株式会社WOKASHI 代表取締役):2003年日本テレビ放送網入社。『有吉の壁』『有吉ゼミ』『マツコ会議』といったバラエティ番組の企画・演出を手掛ける。カンヌ広告賞ブロンズ賞獲得。2018年・21年『24時間テレビ』総合演出。ドラマや舞台の演出・プロデュースも行う。近年はNETFLIX『名アシスト有吉』、ABEMA TV『愛のハイエナ』など配信コンテンツも積極的に手がけている。
【写真・中央】屋代陽平(株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント デジタルコンテンツ本部 プロデューサー):2012年ソニーミュージックグループ入社。音楽配信ビジネスを経たのち、2017年に小説投稿サイトmonogatary.comを立ち上げる。2019年、同サイトの企画の一貫でYOASOBIプロジェクトを発足。
【写真・左】三浦崇宏(The Breakthrough Company GO 代表取締役 PR/CreativeDirector):2007年博報堂入社、TBWA\HAKUHODOを経て2017年独立。Cannes Lions、PRアワードグランプリ、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSグランプリ / 総務大臣賞など受賞多数。著書『言語化力(言葉にできれば人生は変わる)』(SB クリエイティブ)『超クリエイティブ発想 × 実装で現実を動かす』(文藝春秋)ほか著書は5冊。

最近一番テンションが上がった仕事は?YOASOBIの海外公演と『ヒロミ、キャンプ場を作る。』『愛のハイエナ』

三浦:メジャーコンテンツを手がけられてきたお二人と一緒に「ヒットとは一体何か」「今の時代を動かすきっかけとは何か」を話していきたいのですが、まずはアイスブレーキングとして「最近一番テンションが上がった瞬間」から聞かせてもらえますか?ちなみに僕は、京極夏彦が17年ぶりに新作長編『鵼の碑』を出したこと。枕みたいに分厚い本なのですが、毎日夜寝る前に一章ずつ読み進めるのが最近の一番の楽しみです。屋代さんはいかがですか?

屋代:仕事の話にはなるのですが、今年の8月、YOASOBIが初めて「Head In The Clouds」というアメリカのフェスで公演を行いました。そのフィナーレでは新しい学校のリーダーズさんと一緒に『オトナブルー』と『アイドル』でコラボさせてもらったんです。もちろんフェスには他の錚々たる現地のアーティストさんも出演されていました。ただ、YOASOBIの出番になったとき、明らかに会場の熱量が上がった体感があったんです。日本代表だったつもりはないんですが、アメリカのフェスで日本のアーティストが手を組み、会場が盛り上がっている様子をみて涙が出そうになる自分に気づきましたね。

三浦:めちゃくちゃいい話ですね。YOASOBIがグローバルでどう受容されているかを含め、後ほど詳しく聞かせてください。橋本さんはいかがですか?

橋本:『ヒロミ、キャンプ場を作る。』(日本テレビ系)という番組をご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。コロナ禍の三年ほど前に、ヒロミさんが「キャンプ場を作りたい」とおっしゃって、河口湖でキャンプ場を作る様子を密着させてもらったんです。完成の様子が先日放送され、高い視聴率を記録しました。しかも完成した現場では、関わったスタッフが号泣していたり、「テレビってまだこんなパワーを持っているんだ」と感動しましたね。
もう一つ、Abemaで『愛のハイエナ』という番組をやっていて。山本裕典さんがホストになったり、セクシー女優の恋愛ドキュメントを企画しているのですが、先日Abemaで総合一位を取った企画が木下優樹菜さんが沖縄でリゾキャバ嬢になるコンテンツでした。裏テーマとして自分の中に持っていたのは、今テレビに出にくい人をどうやってコンテンツに戻すのか。そんな新しい取り組みで、結果的に一位を取れたのは最近の嬉しかったことというか、楽しかったことです。

企画よりも人間に興味がある。人の能力を最大化したい

三浦:橋本さんの番組は芸風があるようでいてないというか、本当になんでもやりますよね。リアリティショー寄りのバラエティもあれば、作り込んだトーク番組もある。ある意味で得意分野を作らずに、なんでもやってみている感じですか?

橋本:僕は企画より人間に興味があるだけなんです。たとえばマツコさんに会ったら、マツコさんの人としての最大値を出せるものを考える。能力のある人を見つけたとき、自分の我を通すより、その才能や魅力を最大化させる設計や企画を考えることが楽しい。あとは、そもそも自分も思いもよらなかったことをやることが大事だと思っているので。

三浦:僕の場合は仕事の領域が広告クリエイティブなので、企業や社会の課題といった大きな枠組みから入ることが多い。一方、橋本さんの場合は目の前にいるタレントさんの最大値がどうやって生まれるかを起点に、それをどうやって企業や社会につなげるかをイメージしている?

橋本:そうですね。「この人は本当は、こうなのに」を見つけるのが嬉しいというか。たとえば一時期、『有吉ゼミ』内で「坂上忍、家を買う。」という企画をやっていました。当時、世間では坂上さんは毒舌キャラのイメージが浸透していたんです。ただ僕としては、思いやりがあってとてもいい人であるという、坂上さんの知られていない面を出したかった。そこで、可愛がっているワンちゃんと一緒に別荘を探している様子に、スピッツのBGMをかける、新しく爽やかな絵で企画を立てたんです。今の世の中には叩ける人を叩こうといった風潮がありますが、僕としては賛同できない。むしろそれとは反対の方向性で企画を作るのがマスに向けたコンテンツづくりの楽しさだし、みんなの印象をひっくり返すことの方がダイナミックだし面白いと思っています。

三浦:表現・コンテンツの力でみんなの思い込みをひっくり返したり、思考の枠を壊すと。屋代さんは音楽の領域でアーティストのプロデュースをされていますか、やはり人の魅力をどうやったら輝かせられるかを考えることから始められる?

屋代まずはアーティスト、クリエイター自身がどうありたいのか、何を作りたいのか、最終的にどうなりたいのか。こうした問いが絶対的に先にあるべきです。YOASOBIというプロジェクトでいえば、YOASOBIが描く未来とメンバーであるAyaseとikura(幾田りら)それぞれが描く未来が同じである方がもちろんいい。とはいえ、すれ違う瞬間もあるかもしれない。そうしたとき、「YOASOBI側に寄せてほしい」とは絶対に言わない。そこは常にコミュニケーションをとりながら、その時々のベストな形を探ります。


YOASOBIが発足した経緯と大ヒットの要因

三浦:ここからいよいよ本題に入って、お二人の思考や発想の奥に迫っていきたいと思います。まずはYOASOBIが発足した経緯からお伺いできますか。

屋代:2015年にソニーミュージックの新規事業部門に異動になりました。そこで、元々小説が好きだったこともあり、小説投稿サイトのmonogatary.com(モノガタリードットコム)を立ち上げました。エンターテインメントの会社として、「音楽とは別の文脈でクリエイターや原作を見つけていくプラットフォームを作ったら面白いのではないか」という発想があったんです。
当初はなかなかうまくいかず、試行錯誤が続きました。投稿された小説を手を替え品を替え、漫画や映像、あるいは音声に替える試みを行ったんです。そのうちの一つである、小説を音楽にする企画が最終的にYOASOBIというプロジェクトに結実し、花が開いた形です。

三浦:『夜に駆ける』の大ヒットをきっかけに、YOASOBIは今では誰もが知るアーティストになっていますが、ご自身からみる成功の要因はどこにあったと思われますか。

屋代:よく聞いていただくんですが、正直明確な答えは持っていないです。当時を振り返ると、とにかくたくさん時間がありました。誰にも求められていないし、締切もない。とにかく一生懸命に曲を作っていったわけです。Ayaseと初めて会ってから、「どんなことをやろう」「どんな曲を作ろう」「何が得意」「何が売れそう」そんなことを日夜しゃべりながら、いろんなものを詰め込んでは崩して、曲を作り込んでいきました。4〜5ヶ月かけてようやく出したのが『夜に駆ける』という曲です。
当時は『鬼滅の刃』が流行っている時期でした。そんな中、TikTokでユーザーさんたちが鬼滅のアニメ映像に『夜に駆ける』をマッシュアップさせた投稿を多くしたんです。それによって最初のバズが起きて、年が明けたらSpotifyのバイラルチャートで一位を記録しました。それからメディアの方にも注目いただくようになり、テレビにもちょっとづつ呼んでいただけるように。そのあと「FIRST TAKE」で初めて顔出しで歌ったことを契機に跳ねた実感があります。なので、まずは一生懸命作った曲がTikTokで偶然バズった。そのことを声高に伝えていたら、コロナ禍で他に楽しい情報がなかったことも手伝い、相対的に売れていったと今は考えています。

三浦:周囲はYOASOBIのブレークをさまざま分析しますが、屋代さん本人は一番冷静というか、とても客観的な見立てですね。橋本さんはYOASOBIをどんなアーティストとみていますか。

橋本:屋代さんの話は同じクリエイティブ業界にいる身として共感します。誠実に一生懸命いいものを作った結果、ヒットしたわけで、マーケティングが先行していたわけではない。YOASOBIの二人に『マツコ会議』に出演してもらった際、マツコさんが言っていたことがすごく印象的で。「めちゃくちゃ親近感があるのに、どこにもない声だし、唯一無二のアーティストである」とおっしゃっていたのが、しっくりきたんです。

三浦:ちょっと評論めいたことを言うと、YOASOBIの楽曲は今の時代の暗かったりネガティブな空気感を捉えながらも、表現としてはポップで美しいものになっているのがすごいと思う。『夜に駆ける』がリリースされた当時を振り返ると、コロナがあったり、不景気があったり、みんなしんどい中を生きていた。そうした時代状況で、辛さをネガティブに表現するんじゃなくて、あくまで平熱で美しく表現しているところに新しさを感じたのを当時よく話していた記憶があります。

屋代:『夜に駆ける』の原作小説は、結果的に主人公が心中して自殺を選ぶ作品なんです。ただおっしゃる通り、暗いテーマを美しく表現するため、限りなくポップな曲に仕立てることで違和感を無くしたいというのはAyase本人も言っていたことです。

三浦:広告を作りながら僕が感じていることにも通じるものがあります。広告は基本的に明るい未来を前提にして作られますが、そこには少なからず、嘘がある気がして。むしろ、魅力的に自虐したり、いかに自分を明るくいじれるかが今の時代のポイントなのではないかと思います。


淡々とモノづくりに向き合う“(狂人ではない)令和のスター像”

三浦:冒頭で先日YOASOBIがアメリカのフェスで公演した話がありましたが、『アイドル』が米ビルボード・グローバル・チャートで首位を記録したのが話題になりましたよね。ぶっちゃけグローバルに関しては、どこまで戦略を立ててやっているんですか?

屋代:これはもう計算していないことの方が大きいです。『アイドル』に関してはハイコンテクストな楽曲であるため、なんなら日本では受けるけど、海外では難しいかもとすら思っていました。

三浦:今の日本のZ世代のリアルとか、今の時代のコンテンツやカルチャーをクロスして作っているからですよね。

屋代:ただ、それが結果として日本独自のカルチャーに面白さを見出してくれた人や、そんなこと関係なく「ノレるよね」とシンプルに受け取ってくれた人もいます。

三浦:海外では日本独自のカルチャーだと思って売れているのか、それともグローバルのインサイトが意外にみんな同じだったのかでいうと、どっち寄りなんですか?

屋代:気持ち、前者ではないかと思います。ただ、音楽的にはいろんな要素が切り貼りされた特殊な曲ではある。正直ここまでの規模感になると、文脈どうこうまでみている人はほとんどいません。単純に踊れる、ノレるのがグローバルで受けている最大の理由だと思います。

三浦:橋本さんからYOASOBIはどう見えていますか。

橋本:『マツコ会議』に出演してもらったときしか接点がないのですが、お二人とマツコさんがやり取りをされている様子をみて思ったのは、スター像の変化です。昔は狂人が狂気によってモノを作り出していたと思うんです。それが今は、まともな人が誠実にモノづくりに向き合っている風に変わりつつあるのを感じるというか。芸人の世界でも賞レースが多くなってきてから、一生懸命ネタを研究して、職人としてコンテンツを生み出す人が増えた気がします。今の時代のスターは淡々とモノづくりに向き合っても発狂することなく、楽しくやり続けられる超人なのではないかと。

三浦:たしかに昔は人との出会いや運によって一気に道が開かれる、一発逆転によってスターになるケースが多くあった気がします。今はデジタルの時代になり、それこそSNSによって毎日PDCAを回しながら誰もが情報発信できるようになった。だからこそ毎日アウトプットし続けられる淡々とした根性、あるいは淡々とした狂気がある人が日の目をみるようになりましたよね。


「自分以外は誰もモチベーションがない」と考えてみる

三浦:お二人ともコンテンツを作る仕事をやられているわけですが、いきなりヒットが生まれることの方が少ないと思うんです。その間の耐える胆力というか、何を根拠や武器にして跳ねるまでの時間を耐えるんですか?

屋代:「耐える」という感覚はあんまりないです。アーティストの人生と向き合いながら、一生やっていくつもりで付き合っているので、いい時もあれば大変な時もある。むしろアーティストの方がヒリヒリとした緊張感を抱えているので、気分の浮き沈みもある。僕としては、できるだけ引っ張られないように向き合おうとしています。

橋本:屋代さんのような音楽プロデューサーが人生を背負う覚悟でアーティストさんに向き合うのとテレビはやっぱり違って、僕らは今一番いい状態の人と、一番いい状態のステージで何ができるのかを考える。ある意味で刹那的に、手合わせをしては別れを繰り返していく。もちろん数字が悪ければ「どう改善するのか」を求められるので、ロジックを持って「当たるんです。待ってください」と交渉しなくてはならない。

三浦:橋本さんほど実績がある人でも数字とは向き合い続けなければいけないわけですよね。足元の数字が芳しくないとき、どうやって延命させるというか、「ちょっと待って」のロジックを組み立てることが多いですか?

橋本:基本的に説得材料は何もないので、苦しい状況になると胆力勝負にはなりますよね。

三浦:逆にチームの人が士気を失うこともあるじゃないですか。プロデューサーのようなトップのリーダーが信念や確信を持っていても、周りのメンバーの元気がなくなることはある。そうした際はどうやってチームをモチベートしていますか?

橋本:テレビ番組づくりはチームの士気がとても大事です。それこそゴールデン番組だと100〜200人の総力戦になります。最近は僕も歳をとったので最前線ではないですが、一昔前までは毎朝1時間くらいかけて、チーム全員にメールや電話でフィードバックを送っていました。

三浦:今の言葉でいえば「1on1」ですね。丁寧に個別のやり取りを行われていたと。

橋本:意識していたのは、人が褒めない人を褒めること。テレビ番組づくりだけじゃなくて、レストランのお店づくりしても同じだと思うんです。材料を仕込む人のやる気がないといい料理は作れないのと同じように、細かい準備をしてくれるADさんのやる気がなければいい番組は作れない。

屋代:テレビがすごいと思うのは、凄まじい数のプロフェッショナルが動いて一つの番組を作り上げていること。音楽は対照的に関わる人数がミニマムなので、橋本さんがおっしゃる状況にはそもそもなりづらい。ただ最近、自分以外「そもそも全員モチベーションはない」と考えるようにしているんです。そう考えれば、モチベーションを垣間見たときに心から褒められるし、モチベーションを感じられなくても落胆することがなくなります。

“企画の打率”を上げるための考え方とチームづくりのコツ

三浦:お二方が企画を考えるときと、それを上に通すときに大事にしていることについても教えていただけますか。

屋代「思いついた企画は一度寝かせた方がいい」という話がありますが、自分は逆に寝かせないようにしています。生煮えどころか、野菜を切ったくらいの企画を一度近しい人にぶつけてみます。その反応をみながら考える。自分一人で寝かせたとしても、いざブラッシュアップするときの差分がわかりづらい。一度他者の反応をみることで、自分では気づかなかった新しさを見つけられる可能性があります。

橋本:企画を寝かせると客観的になってしまいますよね。僕の場合は大して相談せずに、自分の勢いのまま作ることが多いです。会議で決まる企画なんて絶対に当たらない。

三浦:会議に参加する人数が増えるほど、企画の角が取れていく。表現に関しては「刺さる」という言葉をよく使いますけど、その感覚が大事だと思っていて、文字通り尖っていないと人の心に刺さらないわけですよね。

橋本:そう。だからこそ丸める前の「これ面白いかも」と、尖った状態でそのまま行くのが大事ですね。

三浦:ヒット作を手がけられてきたお二人に聞きたいのは、自分の中で「(企画の)打率が上がったな」と感じた瞬間、ターニングポイントはいつですか?

橋本:テレビ番組でいうと、短い尺のVTRを作るのは簡単なんですよ。実は長い尺のコンテンツを作るのが一番難しい。短いVは強い絵をバンバン出して、衝撃的なカットを積み上げることで簡単に編集できてしまう。一方、一つのテーマで長い時間視聴者を惹きつけるには別の編集力が求められます。自分の場合、10年ほど前から長尺のVTRを作れるようになってから自信がついた感じです。それこそ、「工藤阿須加がとうもろこし数千本収穫するなら、40分は尺が持つ」と肌でわかる特殊な感覚です。

三浦:屋代さんはどうですか?

屋代:僕個人の打率は全く上がっていないんですけど、YOASOBI以降はいろんな人の力を借りられるようになったのが大きいですね。

三浦:チーム選びの基準とか、チームを作るときに意識していることはありますか?

屋代目立った実績があんまりない人と組むようにしています。それこそフォロワーが多い人と少ない人がいたら、少ない方を選びますね。

三浦:普通は真逆ですよね。みんな「多い方がいいじゃん」と思いがちだけど、むしろこの仕事を代表作にするくらいのモチベーションがある人の方がいい?

屋代:まさにその通りです。

橋本:逆に巨匠すぎるとハンドリングも難しいですよね。図面を描き直してほしいんだけど、お願いするストレスが生じる。一回全部なしにできるかどうかは重要ですよね。チームでいい関係性さえできていれば、やり直しを絶対に嫌がらない。「うーん」となる人とは仕事したくないですね。

三浦:そう考えると打率はチームのモチベーションにもかなり左右されるというか、打率が上がるということはいいチーム、もっといえばいいクライアントと仕事できていることの証とも言える。


エゴを捨てるから、エゴが達成される

三浦:側からみると順風満帆に見えるお二人ですが、過去を振り返ると、ヒットの裏側にはどんな壁がありましたか?

屋代:自分は会社員なので、やっぱりノーリスクなんですよね。それが会社員で居続ける理由だし、好きな理由でもあります。アーティストは別ですが、会社員は残念ながら命を賭けていない。でも逆説的に、リスクを賭けていないからこそリスクを背負える立場でもある。むしろ経営者として全リスクを背負っている人ほど、無闇にリスクは背負えないじゃないですか。

三浦:組織にいるからこそ大きいリスクを踏めるのはおっしゃる通りですね。組織を出てから約半年が経った橋本さんはどうですか?

橋本:30代の頃にゴールデン番組を潰してしまった経験があります。若い頃はどうしてもクリエイターとしてのエゴが出てしまう。「これは俺の作品なんだ」という気持ちがどうしても拭えないわけです。ただ、先ほどの打率の話でいうと、僕らの仕事は選手ではなく監督なんですよね。だからVTRはロケに行っているディレクターのものだし、僕の仕事は一番最初の視聴者として正しく直して、正しく世に出すこと。そう思うと気持ちが楽だし、結果的に番組のクオリティも上がるんです。テレビマンは自分を半分アーティストと思ってしまう環境に置かれますが、「仕事にエゴは要らない」ことを30代のうちに学べたのは一番大きいかもしれません。

三浦:「自分のエゴを捨てて、ようやく自分のエゴが達成される」ことにクリエイターをやっていると気づく瞬間がありますよね。

橋本:そうなんですよね。自分の仕事が社会のためになっているのだとすれば、それは自分の正義になる。『有吉の壁』であれば、絶対に今お笑い番組をテレビでやることが正義だと思っています。この番組がないとお笑いに触れない子供達がたくさん出るし、将来お笑い芸人を目指す子供もいなくなり、お笑いのカルチャーが死んでしまうかもしれない。『有吉の壁』によって自分が認められたいというエゴは、制作においては要らない感情なんだと思います。

「好きを仕事に」を突き詰めれば競争力になる

三浦:言える範囲で、次に狙っているヒットについて教えてください。

屋代:僕はボーカロイド、アニメ・声優、アイドルが大好きなのですが、YOASOBIでボーカロイド界隈で生まれたとすれば、残りの二つをやっていきたいです。自分の好きなことこそ競争力があると思っていて、自分が情熱を注げない領域で勝負しても勝てないし、アーティストからも信頼されない。他の業界では「好きと仕事は別物」とされることもありますが、個人的には突き詰めてきたものほど、好きという意味でヒットにつながる競争力になると思っています。

三浦:今ちょうどいろんなジャンルを越境されているタイミングの橋本さんはいかがですか?

橋本:バラエティのコンテンツをどうやってSNSを含めたデジタル領域、あるいは世界に出して戦っていくかを考えています。実はバラエティにおけるリアリティショーを世界に先駆けて最初に作っていたのは日本なので、最高レベルのスキルがそもそもあるはずなんです。なので、来年は日本的なバラエティを世界に広げていくことにチャレンジしたいですね。

三浦:さて、最後の質問です。常識やメディアが目まぐるしく変化するなか、クリエイターやプロデューサーはどうやって時代にキャッチアップして勉強していけばいいと思われますか?

橋本:楽しくやっている人が生き残る世界だと思うので、あんまり勉強するって感じもないですよね。たとえばその仕事に熱中しているのであれば、日曜日の22時にVをチェックしに行かなくていけないとしても別に何も思わないわけですよ。「面白いものができているかな?」とワクワクできるメンタリティの方がやっぱり自分にとっては大事なことだろうと思います。

三浦:「好きを仕事にすること」を否定する人もいますが、今ほど好きを仕事にしてどうにかなる時代もないと思います。僕の場合、プロレス、ヒップホップ、現代アートが好きなのですが、好きでいることは必ず仕事になる。そこを忘れず、変にブレーキをかけることなく、突き詰めるべきですよね。屋代さんはどうですか?

屋代:勉強と思った時点で頭打ちになりますよね。個人的な意見ですが、自分は若い頃からめっちゃお金を使った方がいいと思います。僕は10代後半からめちゃくちゃお金を使って、人生の収支でいうと赤字なんですが、そのことによって今結局その蓄積がリターンとして返ってきている感覚があって。

三浦:逆にいうと、企業経営で言うところのPLはマイナスだけど、BSはずっと資産として溜まっていたわけですよね。屋代さんの中にある文化資本というか、一生使える知性やセンスが蓄えられていった。お金なんてあってもしょうがないですからね。

屋代:お金でバランスを崩すと、他の人より尖っていくんですよ。人間はお金である程度バランスを取ろうとするから、そこを突き抜けないと差が出ない。もちろん、借金をしようという意味ではないですよ。

三浦:バランスって何で表現されるかというと、「時間」と「お金」なんですよね。極論してしまうと、20代のときに寝ていなくて、借金をしているやつが一番強いのかもしれない。


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