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(4)心理的抑圧効果を、最大限に発揮してみる。

明後日オマーンの首都マスカットで開催されるACL予選に向かうために、茨城空港までバスで移動していた。
バスの座席に備えられているモニターで火垂と歩がニュースを見ていた。ベルギー・ブリュッセルとフィリピン・マニラ郊外で起きた殺人事件の犯人が囚人だったとアメリカ政府の高官が匿名を条件に認めたらしい。牢からの仮出獄を認めたとされている、法相とCIA長官が更迭予定で進めているが、間違いなく2人の判断だけでは無く、前大統領も同じ理由で辞任したのだから、副大統領から繰り上がった大統領も辞任からは避けられないという意見が大勢を占めていた。また韓国でも分かっているだけで6人の失踪事件が起きており、この事件との関連性も米国の犯罪者が複数名が野に放たれているとの情報も重なり、引き続き調査中だと言う。
映像が切り替わって、アメリカとメキシコ国境が封鎖され、サンドバギーとロボットが国境沿いに配備完了した光景が映し出される。アルゼンチンとイタリアの自宅を警備しているロボット達と同じだなと思いながら火垂が笑う。    
中南米軍が国境を全面封鎖し、アメリカからの越境者、移民希望者を堰き止め、同時に南北アメリカ大陸横断鉄道の建設作業も中断したと、メキシコ大統領が会見で告げる。当然の判断だろう。

「アメリカは何人の犯罪者を、どのように整形させて牢屋から出したのか、各国に即刻公表すべきだ。ここまでの事件の被害に遭われた方々も含めて、これ以上新たな事件を生み出したなら、その責任は全て、アメリカ政府に伸し掛かると明言しておこう。勿論、そんな政府を容認したアメリカ国民の皆さん一人一人にも責任は付いてまわる。我々中南米諸国は、小さなお子さんやお年寄りがいらっしゃるご家族連れを除いて、一切の救済を施さないと決めた。責任から決して逃れる事は出来ないし、あなた方政府関係者にどのような制裁が必要なのか、遺族や被害者が願う内容は極めて重い内容になるだろう」
怒りを堪えながら話す、メキシコ大統領の姿が印象的だった。               
国境周辺では突然の閉鎖で混乱が既に生じている。しかし、アメリカ政府の対応を人々が知っているだけに仕方がないと理解されてしまう、民衆に否がある訳ではないのだが。    
実は完全閉鎖ではなく、アメリカ側に拠点がある中南米諸国が運営する紹介所は開いており、子供連れの家族は特例措置として、バスに乗車して国境を越えていった。
経済活動以外のアメリカへの支援は全て停止したが、カナダに対する中南米各国、中南米企業の支援は継続されていた。世界の視線はアメリカ政府の対応に向けられていた。         

「大きな代償になったな・・この先、アメリカは復権するだろうか」 火垂が歩に顔を向ける。 

「どうだろう、日本がどの程度支えるかに掛かってくるかもしれない。四面楚歌の今の状態を敢えてスルーして、民主党政権に交代してから、テコ入れするかもね・・」      

「しかし、犯罪者を放つっていう発想にどうして行き着いたんだろう?どう考えても、自滅するだけだろう、こんなの?」          

「指紋を消して、顔を整形して、偽名でパスポートを発行すれば分からないだろうと稚拙に判断してしまった。その判断自体が最悪だっていう分別すら出来なかったのだから、かばいようが無い。民意を失った政府や国のトップは、やることなす事裏目に出るっていうのは、嘗ての日本政府でも散見されたけど。これは流石に酷い」 

「政府の支持が高い時は、自然と民衆が望む政策が打ち出される。共和党なら、共和党員や支持層が喜ぶネタを繰り出す。しかし、人望が元々無い政治家や、口先だけで実行力が無い政治家が、相手の失策で世に出て、暫く選挙の必要が無いとなると歯車が空回りし始める。共和党の大統領、副大統領も選挙時の口先だけだった。「民主党とは違う、有言実行力を証明してみせる」と大風呂敷を広げて、所得倍増、高収入層の税率アップを公約にしたけど、実現するどころか、議論すらしていない。嘗ての自民党と同じだ。経済が落込む一方で、アメリカの裏庭だった中南米諸国は我が世の春を謳歌している。何とかして勢いを止めないと、国家存亡の危機に陥るとでも考えたんだろうか。クラスにもクラブチームにも必ず居るじゃない、足を引っ張ったり、先公やコーチにゴマする野郎が。その国家版が、大チョンボ続きの共和党政権だったっていう話だ。そもそもが民主党政権の悪口だけで勝った政権だからね」     

「上げ足取り・・まぁ、それだけで選挙で勝てるようになったアメリカ人の民度も、相当低くなった。政権のビジョンも政策も、何一つ語らずとも勝たせてしまったんだから」       

「平成の日本以下だよ、今のアメリカは。そこそこの軍事力はあったから暫くは世界の警察気取りで居たけど、軍事力まで中南米諸国に抜かれたら、完全に立場を失い続ける一方になった」

政治家の家に生まれたからこそ、意見がソレらしいものになってしまう。また、細やかな気配りもする。今は移動中のバスの中なので、他の選手の聞き耳にも配慮する。この場で父親や祖母たち家族を持ち出すと、偏った発言と受け止められる可能性があるので、一般的な内容に終止する。そのアメリカを封殺したのは間違いなくベネズエラであり、父親の判断なのだろうと思いながらも、兄弟間での暗黙の共通理解となっていた。   

モリ兄弟が日本でアメリカーメキシコ国境の再封鎖のニュースを見ている頃、国境封鎖された現地、アメリカ側の街や都市では、国境を越えようとしていた人々と警察との間で小競り合いが始まっていた。

この市中の騒乱を狙っていたかのように、シャッターを閉じて店舗の略奪や破戒を警戒していた店舗にマシンガンが撃ち込まれ、シャッターが蜂の巣のようになってゆく。ワザと鍵の箇所を狙ったので、シャッターを閉じた意味が無くなった。これで暴徒化した民衆の格好の餌食となる。   

銃弾を打ち込まれたのは、韓国系新興宗教が経営する、チェーン店のラーメン店や寿司店だった。マシンガンを連射したのは、この新興宗教から分派した「銃の所持」を教義に掲げる宗教団体だった。メキシコ国境沿いの各都市のチェーン店のシャッターが軒並み破壊されたので、民衆は真っ先に店内に押し入り、冷蔵庫の中の寿司ネタやラーメンの具材を持ち出してゆく。民衆の襲撃対象のトップバッターとなり、最大の被害者になってゆく。                    
店舗が襲撃されているのは店内の警報器と監視カメラで確認されているので、提携している韓国系の警備会社が駆けつけると、店内には大勢の人々が侵入しており、既に食料を獲得できずに諦めた人々が、店内を破壊している有様だった。  

また、サンディエゴ郊外にあるチェーン店の冷蔵倉庫が爆破され、煙を上げているという通報が消防署に入り、消防車と警察車両が一斉に倉庫へ向かう。通報したのも襲撃した組織の者達だったが、数多くの公共車両が集まってきたのを確認すると仲間の元へ「破壊完了、夕焼けに炎上する様が見事なまでに景色と調和している。物凄い達成感だ・・」と連絡する。   

同じタイミングでサンディエゴ、ロスアンジェルス、サンフランシスコ、シアトルの教団施設が一斉に爆破された。プラスチック爆弾やマシンガン等の武器は全て米軍からの盗品で、足が出る心配の無いものだった。教団の攻撃隊を統括指揮するマキシム・コフトンは、教団幹部の元へ連絡すると、その後行方をくらませる。

「作戦は成功裏に終わった。これより帰投する」と韓国に居る「相棒」に続けてメールする、「西海岸側は終わったぞ」と。
中南米軍では特殊部隊の同僚だが、この宗教団体では縁もゆかりもない他人同士になっているキム・ソンスは、マキシムからのメールに「お疲れさま」と返信すると、待機していた車両を走らせ、ソウル市内のチェーン店に順次、手榴弾を投げつけてゆく。韓国製の手榴弾は随分と控えに破断したが、シャッターの降りた店舗の前を粉砕するには十分の破壊力だった。キム・ソンスの投擲能力は見事なもので、左右の店舗には被害が及ばない。運転手を務める教団の同僚は感心した顔をして、キム・ソンスのコントロールを称賛し続けていた。

韓国内の店舗や某教団の施設が夜明け前の時間帯に攻撃されていると、各市の警察に通報が寄せられる。深夜担当の警官達が飛び起きて、パトカーで現場へ向かう。圧巻は店舗に放たれた手榴弾ではなく、このチェーン店を経営する教団施設にロケットランチャーが打ち込まれて、神殿のような建造物や、信者が集う講堂などが次々と破壊された惨状だった。宗教団体が所持している兵器とは思えず、また、教団の武装組織が簡単に操れる兵器でも無かったのだが、何故か操作に慣れた者たちが何名かいたようだ。          

旧統一教会は、他界した教祖の後妻が後任となった本体組織と、教祖の息子達が2派に独立分派した団体とで3団体で対立する関係にある。   
「家族を最も重視する」と教義には掲げていながら、教祖亡き後の家庭環境は、相続と利権の分配でモメる、強欲人の集まりに過ぎなかった。
死んだ教祖には妻を見る目は無かったし、息子達の教育にも失敗していた。宗教としての胡散臭さに輪をかけるだけの幹部達なので、特殊部隊員達には何の後腐れもなくブッ壊し甲斐があった。アメリカ製のロケットランチャーを放つ度に建物が大音量と共に崩れ落ちてゆく。弾を撃ち尽くし、タダの筒でしかなくなる兵器を放棄して一斉に逃亡する。ロケットランチャーを放ち、手榴弾を投擲し続けたメンバーは集合場所に現れず、行方不明となる。               
先程まで仲間だった者達と分かれて海岸を目指すと、浜辺にポツンとある手漕ぎボートを浜から海中にズルズルと運んで乗り込む。韓国の海岸部で6艘のボートや小型漁船が沖合に向けて、動き出している頃だった。海岸から一定の深さがある場所まで到達すると、一人が発信器のスイッチを押す。後は迎えを待つだけだ。やがて潜水艇が迎えに来て、数時間後には北朝鮮の中南米軍海軍基地に入港する。              

アメリカ西海岸の教団施設や関連企業、韓国内の教団施設や店舗が一斉に同時に襲撃され、主要な建造物が殆ど壊滅的に破壊されたというニュースが、アメリカと韓国で報じられる。韓国は夜が明けた早朝、アメリカは既に夜になろうとしていた。日中の騒乱に乗じた大胆な犯行と報じられていたが、どちらの国でも死傷者はゼロだった。

この主要施設と店舗の襲撃により、教団の地方にある布教拠点の各施設は残るものの、統率する教団本体の建屋は藻屑と化した。組織として運営出来るとは思えないほどの破壊が行われたと、教団のスポークスマンが声明を出した。また、犯行声明文を掲げて、武力闘争に転じた対立する宗教団体を非難していた。

ーーー                  
国家独立を問う国民投票の実施を、この週末に控える北朝鮮・平壌にモリ一行が降り立った。日本からやってきた妻のモリ・ホタル官房長官が空港で一行を出迎える映像が流れると、夫婦でアメリカへの対策なり、罰則でも協議するのではないか と、集まっているマスコミが邪推しながら取材していた。

「官房長官が国を離れてばかりで、いいんですか?」
およそ夫婦とは思えない口調で、モリが握手しながら義母の金森鮎に尋ねると、「あなたの長男であらせられる太朗ちゃんが、立派に副官房長官として代行してくれているから、大丈夫よ」と鮎が言って、笑いながら握り返す。表面上では夫婦だが、お互い別の国の閣僚なので握手を交わす。日本人同士なのでハグし合ったりまではしないが、握手というのもやってる本人達は違和感を感じていた。全てはマスコミがカメラを廻しているからなのだが。            
集まった記者の質問に応じる姿勢を見せると、モリ夫妻が前に出て、大統領秘書官で養女の杏がモリの背に隠れる体制を取った。       

「お二人のご子息が巻き込まれたブリュッセルの事件で、犯人がアメリカの元軍人の囚人だった事が判明しましたが、この件についてお二人からコメントをいただきたいのですが」
モリは官房長官と目配せして、発言を鮎に譲った。モリが事件に関してはコメントを避けたのも、メキシコでの自身の発言が再びに取り沙汰されているからだ。

「アメリカ側からの発表をとにかく待っています。作戦だったとするならば、卑劣な非人道的なモノと断定するしかありませんし、顔を整形して指紋を消せば本人特定出来ないと判断したのは、余りにも稚拙だったと言わざるを得ません。亡くなった方々、今尚、治療に当たられている方々の事を思えば、怒りしか湧いてこないのも当然です。アメリカは殺人テロを計画し、実行したのですから、一刻も早く 相応の対応と説明をすべきです」
ホタル官房長官としての発言に、夫である大統領の表情を重ねて読み取ろうとする映像だった。当然、モリは目を閉じてじっとしている。

「大統領からもコメントをお願いします」と声が掛かると、カッと目を開いて発言した記者を睨んで見せる。
ここで発言しようものなら、開戦といった流れになる可能性もゼロではなくなる。ただ表情で怒りだけを表すだけで、この場の問いに対する姿勢としては十分だった。記者達が困惑しているのがアリアリと分かる。暫し、無言となった場を日本の官房長官が察して、コントロールし始める。

「どなたか、お隣の韓国での失踪事件の状況をご存じの方がいらっしゃいましたら、教えていただけないでしょうか。3人目の犯人だとするなら、この北朝鮮でも国境警備や入国審査強化維持をつづけなければならないでしょうし」    

記者達がホッとしながらも、捜査の進展は誰も聞いていないと答える。韓国大統領の余計な一言が、捜査を難しくした事実をモリ夫妻が少なからず関心を持っていると「想像させる」事に成功する。

「そうですか、韓国側の捜査を待つよりも、アメリカが何人の囚人を正体を隠蔽して、開放したのか公表した方がよっぽど早そうですね」
官房長官殿が呆れた顔をして発言したので、韓国の大統領の低迷していた株はダダ下がりとなるのと同時に、アメリカに対する再度の牽制となる。たった一つの問いに関する この映像が「各方面に与える圧力を瞬時に計算できる官房長官」という国際評価が成される遣り取りとなる。後方で官房長官の発言を録音している杏には、政治家になる上での学習になる。後で杏から、発言の趣旨を訊ねられるのだろうが。    
韓国メディアの記者が手を上げたので、鮎が指名した。支局が平壌にあるのだから仕方がないと思いながらも、何の話なのかは予想は付いていた。

「ソウル郊外とアメリカの西海岸の統一教会の施設や教団が関連する店舗が、対立する宗教団体から攻撃されて破壊されました。お二人はこの事件をどう思われますでしょうか」  
鮎とモリが譲り合うが、目が譲らないわよと訴えているので引き受ける事にした。     

「団体同士の争いだとするなら、私達がコメントするまでもありません。日本国内では既に解散命令を出しており、存在しない団体です。敢えて関わる必要もありません。ただ北朝鮮にとっても日本にとっても隣国での抗争ですから、余波が及ばないように韓国籍の方々の出入国には注意を払う必要が出て来るでしょう。また、物騒な武器がアメリカでも韓国でも使われたようだと聞いておりますので、一体両国の警備体制はどうなっているのか、甚だ疑問に感じています」
モリが発言すると一斉に記者達の手が挙がる。喰い付いてきたようだ。        
「物騒な武器とは、どのようなものでしょうか?」鮎に指された日本人記者が発言する。

「衛星の画像を解析したので詳細の兵器名までは分からないようですが、アメリカでは爆弾か爆薬で建物を破壊して、店舗襲撃にはマシンガンのようなものが使われたようです。韓国では肩に載せて打つ迫撃砲かランチャーのようなもので、施設が破壊され、店舗襲撃には手榴弾が使われたようです。
もし、両国内でこの種の兵器が簡単に手に入るのならば、渡航禁止の勧告も検討しなければなりません。捜査情報の公開を求める指示を関係部署に出しました」

このモリの発言が両国の株価を引き下げる。日本連合が米韓に渡航禁止を宣言すれば、各国も追随するのは必死だ。日々の交易がストップする可能性が出て来る。使われた兵器の情報まで把握していなかった記者達には、期せずして特ダネを提供した事になる。

少なくとも両国の政府は渡航禁止を宣言されると死活問題になりかねない。捜査中の秘匿事項までバラされたので かなり焦る筈だ。

「衛星画像は提供しようとは考えていません。関係の無い団体から敵視されて、我々が攻撃されたくはありませんので」モリが最後にそう言いながら一行はその場を去って車に乗り込んだ。   

ワンボックスカーの隣席に杏が、向かいの席に鮎が座る。鮎がニタニタと笑っている。兵器名を証したので、米韓政府が慌てているのを想像しているのかもしれない。何しろ、軍の兵器が犯行に使われたのだから。この3人で軍の兵器だと知らないのは・・杏だけだ。   

「ロケットランチャーとか手榴弾って、宗教団体が持ってるものなのかしら?」
杏が隣に顔を向けながら独り言のように言う。

「本当に持っていたとしたなら、武器や兵器の入手ルートの調査が優先されるだろうね」
モリが言うと鮎が笑顔を浮かべながら頷く。モリは「笑いすぎだ」と視線で訴える。    

「何にせよ、国内が無秩序状態にあるって事よね。ホント、何が起きてもおかしくないわ」鮎が真面目な顔に戻って発言する。      

「鮎先生が、冒頭のブリュッセル事件の質問の回答の後で韓国の失踪事件に触れましたよね?あれがアメリカの対応を促すものだっていうのは分かったんですけど、先生が回答しなかったのは、どうして?」杏がまたこっちを向いて、問いただしてきた。       

「先ず、大統領の発言って慎重を期すものだっていうのは認識してるよね?何でもかんでも答える必要は無いんだ。ましてや、人命が失われた事件に対するものであれば尚更慎重になる。メキシコ国境を目指してきたアメリカとカナダの難民が流入し始めた時に、アメリカが囚人を送り込んで来たんだけど、囚人リストを国境警備の担当者たちは手に入れていたので阻止することが出来た。
その時 ベネズエラ大統領がなんて発言したか、覚えてる?」        

「あ!ホワイトハウスをミサイル攻撃するぞって、先生が脅した時だ・・そうか、ブリュッセルの殺人行為の後で同じコメントをすると、それこそ報復攻撃を示唆するようになってしまうって事かな?」
鮎が正解と言いながら杏に拍手する。

「彼は黙ってた方がアメリカには効果的なのよ。今回の場合は特にね」とウインクする顔がモリには娘の蛍にしか見えなかった。        

今回の訪朝の目的はマスコミが邪推した、アメリカへの対応策を協議するのではなく、韓国の宗教施設破壊工作の顛末と教団に潜伏中の感想を、中南米軍の特殊部隊の隊員達から直接聞くことだった。本家本元とされる教団の施設を破壊した理由は、教団と派生組織の抗争を促す目的と、統一教会本体の経営を破綻させるのが目的だった。教団の主要施設も破壊されたので、再建に向けた出費で、首が回らなくなると考えた。施設を再建するにしても、資金源である合成大麻も、飲食店経営も絶たれたので、信者からの寄付金に縋るしかない。ここで強制献金の疑いが持たれれば、教団は解散せざるを得なくなる。今頃、各地に放置された武器や兵器の数々が、米軍や韓国軍からの流出品だと判明して、アメリカ政府も韓国政府も情報漏洩に必死になっているだろう。アメリカの騒動、騒乱に乗じて、米国内の教団関連企業の建屋も完璧に破壊したので、資金難に直面し、会社更生法や教団支援を訴える動きが起こるだろうが、今のアメリカや韓国にそんな余裕は無い筈だ。 

各国のマフィアや暴力団などの反社会的な団体を解体してきた特殊部隊の隊員や将校が、3団体のニセ信者として教団に入信し、教団の自警団や機動部隊、教祖の護衛と言った役割でそれぞれ配置し、暗躍してきた。

隕石で合成麻薬の貯蔵庫を破壊すると、資金源を絶たれた各団体を焚き付けて、抗争を始めるように仕組んだ。店舗、施設を爆破し「相手が本気で闘いを挑んできた」と火に油を注いできた、これまでの10日間だった。
嘗て日本の信者から巻き上げた金で造成した、神殿のような建物やイベント会場として使われる大型のドームは隊員たちが隠し持っていたプラスチック爆弾で爆破されて、木っ端微塵となった。宗教団体もまさか軍の兵器を使ったとは思うまい。しかし、警察に追求されるのは実際に兵器を利用した教団だ。         

韓国と中南米軍で防衛協定を結んだのも、韓国内で特殊部隊が暗躍しやすくするのが目的だった。今回の宗教団体への襲撃もそうだが、韓国から北朝鮮への宗教界や思想の「異分子」の流入の阻止の役割も担っている。新興宗教、韓国2大政党の北朝鮮進出を妨げ、韓国文化の流入も徹底的に阻止する。北朝鮮には日本と旧満州のトレンドを浸透させて、韓国とは異なる独自文化を醸成する。北朝鮮の文化の方が、韓国に影響を与えるようにするのも、さほど難しくは無い。経済的な格差が北朝鮮と韓国の間には存在している。経済的な優位がある先進的な文化が「思考の壁」を無意識の内に北朝鮮の人々が持つようになる。   

「あんな宗教・邪教が根付いたのは、韓国社会が病んでいるからだ」「経済的に敵わないので、結局は中南米軍の庇護を求めた。背景には2030年代の日本連合との競争敗北がある」等といった事実が北朝鮮の人々の自尊心を擽り、「韓国・中国よりも北朝鮮は上位にある」といった雰囲気を自然と身に纏うように誘導している。

北朝鮮総督府の総務省がメディアを掌握し、北朝鮮領内の人々の自発的な文化を醸成し、文科省が最先端の教育を施してゆくので「遅れた韓国、中国から学ぶものは何も無い」と結論付けられ、これが浸透すると北韓総督府と中南米軍は手数が掛からずに済むようになる。

嘗て、南米の最貧国でお荷物だったベネズエラの人々に自信を持たせて、自立するに至ったプロセスを北朝鮮でも踏襲している。共に優位になった背景にあるのが日本の技術力なのだが、ベネズエラ企業、北朝鮮企業として成長を高めてゆき、各企業の要職で朝鮮族とベネズエラ人を採用し、高給で仕事の成果に報いていった。自社製品や技術が韓国や中国企業など相手にすらならないと浸透すれば、文化の流入はなくなり、単なる観光地と安価に過ごせる海外拠点の一つに成り下がる。韓国料理よりも北朝鮮料理だし、中華料理よりも台湾料理の方が上だと結論づいてしまったので、観光しても、食事だけは期待できなくなるのだが。

西海岸、ハワイ島、韓国・ソウル郊外の3箇所に隕石が落ちた理由を、アメリカは薄々察している筈で、どの国の技術によるものなのか検討も付いているだろう。国内の教団施設や関連企業が破壊されたのも、どの国が関与しているのか疑いながら、現場検証や爆破物鑑定を必死にやっているかもしれない。アメリカだけが知る「絶対的な抑止力」をベネズエラが手にした意義は大きい。今後、アメリカが再び、何かしら良からぬ事を企もうものなら、何時でも制裁対象となりうるとアメリカが理解し、ベネズエラの有効な牽制手段となる。

北韓総督府の執務室に入って、越山総督と櫻田外相と、日本のモリ・ホタル官房長官と短時間の3カ国会談を終えると、秘書官の杏が、越山と櫻田に付いて部屋を出ていったので、モリホタル官房長官である金森鮎が、これ幸いとばかりにモリに尋ねる。

「共和党政権が一方的に何かに恐れを抱いているのに、主要なメディアの論調には、制裁とか、部分的な攻撃といった表現は出ていないわね。共和党を支持する宗教系のメディアや、ゴシップ紙は、中南米軍がワシントンDCを占拠するとか、ホワイトハウスがミサイル攻撃されるとか騒いでるけど、民主党は至って落ち着いているようにも見えるのは何故?」

「それはウチの国連大使とカナダ・アメリカ大使の二人の働きによるものです。ニューヨークに居るベネズエラ国連大使は政府の要人・・国務長官と国防長官を担当しています。中南米軍の攻撃能力の一部分を伝えて、ベネズエラ政府がどれだけ今回の事件を重く見ていて、共和党政権をとっちめてやろうと議論を重ねている真っ最中だと伝えています。
ワシントンの日本大使館付の我が国のアメリカ・カナダ大使のサラディン・ザクレイは、野党民主党と北米主要メディアと懇意にしています。ブリュッセルとマニラの事件で中南米軍による警察捜査のサポートがどのようなもので、犯人をどうやって特定したのか、情報のリークをしています。ベネズエラは今回の事件を受けて、共和党政権をお役御免にしようと考えてるって感じで、サラディンが囁きます。だから、両党と両党の味方のメディアが間逆な動きをしてるんですよ」  

窓の外の若葉を見ながらモリが明かすので、鮎は驚く。「だから、民主党は弾劾手続きに動きだしたって、ワケ?」           

「ええ。9年前、僕がベネズエラに来るきっかけになった民主党の大統領も、大ポカをやって弾劾寸前まで行きましたが、敢えてレームダック状態にして任期を全う扠せましたよね?今度ばかりは、民主党に権力を与えます。こうやって双方の政党をベネズエラは揺さぶり続けるんです。アメリカが嘗て、自民党の派閥を揺さぶって首相の首をすげ替えたようにね」

「あなた、ひょっとして、北米を中南米諸国に包括しようとしている?もしくは支配下に置こうとしている?」

「しませんよ。そんなことをしたら、後世の中南米諸国のリーダー達の中に北米を属国にしようとする右派が台頭し、罷り間違えて独裁者が生まれるかもしれない。それこそ20世紀の帝国主義の再来となってしまい、本末転倒です。中南米諸国は、北米の2大政党を定期的に役割を交代させて、彼の国の政治力が育たないように目を配り続けるんです。北米に強大な国が2度と生まれないようにね。どうでしょう、イギリス並の政治力くらいに弱体化したんじゃないでしょうかね。アメリカ、カナダの政府も議会も」      

モリがこちらを向いて窓枠に凭れ掛かる。その微笑みを浮かべた顔を見て、鮎はゾッとした。嘗ての主従関係の逆転を想定していたとは、全く想定していなかったからだ。         

ーーー                 
西海岸の教団の施設や店舗が攻撃を受けた話どころでは無かった。アメリカ政府は、朝からベルギーとフィリピンの殺人事件とメキシコ国境封鎖による騒乱の対応で忙殺されていた。報道官の定例会見では、宗教団体施設への襲撃に関するマスコミからの質問には「事実関係の調査中」として反故にすると、マスコミも反発し真相を一刻も早く公表すべきと声を荒げた。        
「複数事案に対応できない政権だ。史上最低支持率の更新は確定したといえよう」と政府を煽っても、それでも動かない。         

マスコミは2月に記録的な寒波が来襲した際に発生した、メキシコ国境を目指す「難民」問題を取り上げる。当時は1000万人もの人々が越境して、中南米諸国が急増する難民に困り果て、挙句の果てにその難民達の中に牢の中の囚人を紛れ込ませて越境させようとした。越境してくる人々に面会したモリが、会見の場でカナダとアメリカの前大統領の名前を重ねて、非難の声を上げた。
ベネズエラ大統領は「墜とせるモノなら、墜としてみろ!」とカメラに向かって、ホワイトハウスにミサイルを撃ち込むと凄んでみせた。

両国の大統領が犯罪者を野に放った責を問われて辞任したのもつかの間、指紋を消して整形すれば分からないと判断したのか、凶悪犯で元特殊部隊員を牢屋から出した。結果、囚人は欧州にまんまと上陸し、ブリュッセルで犯行に及んだ。入国前の段階で一斉検挙して、強制送還したメキシコ国境よりも質が悪い。失敗を糧として捕まらないように偽装して、自白してアメリカに非難が向かないように、自殺用に青酸カリを渡していたのだから、釈明の余地など何処にも無かった。   

「アメリカに鉄槌と制裁を!」「ホワイトハウスをぶっ壊せ!」といったプラカードを掲げて、ブリュッセルとマニラにあるアメリカ大使館前でシュプレヒコールを上げるベルギーとフィリピンの人々を肯定的に受け止める人々が世界中に居た。            
「墜とせるモノなら、墜としてみろ!」とモリが発言した映像がSNSを通じてあちこちに拡散していた。

アメリカ民主党の重鎮がベルギー、フィリピンでの被害者に哀悼の意を表して、我が国による犯罪行為だ。共和党政府の対応が遅くて申し訳ないと、頭を下げた。
この民主党議員の発言を受けて「アメリカ政府が機能せず、無政府状態に陥ったかのようだ」とニュースキャスターが発言する。また 事態は悪い方向へ動き始めているようだとした上で、何故、犯罪者を牢から出したのか、犯罪者に無差別殺人を行わせたのは、政府に責任がある。政府はいち早く事実関係の説明をすべき と学者や評論家が番組中でコメントする。事態は深刻な状況に陥り始めていた。アジアのメディアが、韓国とフィリピンの失踪事件でも、服役囚が関わっている可能性があると報じられると世界中の騒ぎとなる。何人の犯人が何処に潜んでいるのか、分からないからだ。

共和党政権が四面楚歌どころか、八方塞がりの様相を呈していた。          

(つづく)               

ええっと。
なるほど、なるほど・・。


あれ、やっぱり そうなんだ・・


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