見出し画像

2章 スイデン夫妻、モクレン館へ⑴


地域支援センターで教えて貰った施設を、2人で見学することになった。
モクレン館が第1候補となった。
施設紹介のパンフレットを見て、スイデンも、「ウン」と頷いた。「ウン」と頷いただけのスイデンである。
「老人ホームを探すか」とスイデンは呟いたが、単に呟いただけである。この先、スイデンがどのような態度に出るか、イチョウは不安であった。
イチョウの不安は的中した。

実際、「ウン」と承知して、モクレン館の見学に行ったが、話が入居契約になると、スイデンは本心を露わにした。
「オレは、1人で暮らしていける」と大声を上げた。
関係者の誰もが、口を揃えて、その言葉を打ち消した。
「1人暮らしは無理です」

イチョウは淡々と手続きを進めた。
スイデンは、モクレン館入居をいとう気持ちをウジウジと出し続けた。
入居手続きが完了した後には、入居一時金の振り込みをワザと遅らせたりもした。入金を催促されて、シブシブ、銀行に出向いた。
入居の3日前まで、「1人で暮らして行ける」と、わめき散らした。
(ごめんね、スイデンさん……)

モクレン館への入居が決定すると、自宅で飼っている生き物たちをどうするか、という問題が生じた。
モクレン館には、愛玩動物は持ち込めない。
スイデンは、町会に頼んで、回覧板に、
求。インコのつがいと亀を飼ってくださる方 と、載せた。

黄襟帽子きえりぼうしインコのつがいは、ご近所さんが引き受けてくれた。
亀は、冬眠状態のまま、既に亀を飼っている人の家に引き取られた。
金魚の水槽はいつのまにか空になっていた。
2人の愛猫タケは、1ヶ月前に22歳の天寿を全うしていた。


1月初旬の寒い朝、スイデン夫妻は、22年間住んでいた自宅をついに閉じることとなった。
玄関ドアは、スイデンが施錠した。
スイデンは、ガタガタと何度もドアノブを引いて、確かめた。
イチョウは、勝手口から出て、扉を施錠した。
続きにある小さな納屋の周囲をビニールのカーテンで囲った。
ガス、水道は止めた。新聞も止めた。
電気は、そのままにしてブレーカーを落とした。
洋服ダンスや本箱などには、衣類など中身が収まったままである。
台所の食器棚には、たくさんの茶碗皿が入っている。
冷蔵庫は空にして、プラグを抜いた。
モクレン館での暮らしに必要な、最小限の身の回りの品を持って、転居することになった。
イチョウは、馴染みのYY タクシーをよんだ。
行き先は、モクレン館。


いよいよ、モクレン館での新しい暮らしがスタートします

→(小説)笈の花かご #10
2章 スイデン夫妻、モクレン館へ⑵ へ続く




(小説)笈の花かご#9 2章 スイデン夫妻、モクレン館へ⑴
をお読みいただきましてありがとうございました
2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静  Tajima Shizuka
当コンテンツ内のテキスト、画等の無断転載・無断使用・無断引用はご遠慮ください。
Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited.
この小説が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
下の 気に入ったらサポート から気軽にクリエイターの支援と
記事のオススメが可能です。
このnoteでは 気に入ったらサポートクリエイターへの応援大歓迎です。
ご支援は大切に、原稿用紙、鉛筆、取材などの執筆活動の一部にあてさせていただきます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?