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(6) 世界の半分と残り半分(2024.7改)

初戦からASEAN軍が成果を挙げ始める。それをアフガニスタン暫定政府のスポークスマンが嬉々とした表情でカブールから伝えている。モニターで、暫定政府の連中の笑いが止まらない様な表情を見て、ダフィーを筆頭とする首脳は吐き気に近い感情を持ち、即座に映像を見るのを止めてしまう。
「金を出すだけで、何もしない連中」を、ASEAN軍は毛嫌いする様になっていた。

ASEAN軍のドローンが撮影した映像を、アフガニスタン暫定政府が次々と公開する。
パワードバギーが渓谷の上から巨石を投じ、進軍中のタリバン兵の隊列車両の進行を停める。
するとドローンが飛び回り、車両の車輪部を確実に狙い、破壊してゆく。
ビルマの山岳民族兵が軽快に巨石の上を跳び移り、逃げ惑う兵士達の足を狙撃してゆく。山岳民族兵だけでなく、ドローンも飛びながら兵士の足を狙う。シカやイノシシを狙撃する命中率の高さが発揮され、狙撃兵以上に際立った成果を上げる。山岳民族兵の狙撃力が劣る訳では無く、ドローンの射撃能力が的確で早すぎるのだ。

部隊長、副隊長と思しき人物を見出すと、山岳民族兵は彼らが山で使う大きな鉈で、隊長たちの喉を掻き切り殺戮し、その一方で足を打ち抜いた兵士達には救急・応急セットを提供する。そんな映像の数々を、これでもか、これからも、と流し始める。
幹部や部隊長クラスの殺戮シーンにはボカシが入り、音声等が消去される等の画像編集が施されるが、それ以外の情報は全て公表される。

タリバン兵と言えどもスマホを所有しており、兵士間で情報共有が交わされており、投降するタリバン兵が日に日に増えてゆく。
タリバン消滅までそれほど掛からないのではないか?と分析する西側の戦争屋のシンクタンクが出始める。シンクタンクと言いながら片腹痛いのは、彼らもASEAN軍の攻略法を何一つとして思いつかないのか、メディアからの「無人兵器・自律兵器への対処法」の質問に対して、まともな回答が出来ずにいた。

また、中国製のAI兵器だと言う、ライフルを搭載したドローンや4つ脚のロボットに爆薬を抱かせて特攻攻撃を仕掛けてくるのだが、行動を把握されているのでASEAN軍の自律型兵器に瞬時に破壊され、近未来の無人兵器同士の戦いは今現在一度も実現していない。これをAI兵器と呼んでいいのか疑問が残るが、全く役に立っていない。

人民解放軍も公開された映像を何度も視て、解析し、分析していると想像する。
結局、シンクタンクとやらの連中と同じで、対処策が一つも見出だせずに歯がゆい思いをしている可能性が高い。
紛争に参加も支援も表明出来ず、批判もせずに沈黙を続けている人民解放軍とパキスタン軍の現状が、端的に今の状況を示している。

「20年に及んだ米軍のアフガン駐留とは、一体何だったんだ?」という疑問が、映像を見ている記者席から出始める。
汚職と賄賂まみれの暫定政権を作り、アフガニスタン経済を多少は改善したのかもしれないが、超大国が齎したものは一時の平穏だけで、残そうとしているものはクズ政府と悪しき商慣習、そして物価上昇だ。記者達は実に愚かな話だと記事を書き始める。
同時に「ASEAN軍最強説」も記事になる。米軍が出来なかった事を次々と実行し続けている映像が公開されるたびに、検証され、最強説を後押ししてゆく。首都カブールを目指して各方面から進軍するタリバン部隊を、 24時間体制で待ち構えているASEAN軍の無人兵器の数々が空と陸から迎撃し、進行を止める。タリバン部隊の進軍後、もぬけの殻、もしくは小部隊のみとなったアジトを、自律型UAVが編隊を組んで爆撃してゆく。
確実且つ効率的にタリバンの戦力と拠点を削いでゆくASEAN軍の動きは徹底していた。
爆撃後のアジトの捜索活動や、部隊の襲撃後の段になってから、ようやくヒトの兵士が登場する。100ペアのビルマ族の兵士とバギーのコンビが隈なく爆撃跡を捜索し、生き残っていた将校達を確実に殺傷し、部隊が所有するあらゆる情報を収集し、アフガン政府に提出してゆく。

ASEAN軍に課せられたミッションは、タリバンの殲滅だったが当然の様に断り、組織として崩壊しつつある中で、降伏での停戦となる可能性が高まりつつあった。
また、ダフィー副大統領・国防相も言及しているが、勝利した以降のアフガニスタンの治世に、ビルマもASEAN軍も、一切関与しない。
情状酌量の余地の無い、極めて冷徹な軍だとイスラム勢力からの指摘も有るが、それらの対応も含めて、全てをアフガニスタン暫定政府に任せ、“雇われ傭兵”に過ぎないASEAN軍は、一切のアナウンスを避けていた。

***

台湾基隆港に、チャーターしたサザンクロス海運の船舶2隻が到着する。
船から降りてきたのは第一陣の3千名のビルマ族の旧ミャンマー陸軍兵だった。ミャンマー軍政期に罪を犯していない兵士に教育を施し、ビルマ兵として再雇用している。
犯罪履歴の有無を調べたのはAIで、尋問をしながら兵士の不審な挙動や動き、額の汗が目立つなどの特徴が分かると、ビルマ正規軍特殊部隊により再尋問に掛けられる。
クロと確定すると、戦争犯罪者として認定され牢獄行きとなる。その検査をパスした者たちが、射撃能力、身体能力、訓練時の判断力などの各種適性検査を経て、それぞれの部隊に配属される。台湾にやって来た兵士たちは、一定の基準をクリアーした精鋭達でもある。

旧ミャンマー軍の部署と全く異なる部署に配属されているのも、国内では知られている。
ミャンマー軍とは、人の適性を見極めず、幹部や将校の子なら内勤に据え、粗暴な若者は山岳民族との抗争地に配属するなどバランスが伴っていなかった。だから「最弱の軍隊」と呼ばれ続けてきたのだ。
ASEAN軍は米軍のミリタリー服を購入し着用しているが、台湾陸軍との見分けの為にキャメルカラーの乾燥地仕様で統一していた。
兵士が利用する、ロシア発祥のカラシニコフAK47、イスラエル発祥のウージーマシンガン、拳銃はスイス発祥のカートリッジ式は、レッドスター社が買収したビルマ企業でライセンス製造している。

本家のロシア製、イスラエル製、スイス製の性能を上回る「フォレストモデル」とビルマ内では呼称し、モリが監修して部品精度を高めた。精鋭達に支給されているのは、勿論フォレストモデルだった。

ビルマからの荷の中には、旧ミャンマー軍時代に採用していた中国製ライフルとマシンガンも持参しており、台湾陸軍が採用している米国製銃火器と、それぞれ台湾兵が試射して兵士の好みを調査し、レッドスター社がライセンス製品や新製品の開発に反映する。

台湾陸軍の調達部門はフォレストモデルを絶賛する。
手入れを考慮してAK47とウージーは元々分解しやすい設計となっているが、パーツ毎に全て見直された双方の銃は工芸品の域に達していた。AIで稼働するFAロボが部品一つ一つを丁寧に作り込んでいるのが良く分かる。本家のロシア製、イスラエル製パーツと形状こそ同じでも、鉄と宝石ほどの違いと、匠の技を感じていた。
それでいて、本家の製品とほぼ同じ価格なので、台湾陸軍としても採用を検討し始める。
米国製銃火器の評判が兵士の間では芳しくないというのもある。

ASEAN軍の全ての兵器で改善と改良が徹底されており、武器としての精度の向上を求め続けている。ドローンやUAVの兵器も、同様のコンセプトが貫かれ、徹底されている。2か月前のミャンマー軍を制圧した際のドローン、UAVよりも性能は格段に向上している。つまり、米軍に納入したUAVは外観は同じであっても、中身は既に旧モデルとなっている。
それ故に命中精度が高く、兵士の手足を狙い、戦車・装甲車などの足回りだけを攻撃できる。
この手の情報は共同訓練などで相互に確認でもしない限り、分からない情報でもあるのだが。

旧ミャンマー軍が採用していた中国製武器・兵器の杜撰さを目の当たりにすると、台湾兵はそれだけで優位性を実感してしまうのだった。

大陸で共産党軍に敗退した国民党軍の蒋介石が逃げ込み、中華民国が台湾に首都移転してきた格好になっている。長年与党だった国民党は現在は野党の地位にあり、与党が分断統治のスタンスなので、共産中国と同じ「統一」を党是としている。国民党の議員からすれば、ASEAN軍の駐留など認められない話なので抗議もするし、国民党寄りの軍関係者に、ASEAN軍の弱点探しをさせるなど、マイナスの情報を求める。その情報を中国側に伝えて形成を逆転させようと考えたのだが、肝心の中国が沈黙し続けている。アフガニスタンのタリバンの旗色が日に日に悪くなっているからかもしれないと考えていると、軍関係者からレポートが届いた。

結論は、「ASEAN軍には適う勢力は見当たらない」だった。レポートの中には火砲兵器も製造するレッドスター社が度々登場し、「家電製品もそうだが、部品の精度が異常なまでに高く、製造可能な企業が見当たらない。同社製家電品の爆発的な伸びも頷くしかない」

とコメントされていた。

***

レッドスター製やプルシアンブルー製の家電品が売れ、社会党知事や共栄党市長の地方都市のPB Motorsの中古車販売と農機レンタル事業、PB Enagyの安価なガソリン・軽油・灯油が手に入り、PB Martで衣服・食料品を購入する。特に日本の地方に於ける消費スタイルの変化が顕著となっていた。

プルシアンブルー社の日本法人は3月末までの第一四半期の国内売上、利益をいち早く公表する。去年の夏からの起業なので前年比の比較が出来ないが、12月末までの第4四半期の前期比で、43%売上げが上がり、利益幅は18%上昇した。
利益幅が売り上げに比して少ない理由は、データセンターや工場等の建設・増床に投資したためだ。

共栄党の市長・市議が全国で増えるのに伴い、中古車店、ガソリンスタンド、コンビニ・スーパーの店舗を出店してゆくので、6月末の第二四半期の売上・利益予測も第一四半期と同じような数値となると予測していると、サミア社長が発言する。一方の親会社のシンガポール企業は、東南アジア内での売上が急増し、米国企業のGAFA並みの資産価格となりつつある。同社の市場は東南アジア圏内と日本だけなので、他市場に展開した際にはどの程度まで成長するのか?と目される様になる。とは言え、社員の数も限られているので欧米などの市場へ展開もまだ先の話となり、現在の市場を深耕するのを優先する。ニーズは有っても無暗に迎合せず、堅実な経営をせざるを得ないのは影のオーナーが政治家だからかもしれない。

カノ人物の現在の最優先事項は、今月末投票となる日本国内の補選だった。
プルシアンブルー社のマーケティングチームが沖縄南部と八重山諸島に繰り出して、先行して市場分析中だった。地方進出の際の基本ポリシー「共存共栄」を掲げて、過剰な資本を投じずない手法で、現地企業のビジネスに影響を及ぼさない配慮を講じながら、在京在阪企業のシェアを奪う為の戦略を立ててゆく。与党に献金をしている企業に至っては市場から撤退に追い込む勢いで臨んでいた。

某候補者の公設秘書となる源 翔子と屋崎 由真は沖縄入りし、南城市の議員事務所兼宿舎と、与那国島の営業を止めたホテルを購入し、転居と選挙に向けた準備に取り掛かっていた。

翔子は挨拶回りをしていて、少々頭に来ていた。一回り年下の由真の方がチヤホヤされるからだ。分かりやすい構図なのだが何処へ行っても同じなので「私が家財道具を買いに行くから、由真は一人で挨拶回りを続けて」と真顔で言い出し、由真は頷くしかなかった。

何気にプライドが高いんだよね、と由真は溜息を付く。

「お姉ちゃんは先生のお気に入りなんだから、他の男どもがどう思おうがいいじゃないの」と呟くと、翔子はキッと振り向いて、由真を睨むと立ち去って行った。

「従姉妹同士って言ってもさ、女同士って、面倒だよね・・」由真はリストを見ながら、商店街を一人歩き出す。

4月になったばかりの沖縄本島は暖かく過ごしやすいと由真は感じていた。来月になればうっとおしい梅雨が来て台風シーズンに突入するのだが、新生活を焦がれ、楽しんでいる自分に気付いていた。本妻とママ友達から離れて、少数で“旦那様”を独占できるのだから、自ずと気分も高揚する。しかも国会議員の公設秘書という肩書まで手にするのだから、プレッシャーもあるにせよ期待の方が上回っていた。

そんな妙に前向きな女性が現れて挨拶され、名刺とベトナム産の粉コーヒーを置いてゆくのだから受け入れる側も自然と笑顔になる。半年前に不妊で離縁され、塞いだ表情をしていた面影は完全に払拭されていた。

「モリさんの秘書さんがウチにも挨拶に来たよ」 そんな話題が商店街で暫く続いた。

***

「ここが世界の半分かぁ・・」彩乃が呟いて、広場に一歩踏み込み、左右をキョロキョロ見ながら進んでゆく。その後姿を見ていた。

「パパ、ほら、娘を追わないと」小此木クリムトン瑠依に言われて「そうだね」と歩き出すと、瑠依ママも一緒に付いてくる。

テレビ局の撮影チームと、杏と翼の養女の2人は、国が認可したというガイドと共に、世界遺産・エスファハーンの撮影に没頭している。

「イランって観光地いっぱい有るのね」

瑠依ママが話し掛けるのを止めようとしない。放っておいて欲しいのが本音なのだが、無視するわけにもいかない。

「うん、学生の頃は、ここ迄来るのが夢だったんだ・・」

「出た、あなたの愛読書Midnight Express, イランは観光目的でもあったんだね」

「否定はしないよ。アフガンまで来たら、イランに行かなきゃって思ったんだ。この為に強引に設定した仕事は2割だけどね」

「強引にしちゃあ、妙に説得力あるけど・・まぁいいわ。自分の都合だけじゃなく、娘たちの事も考えての行動よね?」

「そうだと思いたいね。アフガンの砂礫の街にも、人の営みがあって、あの子たちにとっては良い経験だったんだろうけど、歴史的な視点で捉えると、この周辺の地域の中心はイランだった訳で、アフガンと対比する上ではいい素材だと思ったんだ」

「王政の確立していた国と、部族間争いに興じている国の違いってヤツね」瑠依の言葉に頷いて立ち止まる。

「僕の旅のスタイルを真似させようとか、彼女たちに引き継いで貰おうとか、そんな風におこがましくは思っていないんだ。日本とは違う異文化に触れて、人の多様性や指向性、異なる環境が生み出すその土地の食文化・衣料といった嗜好性を彼女たちの視線で捉えてくれたらって想いが、今回の日程の、そしてココへやって来た理由なんだと思う。このエスファハーンもあの子たちと見たかったし、君と一緒に訪れたいと思った。それが本音・・なんだと思う」

「会社勤めの頃は、観光する時間なんて無かったもんね・・」

「お互い、会社とアパートを往復するだけ・・デートの時間もなかった。悪かったと思っているよ」

「社会人になって、アレが常識なんだって受け止めてたから、当時の恨みはこれっぽっちも無いわよ。あなたが退職して疎遠になって、結婚したって風の噂で聞いたときは流石に凹んだけどね」

瑠依に言われて、頭をゆっくり下げる。

「もう済んだ事だからいいの。政治家になれば、こうして自由な時間も手にして、あなたとの関係も元に戻って、しかも私が苦手な家事は、お手伝いさん達に任せられるんだもの。天職かもしれない!」


「そんな楽なもんじゃないと思うけどな。自然災害が起こったら、陣頭指揮を取らなきゃいけないし、市議会だ、予算だって、山積みの仕事が目白押しだよ」

「AIが職員達をサポートしてくれて、作業効率が上がって残業ゼロになるんでしょ?凄いじゃない」

「まぁ、そうなんだけどさ・・ほら、しらさぎ経済圏ってプロジェクトも有るし」

「あなたも手伝ってくれるんでしょ?お母様と奥さんと、孕ませた岐阜知事と孕ませる予定の知事の妹も、皆、放っておけないもんね」

「孕ませるって言うなよ・・」

「ゴメン。まだ頭の中が上手く整理できてないみたい・・報酬でもなく、契約行為でもなく、単にあなたの子が産みたいっていう女としての欲求・・だよね?まだ復縁したてだからかな、私も性欲の方が上回ってるんだよね、あの子達と同じかな?」

「会社員の頃の君に似てるんだ、あの子達は。真っ直ぐで、何事にも貪欲で積極的で、おまけに可愛いときてる」
「驚いた。もしかして 口説いてる?」
「社交辞令だよ」
瑠依に向かって舌を出して見せてから、足を大きく振り、彩乃を追い掛ける。

昨日、母親の幸乃からメールが届いた。
「ロヒンギャ族の難民キャンプの映像を見ました。彩乃は、自身が父親から受けていた苦痛と、難民たちの辛苦を重ねてしまい具合が悪くなったんだろうと推察しています。映像の後半では、くったくのない、いつもの笑顔に戻って、自身の足で歩いているので安心しました。
あなたが彩乃を励まして下さったか、もしくは、お得意の“魔法”を使われたのでしょう。
先生、子ども達をこれからも宜しくお願いします。我が家の女達は、みんなあなたに夢中です。今回はイランまでだと思いますが、一度に何でもやってしまおうと思わずに余裕を持って行動なさって下さい。既にオーバーワーク状態にあると察しています、ドクターストップを宣告します。
とにかく無理をなさらず、無事の帰国を祈念しております・・・」

幸乃の愛娘に追いついた。
「先生、なんでペルシアン・ブルー社にしなかったの?世界の半分を奪うため?」
振り向いた際の満面の笑顔を見て、この子を連れてきて良かったと思った。瑠依と2人で彩乃を挟んで手を繋ぎ、家族の様に歩き出す。

「世界の残り半分を手に入れる。そんな大それた事を考えるんだ。このお嬢さんは」
瑠依が彩乃を抱きしめる。

「先生だったら出来ると思った。何となくだけど」

「何となく、ねぇ・・」
1722年にエスファハーンはアフガニスタン人によって破壊されたのだが、黙っていた。

明日、我々は日本へ帰る。

(つづく)


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