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(9)2大国を掌の上で転がす、 一主婦。

新設されたベネズエラ銀河開発推進省と、組織改変された厚生省を構成する元国連職員110名と、ボクシッチ首相・外相の夫妻が メキシコの難民収容施設を訪問して、調査活動を始めていた。国連職員として昨年まで勤めていた職務を、各自が遂行し始めてゆく。

難民高等弁務官だった者達は、アメリカ・カナダからの「難民」である旨の報告書を作成し、WHOの職員だった者は「難民」の健康状態を把握してゆく。ユネスコの元職員は「難民児童」の各施設内での教育体制の現状と課題を纏めて、中南米諸国の教育省と協議しながら、展望策を考案してゆく。ユニセフの元職員は「難民児童」の健康状態の把握と施設での栄養改善策を経験を元に次々と打ち出し続けてゆく・・。

元職員たちの手際良い対応がニュースで大々的に報じられると、アメリカ・カナダは動揺する。何処よりも困惑したのが国連だ。本来なら国連が率先して派遣して調査すべき事項を、ベネズエラ政府に転じていった元国連職員達が各パートのマニュアル等諳んじているかのように実施していた。メンバー全員が責任ある立場の人材だったのだろう、手際が良さは素人が見ても分かる程だった。国連職員が持参する以上の土産品の数々を難民達に、取り分け子供達に支給してゆく。果物、菓子、飲料、亜熱帯気候の衣料品・サンダル等に下着類、そして難民登録した各家庭に、500USドル相当の現地通貨メキシコ・ペソの配給を始める。              

ベネズエラの元国連職員達が追加配給を行っている様を映像で流すのが、今回の「ミソ」だった。「現金を配っているぞ!」と、アメリカ国境を越える人々の波が加速してゆく。そしてメキシコ側で待ち構えているマスコミが、国境を越えてきた、疲れ切ってはいるが、希望に満ち溢れた表情を浮かべ、目だけは輝いている難民達にインタビューをしてゆく。        

アメリカ政府は大慌てだ。「人々の流出を止めろ」と陸軍と州軍、警察に指示を出す。車両の大半がエンジンの錆で動かないので、パトカーどころか、装甲車や戦車まで駆り出す事態となる。                アメリカ側の反応を予測していた メキシコ国境の都市ティファナ市に滞在していたタニヤ外相兼国防相が、グアテマラ共和国の中南米軍基地に用意していた部隊に移動指示を出す。駐留部隊の強化と、国境警備部隊への増援部隊として、陸戦型ロボットとサンドバギーの2000ペア、そしてモビルスーツ隊を追加投入していった。   

ミディア輸送機からフライングユニットと共に、陸戦型人型ロボットが国境周辺に降下してゆく。フライングユニットの後部に装着されたサンドバギーとマシンガンと日本刀をロボットが取り外すと、フライングユニットはミディア輸送機へ帰ってゆく。

エンジンが錆びて飛ばない米軍機の状況を知っているので、ワザとパフォーマンスじみた映像を世界中に流す。これだけでも映像的に機械レス、燃料切れの米軍よりも映えてしまう。また、米軍の戦車や装甲車が国境に見え始めたので、タニヤ国防相が「仕方がありませんね」とカメラに向かって寂しそうに笑い、携帯無線機で連絡すると、国境部にモビルスーツが飛来し、ティファナ市の国境とシウダー・フアレス市の国境にそれぞれ50体づつ、まるで巨神兵のように国境に並べてゆく。閉ざされてしまった両国の国境を、絶えず監視するかのように、AI無人ヘリやAIドローンが24時間絶えず飛び続けていた。

更に、米国サンディエゴ市内の混乱の模様を、中南米軍の衛星画像が撮影した映像として公開する。人の顔まで分かる高精細な衛星映像に、世界は震撼する。但し、カナダ、米国内で放送する際は、各放送局は顔にモザイク処理を施してほしいと要請する。これで逮捕されるのはあまりにも不憫だ。暴動を起こした原因は政府にあるとして。

中南米軍の偵察衛星はここまで地上の映像を撮れるとワザと明かしてしまう。タイミングの悪い事に、アメリカの軍事衛星は太陽光フレアによって破壊されてしまい、正常に動いている衛星は気象衛星とGPS衛星だけだった。実際は太陽光フレアの発生に合わせて、モビルスーツが斧で破壊して廻ったのだが。衛星画像ではサンディエゴ市内では暴動が起きていて、スーパーやコンビニが襲撃されて物資の略奪がされている。それでもアメリカの地上波はサンディエゴの状況を報じることが出来ない。中継車を始め、危険だと州知事と市長が発言して、サンディエゴが軍によって封鎖されていた。メキシコで放映されている衛星画像を示して、暴動・略奪が生じている状況をマスコミが説明を求めても、米国側は「AIで作成された映像ではないか。フェイクニュースを流す放送局なのだろう」とコメントを述べて、以降は沈黙してしまい、ナシの礫状態となる。

エジプト臨時政府の前は、ウィーンの難民高等弁務官事務所の理事を努めていたドラガン・ボクシッチ ベネズエラ首相は、メキシコティファナで妻のタニヤ外相・兼国防相と共に会見に応じていた。首相の手元には、各スタッフから集めた分厚い報告書があった。「私でなくとも誰が見ても、彼らは100%難民だ!」と会見の場で切り出した。              「この112名の元国連職員が作成したレポートは、全てマスコミ各社に公開、提供致します。同時に、本日付で国連事務総長宛に送付します。いいですか事務総長、国連職員が視察をする必要はありません。即刻難民認定をして、我々が試算した通りに資金を提供していただければそれで結構です。 あなた方の代わりに職務を遂行出来たのも、国連各部門のエキスパートだった者が関与しているのは、このレポートを作成したものの名前をご確認いただければお分かり頂けるでしょう。短期間ではありますが、最善のレポートであると私もタニヤ外相も自信を持っております。あなた方上層部は、内容さえ見ませんが、いつもの様にメクラ状態でサインをしていただければ、それで結構です。トップのあなた方には難民認定に対する判断能力がどうやら欠落しているようですからね」                    分厚い報告書の束を時折掲げながら、ドラガン・ボクシッチ首相が発言を続けるので、メキシコの厚労相も外相もオロオロしている。ボクシッチ首相はメキシコの大臣に諭されながらも、発言を止めようとしない。

「この度、中南米軍はアメリカ国境にフルアーマー状態のモビルスーツを配備しました。それぞれのザクに、地対空誘導弾を実装したバズーカ砲2門、レールガン銃2式、先のアタカマ砂漠の演習で話題になったF15を粉々に粉砕した斧を2つ、持たせています。また、先の演習で沖合の空母にペイント弾を命中させた大型レールガン砲を10基、国境に100km間隔で設置しております。ガンキャノンにはハンター役になってもらいます。このモビルスーツ射撃用レールガン砲の有効射程距離は650kmです。米軍が国境部に戦車隊を持ってきているので、その対抗措置となります。今の場所に戦車や装甲車が停車を続けるようでしたら、ガンキャノンの両肩の砲門も含めて、10秒で147台の車両全てに着弾・命中してご覧に入れます。米軍が認可いただけるのなら、早速ペイント弾を戦車や装甲車に当てて見せるのですが・・。 ま、戯言でした。認可していただくはずもありませんよね、きっと」ボクシッチ首相は言い終えて最後は笑ったが、直ぐに蹲った。妻のタニヤがパンプスの踵で夫の足を踏み潰したからだ。足が見えるテーブルだったので、タニヤが笑顔のままで踏みつける様まで映像に撮られており、夫が笑顔のあとで苦痛の表情に転じてゆく様まで、しっかりと放映されてしまう。     

ベネズエラの旧国連職員、現閣僚官僚達は、先月インカ遺跡から始まった「月イチ旅行」の2月分としてメキシコへやって来た。週末はメリダ市へ移動しマヤ遺跡の散策をし、カンクンのリゾートホテルで日頃の疲れを癒やす。首相と外相は滞在先のホテルで報道陣の取材に応じ、現状の国連のあり方に疑問を呈した。マスコミも元国連職員が齎した組織の内情や担当業務の審査や意思決定プロセス等の内部事情についての知識を得て「今の国連は歪んでいる」と知ってしまう。一斉に国連叩き・アメリカ叩きが再び始まっていった。                              

各国のメディアが違和感を感じたのは、北米からの難民流入を問題視しながらも、中南米諸国、とりわけベネズエラに余力と言うか、余裕のようなモノを感じていた。難民が流入し、金銭的な負担が増して、受け入れ先の困窮の度合いは日に日に強まっている筈なのだが、この落ち着き払ったような応対は一体何だろう?と疑問を感じていた。そう言えば、先週メキシコ入りしたモリ大統領は何処に居るのだ?と記者達はふと思い出す。モリは南アジアに居た。こちらは昨年から決定していた訪問で、北アメリカ難民問題のような突発的なものではなかった。                     ーーーー                                  パキスタンとインドにIAEA (国際原子力機関)が入り、核弾頭のIAEAへの管理移譲と、核開発施設の封印作業が始まった。昨年の両国政府の核廃棄条項の合意締結に即した歴史的な転換点として、世界中からマスコミが取材目的で両国へ集まっていた。
日本の原発撤廃作業以上に注目を集めるのも、「核兵器」という究極兵器を、長年いがみ合って来た両国が同時に撤廃するという意味合いの重さが、原発とは違うと判断された。破壊された後の被害規模の影響度で言えば、原発のほうが断然厄介なモノであると、フクイチの事故で認識しているはずなのだが。
前世紀にインド、パキスタンが罵り合うように核実験を行い、双方が核兵器を所有した際、世界への核拡散が懸念されて、核拡散防止条約が成立した。その条約の原因となった2カ国が握手し合うという絵柄には、隔絶の感がある。

実際はフィリピンから駆けつけたのだが、北朝鮮から直行してきた黒幕とも噂されるベネズエラ・モリ大統領が、今回仲介役となったバングラデシュ首相と共に、ダッカの空港でインドとパキスタンの首脳の来訪を迎え入れて、4カ国の首脳による会談が行なわれようとしていた。   

「大インドの復活か?」と期待する向きも少からずあって、過去最高数の報道陣がダッカに集まる。バングラデシュも含めると、民族と、宗教的な違いは以前根強く、大連合は簡単ではない、難しいだろうというのがおおよその見立てとなっているが、この場にモリが居ると人々は淡いながらも期待をしてしまう。     
モリと日本政府は、チベット、ネパール、ブータンを加えた「南アジア連合」的な体制か、もしくはASEANとの経済連携体制を視野に、南アジアへ経済支援を続ける意向を予てから表明しており、その前提でタイ・バンコクを起点としてビルマーバングラデシューインドーパキスタン・イスラマバードまでの高速鉄道建設と、停車駅主要都市の建設を推進してきた。ASEANとのゲートウェイとなるビルマとタイには中南米軍の一大拠点があり、バングラデシュ、パキスタン、そしてインドと個々に軍事的、経済的に繋がっており、今迄の支援実績が各国との橋渡し役の原動力となっていた。その大同小異団結の真の目的が「分厚い中国包囲網の形成だ」とは誰も一言も触れないのだが、その可能性について言及する識者は、多数居た。        ーーー                                  
インドとパキスタンが核兵器廃棄、原発解体の実行プロセスに入った。中国はパキスタンの核兵器開発支援を行い、原発建設を担ってきた。インド側にはロシアが関与した。今回の プロセスに中国もロシアも関与せず、日本とベネズエラによって作業が行われる。中国大使館の内偵者がパキスタンの核弾頭が、ベネズエラの輸送機に積み込まれ、フクシマの宇宙基地に運ばれる様を見届ける。IAEAによってパキスタン国内の核弾頭はゼロとなったと伝えられる。                            

パキスタン内の5つの原発は順次停止を始めており、5基中、3基が停止し、燃料棒が外されているという。日本の福井敦賀原発の解体が終了すると、1部隊がパキスタン入りして、順次解体に入ると言う。日本での経験則をインドとパキスタンで活用するのだろう。パキスタンもインドも核廃棄、原発解体の費用を臨時予算を満場一致で国会承認しているが、実際の資金はベネズエラが全額負担しているという未確認情報を国会議員が漏らしたとも言われている。資金繰りはともかくとして、日本のプルシアンブルー社と子会社のエネルギー会社、PB Enagy社の受注額は、インド側ロシア製原発10基とパキスタン側中国製原発5基で相当な規模となると予想される。
同時に、日本は比較的新しいロシア製中国製の原発の構造を知識として把握するだろう。また両国政府は原発跡地にアンモニア火力発電所を建設する。既存のガス火力発電所にはビルマで製造されたエコ・アンモニアが既に供給され、発電が始まっている。羨ましい事に両国の石炭火力発電所は全て水素発電所に建て替えられている。電力的には原発を停止しても問題がないレベルまで進んでいた。日本連合と従前から話が決まっていたのだろう・・。

イスラマバードとムンバイからサンダーバード輸送機で日本へ運ばれた核弾頭はIAEAの監査官の管理の元で、シャトル機4機に積み込まれフクシマのカタパルトから宇宙に向けて飛び出していった。
インドに核兵器が無くなったからといって、中国への脅威が減った訳ではない。パキスタンもそうだが、インド国境部には即日、中南米軍ビルマ部隊が駐屯し、ロボットとサンドバギーが24時間の監視体制を取った。中国のパキスタン人スパイをインド側に送り込むのは非常に難しくなった。というのも、双方のイミグレーションオフィスに中南米軍のIA装置が設置され、既に数名のスパイが「疑い有り」と判定され、インド入国が出来なかった。テストを兼ねて逮捕歴や検挙歴の無い、新人を入国させようとしたのだが、引っかかってしまった。ベテランや経験者を送り込むのは第三国経由、もしくは港から入国させる方が良いかもしれない。               また、中南米軍が駐留し防空システムが刷新された。イスラエル軍関係者がメンバーに居るので、チベットと旧満州でも構築済のイスラエル製の防空システム、改良型アイアンドームが配備された可能性が高い。迎撃ミサイルはロシア製、中国製ミサイルが撤去され、ベネズエラ製ミサイルに置き換わった・・。 

「なぜ、イスラエル製防空システムを採用したのだろう・・」北京・中南海の会議室で、副主席が梁振英外相に向かって話しかけた。

「パキスタン内にユダヤ人宝石商のコミュニティが幾つか出来ています。他に製薬用のケシを仕入れる商人も居るようです。
カシミール地方等の宝石をパキスタン軍とインド軍が採掘し、ムンバイのインド人宝石商とイスラマバードのユダヤ人宝石商が利益を上げているのですが、この宝石の採掘量が年々増加し、イスラエルも含めた3カ国の重要な輸出品になっています。ユダヤ人保護の為に、パキスタンは陸軍を警備に当たらせている程です。このカシミール地方での資源情報を提供し、試掘したのが、日本連合なのではないかと見ています。10年近い期間で相当な巨利を得ています。ベネズエラの店舗「blue planet」です。北京、上海、香港、長春、ハルビンに店舗を構えた人気店です。金の延べ棒やコイン販売でも我が国でもゴールド販売の最大の取り扱い量を誇ります」

火星で採掘された金が地球に持ち込まれているという噂が、広く蔓延しているが金価格の暴落には至らない量だとも判断されており、金相場は安定していた。それも中国人民が非常時に備えて金を買いまくって蓄えているので、市中に金がダブつかない状況にあるからだ。金の販売をしているのがベネズエラ企業なので、中国内でどれだけの金が買われているのか中国政府は販売量の実態を判断できていない、という面もある。

「店員は、ユダヤ人とインド人だったな・・ええっと、カシミールサファイアと言ったかな、あの青い宝石は・・」

「はい、そうです。コンゴ産とベネズエラ産のダイヤも有名ですね。このスキームを育んで来たからこそ、大インド復活の芽が出ようとしています。インドが日本と月に進出し、そこにパキスタン人とバングラデシュ人、ユダヤ人兵士の参加が決まっているようです。宇宙に出れば、宗教色は自ずと薄まります・・戒律等の宗教上の習慣に拘って居られませんから・・イスラムだ、ヒンズーだ、ユダヤ教だと争う事も宇宙空間では無くなるとも言われています。
日本が宇宙に進出してからは、宗教界で意気盛んな土地はエジプト、メキシコ、ペルー、イラク、イランそしてチベットなど、遺跡や異界など宇宙との関連性のある所に限られており、世界の宗教界には不況の波が押し寄せている状況です。月面基地に人が入り始めると、更に宗教離れが加速するかもしれません。そうなると、インド、パキスタン、イスラエルは宇宙で手を組むのも、抵抗がなくなるのかもしれません。あくまでも推察ですが・・」

「大インドの同盟など・・果たして、可能なのだろうか?」主席が閉じていた目を見開いて梁振英に問うた。

「イギリスからの独立時に、イギリスが残した巧妙な罠がインド内の宗教対立でした。結果的にガンジーが国内で暗殺され、3つの組織で内戦を起こして、大インドは3カ国に分裂しました。それこそIT産業が確立するまで、停滞状態にあったのですから、イギリスの思惑通りとなった訳です。これまでは我が国も漁夫の利を得ることが出来ましたが・・」梁振英が話している横から、前任者の辞任後に就任したばかりの国防大臣が被せてきた。主席の顔に嫌悪の情が一瞬浮かんだのを、梁振英外相は目撃した。 

「パキスタンの私兵組織タリバンへの兵器提供を我軍は続けています。母体のタリバン壊滅後、アフガン人もパキスタン領内に参入し、アフガン人が半数近くを占めるまでになりました。インドやパキスタン政府への揺さぶりはいつでも可能な状態にありますが・・」

「国防相、そのタリバンの資金源を抑えているのが、ユダヤ人なのではないかね?ヘロインを買い取って、イスラエル内のベネズエラ製薬会社が薬剤製造に使っている・・確か、PureBlue2という名前だったか・・痴呆用の薬だ。ベネズエラとイスラエルの共同事業に材料として提供している組織なのだよ。パキスタン・タリバンを支援している意味など、無いのではないかね?」
副主席が「この場」を読んで先行する。梁振英は思わず感心する。この2トップを支えるチームを用意できれば、もう少し、良くなるのではないかと。

「国防相、今は時間稼ぎをしている余裕は無いと思う。私はね、この流れに逆らう状況ではないとも捉えているんだ。実際、都市間の春節期間の移動を禁じた事を、少々反省している。 我が国も何れアメリカの様になるのかもしれない。移動を禁じたことで、返って人民の怒りを増幅させてしまったのは間違いないだろうからね。 ここでパキスタン内のタリバンを利用すれば、時間稼ぎにはなるだろう。しかしだよ、中国が唆した事実は何れ漏れてしまうだろう、その後を考えるとね、最善とは思えないんだ・・」    主席が音声を消音化されたニュースを報じているテレビを指差した。ロスでの暴動の映像が流れていた。西海岸ではかっぱらい、スリは状態化し、留守を狙った盗難事件件数がロスアンゼルスでは昨年の5倍近くまでに及んでいるという。経済的に自立できる州は、州軍を動員して他州から流入する民を堰き止め始めていた。方や、行政停止状態で、パトカー等の警備車両や消防車、救急車が動かない地域も出ており、公共サービスが崩壊しつつある都市では、店舗が襲撃され、略奪行為が始まっていた。           西海岸に居た中国人、日本人などのアジア人は、アメリカから撤退していた。中国でも、酸化バクテリアによるエンジン損傷で、軍と警察の機動力が削がれてしまい、殆ど機能していない。この状況を逆手に取った一部の暴力的な市民が、徒党化して好き勝手に動き始めている。中国内の富裕層はリスク回避の為に、香港や旧満州経済特区へ移動し始めているという。    

アメリカに先んじて、IMFに支援の要請をするという本末転倒なプランも共産党財務局から出てくる程、国の懐具合は悪くなっている。西側の機関が国内に入って困るのは、政治部であり、大臣達だ。インサイダー情報を元にした株の売買、企業からの賄賂等、指摘されるであろう箇所で満ちている。何よりも、旧満州の経済特区に関する情報が流出してしまう。 個人から多額の金額を借りて一時的に対処した事実が知られると、国の評価が悪化するだけだ。基本的にIMFは緊縮財政と増税の2本立てをバイブルとしている・・。                              

「IMFにすれば、アメリカと中国、2億人と14億人の面倒を纏めて見るのは、組織の能力と人員数からして、無理だろう。先に抑えた方が良いかもしれない。アメリカには酷な話だが・・」               

「IMFにインドや中国の人口規模の国は管理など、物理的にできない。
我が国は既にアジア銀行から多額の融資を受けている。返済計画のメドも立っていない状況で、IMFに頼んでも、審査に通らないのではないか。そもそも、財務大臣も産業大臣も、他の大臣もそうだが、何か策は無いのかね?万策が尽きたわけではないだろう?」                  副主席が場を窘めると、誰もが言い淀んだ。そもそも、主席も副主席も、昨年末まではモリの資金に頼ろうとしていたではないか・・と、大臣達は自分たちの無能さを他所に、この藪蛇な状況で責任の所在が自分達には無いと考えていた。              
借金が借金を呼ぶ事態に、中国は直面している。1000兆とも2000兆円とも言われる借金を抱えていた日本ほどでは無いにせよ、莫大な借金を返済する術が最早見出せないでいた。
ここで愚かなアホノミクスの真似事でもしようものなら、日本政府も、ベネズエラ政府も呆れてしまい、中国を見向きもしなくなるだろう。 
それこそ旧満州に壁を構築し、旧満州を中国から完全に分断して、北朝鮮経済圏に組み入れてしまうかもしれない。その上でウイグルと内モンゴルの両自治区に手を差し伸べて、北朝鮮経済とモンゴルとの融合策を打ち出してくるやもしれない・・。                        

梁振英外相は、日本の重鎮達から聞いていた通りに事態が推移しているので、比較的冷静に場を俯瞰する事が出来た。梁振英も驚いたのが中国だけでなく、アメリカも合わせて2カ国を揺さぶり続けているという状況までは想定していなかった。抵抗手段を持たない中国とアメリカ2国に圧力を加え続けて、どちらからも批判する余地すら与えない。
前大統領の辞任を受けて、副大統領が昇格したアメリカ政権は、半年も経たずして議会議長を後任大統領に据える動きが始まっている。       モリも「中国の政治転覆までは想定していない」とは言っていたが、周辺国の軍事強化と体制固めが着々と進んでいる状況下では、この先何が起きるのか・・梁振英も流石に見通すことが出来なくなっていた・・。     

ーーーー                                 記者会見もなく、HP上でサラッと発表されてしまうのも、互いの企業がいかに親和性が高いかを示しているのだろう。北関東、旧茨城県、群馬県、栃木県、北陸の新潟、山陰山口のベネズエラ企業のプレアデス社の工場を、プルシアンブルー社が買収すると報じられた。日本のプルシアンブルー社が、プレアデス社の製造技術も含めて手に入れた事になる。プルシアンブルー社のサチ・フェルナンデス社長とプレアデス・ジャパン社のアユミ・ダグラス社長のコメントが寄せられていた。プルシアンブルー社はプレアデス社の製造していた事業をそのまま継続し、プレアデス・ジャパン社は日本から撤退し、北朝鮮・旧満州でプレアデス・ドットシー社として、日本法人の売却益で事業展開してゆくという。      

ベネズエラ企業が独占していたモビルスーツ事業とシャトル事業、戦闘機・輸送機事業が日本企業にの手に渡ったと話題になる。          シャトル事業と戦闘機・輸送機事業を引き継ぐPB Air社は、シャトルをPB Airline と日本の航空会社2社に提供し、戦闘機ゼロを月面基地に滞在する自衛隊機に提供するという。旧横田基地・西東京国際空港を拠点として、核熱モジュールを搭載した機体が遠距離便と遠距離輸送に使われるようになる。ベネズエラが日本に虎の子の技術を全て開示した事になる。買収額の記述が無いが相当な金額に登るだろうと記事には書かれたが、実際は無償譲渡だった。プレアデス社も売却益で北朝鮮、旧満州で展開すると言いながら、自腹で拠点を構える格好となる。両社の事実上のオーナーが同一人物なので出来る芸当だ。各工場で生産にあたっているベネズエラ製ロボットとAI技術も日本に移管された格好となるのだが、そこはプルシアンブルー社だけに留まるので、外部に漏れる事はない。                  ーーー                               

山下智恵経産大臣が、週明けに発表となるPB Motors社の発表会場、横浜の赤レンガ倉庫にやってきた。旧知のスタッフ達がパーティション分けした区画の中で準備に追われていた。2月の真冬だが明日は晴れて日中の最高気温は12℃だと言うので、何とかなるだろう。 大臣が見慣れた車両に近づいて、勝手にそれぞれの車のボンネットを開けて、エンジンを覗き込む。新車というよりも、幾つかの従来車両に新エンジンのモデルを追加するだけの発表会となる。ボンネット内には芸術的な造形のV型6気筒エンジンが収まり、右下に大型バッテリーとモーターが備わっている。今までのプルシアンブルーのV型エンジンとは形状が明らかに異なる。この排気量2000CC V6エンジンはアンモニアで駆動する。ハイブリッドモーターとバッテリーが組み合わさり,130ps+65Psのパワーを発する。ガソリン小型車以下の出力なので、速度は然程出ないものの、ハイブリット化される事で加速感、トルク感はディーゼル車2000CCクラス並となる。何れ、エンジンの能力が上がれば、より馬力のあるエンジンが出来るだろう。                      

明日の会見で自動車部門トップのゴードンも明かせないのは、この2000CCのエンジンはベネズエラ・プレアデス製で、群馬工場で開発・製造されている。既に台湾とベトナム、マレーシアの自動車メーカーとの合弁企業リパブリック社が使う660CCのエンジンは、フィリピン、北朝鮮、旧満州のネブラスカ社の工場で生産される。これも元はといえばプレアデス社が設計している。PB Motors社はこの群馬工場、いや日本国内のプレアデス社の全ての工場をこの春に買収する。プルシアンブルー社が遂にベネズエラのモビルスーツ、航空機、アンモニア・ハイブリットエンジン、高速鉄道等の開発ノウハウと生産工場を丸々手に入れる。AIを日本製に切り替える工程だけが残るが、一気にベネズエラの技術力に追いつくことが出来る。       

会長のサミアがモリに直訴しての買収劇だが、ベネズエラ製AIの詳細は未だに分からないとサミアは言い、恐らくベネズエラはシンギュラリティに突入したとも分析している。開発と生産のデータを分析して、初めてAIとシステムの一旦が見えてくるだろうとサミアは期待していた。同じ時期に火星に到達した日本とベネズエラのロボット工学が、大きく乖離し始めたのも、双方のAIシステムの能力差によるものだ。核熱モジュール自体の開発は、プルシアンブルー社が原発設計者と北朝鮮の核弾頭ミサイル技術者を確保して開発した経緯がある。ベネズエラはこのタイミングで得た技術情報を元に、核熱エンジンの製造を実現し、宇宙用航空機、輸送機などで応用してみせた。サミアはベネズエラは核融合技術を手にしたのではないか?と推測している。火星基地との往来する時間の短縮、モビルスーツの機能の向上など、核熱技術を凌駕したデータ値を打ち出しているからだ。            

山下経産大臣は見知った元同僚達を見かけて歩み出す。
そこには北前社会党として、モリ以外の作戦参謀を初めて担い立案した、本名:杜 翔子、ショウコ・イグレシアスが、会長のサミアと副会長の樹里と歓談している。歩み寄る経産大臣・元プルシアンブルー社会長の存在に気がつくのも、翔子が誰よりも早い。山下は心のなかで舌打ちをする。
翔子は優雅に腰を折って、恭順の姿勢を見せる。自分が嫉妬しているのが分かる。彼女がモリのお気に入りなのが悔しいくらいに分かる。立ち振舞いも存在感も、そして全く本心を見通せない善人っぷりも実に見事だった・・。

均整の取れた裸体の翔子を 組み伏せて挑み続けているモリの姿が、何故か頭に浮かんだ。

(つづく)

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