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(11)製薬事業が齎す、各国経済への影響と、 日系人の移転と。


   世界各国に於ける死亡原因の上位にあったガンが治療可能なものに変わると、様々な変化が起こり始めた。日本もご多分に漏れず、小さな騒動が起こったのでー例として上げておく。
日本では数十年間、死亡原因の首位をガンが占めており、画期的な事態と歓迎された。
ここで、誰もが真っ先に心配したのが年金だ。十二年前の与党による年金改革で不安は解消されたとは言え、今回の治療薬の登場により、受給者が長命になればなるだけ年金支払い期間が続く格好となる。日本人の平均寿命が果たしてどの程度伸びるのか?需給のバランスに変化が生じるのではないか?と懸念の声が上がった。

世代別人口のグラフで見ても、未だ出産数の増加には至っておらず、高齢化社会比重の構図は何ら変わってはいない。故に年金の支払い額が増加するのは確実とだろうと、評論家やマスコミは指摘した。
ガン製薬が近々完成するのを事前に知っていた日本政府は、ガン製薬登場後の今後の年金の推移予測をスパコンを使って緻密な分析を行っており、その結果を公表した。年金の管理を厚労省から財務省に移管していたのも、幸いとなった。

政府の公表したデータによると、長年に渡ってガンの次点であった心筋梗塞、脳梗塞の死亡率が増加すると解析していた。内臓器官が年齢と共に衰えて来るので、人工臓器や血管再生などの代替技術の進歩が伴わなければ、ガンが致命傷とならなくとも、思ったほどには平均寿命は伸びないと分析されている。日本人は既に男女ともに平均寿命が80歳を超えており、数年は増えても、暫くそこで停滞するようだ。この数年程度の伸びでは年金に、影響は及ばない。
12年前から与党方針によってプルシアンブルー銀行の定期預金・年率5%で運営されており、既に最初の預かり期間の10年を過ぎて、複利を生み出している状況だ。
データ解析値によると、この堅実な定期預金の利益により、十分に賄える内容となると判断を下していた。

一方、世界の人口大国となると状況が少々変わってくる。日本の平均寿命までは行かないにせよ、ガン製薬によって上昇する。また、日本のように潤沢な年金制度は用意されていない。富裕層であれば問題はないが、大多数はそうではない。家族や家計の負担として、単純にプラスされてしまう。中国のように60歳以上の人口が数億人も居る国は負担となり、インドのように人口大国であっても平均寿命が低く、高齢者が桁違いに少ない国では、それほどでもない。それぞれの国の事情によって、家計の事情ひいては国に大きく影響が生じてしまうケースが出て来る。

また、日本を除く国で平均寿命が伸びることで、経済にも変化を齎すだろうと推測される。
真っ先に煽りを食らうのは、ガン保険等を販売していた保険会社だ。ガン保険そのものが不要となり、商品販売が停止となる。また、平均寿命が伸びることで「払い止めの生命保険」が保険会社に損になると分かって販売停止となり、契約者は、支払額が増えるだけの保険に疑義を感じるようになる。保険を解約して、素直に定期預金で貯蓄する傾向が顕著となる。やがて生命保険会社が商品を損害保険にシフトし始めて、損保業界が競争激化し、飽和状態となる。少ないパイを旧生保会社の参入によって奪い合う状況になるかもしれない。

また、高齢化社会が更に進む国では、介護養護事業・老人ホーム事業といった企業が幅を利かせるようになる。中国、インドネシアのような高齢者の多い人口大国では、より深刻な問題となると予想される。中国に至っては本来は社会主義国家なのだが・・彼の国は何も出来ないだろう。

日本では予てから少子高齢化の社会がやって来るのが分かっていたので、政府には対策を講じる十分な時間があった。プルシアンブルーが既にAIを齎した事もあって、働き手の減少問題にはAIロボットで対応する選択肢も選べる状況にある。つまり、労働者が減少したとしても、良質な製品を製造し輸出できる体制が既に用意されている。プルシアンブルー社だけを見ても、国内自動車、精密機器の主要部品の大量製造が出来る体制を整え、各種部品や半導体を各社へ供給可能な状況にある。
未だ公表は出来ない事情があるが、AIを実産業で効果的に使い、国の経済を維持・拡大してゆける唯一の国となる可能性がある。実際にベネズエラが実践したことで、その潜在的な可能性は立証して見せた。
介護事業も「介護AIサービス」が12年前から始まっており、介護の専門事業社は必要としない。今では市役所・区役所の行政サービスの一環となっている。重度の要介護者だけは別枠として、それぞれの役所の判断で、専門の病院や施設で請負うようになっている。

このように薬剤が齎す長寿命化と言っても、各国の経済事情や制度の違いで状況が変わってくる。人口が1億人程度までであれば、それほど影響は出ない。しかし、人口が2億を越えると、悲喜交々な状況が生じかねない。中国、インドネシア、フィリピン、バングラデシュ、パキスタン、インド、ブラジル、そしてアメリカが影響を受けるのではないかと見られていた。

アメリカもご多分に漏れず公的制度が整って居ない為に、基本的に個人負担となる。2億数千万人の人口の2割が高齢者で、今までは若年層が多いのがアメリカの強みとなっていた。そこへ日本のような長寿命化社会への移行が進むと、状況が変化する事が予想される。
老人を抱える家庭の負担や行政負担が次第に増し、経済に影響を及ぼすのは間違いないと想定されている。公的補助をこの2034年の時点で始めるには遅すぎる。当時、オバマケアを私的な怨念だけで撤廃した、おマヌケな大統領はどこの誰だ!と、マスコミが共和党を糾弾し始める事になる。

民主党政権に、ようやく風が吹き始めようとしていた。

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モリが病院にやって来ると、自衛隊病院に激震が走った。大統領に何があった?整形外科に向かったというので、病院長達が走った。
ドアを開けると、レントゲン技師が静かにと指を唇に立てた。ベットの上の大統領は変な体勢をしていた。腰か?それとも骨盤か?
病院長は何れも要の部位だけに「日本一時帰国、已む無し」の言葉が脳裏を横切った。

何枚か撮って、レントゲン技師がポーズを決めにベッドに近寄る。「イテテテ・・」モリがそう言うと、汗が浮き出た。これはイカン!と思った。何枚か撮った後で終わったようだ。「山田くん!」病院長がレントゲン技師に掴みかからんばかりの勢いだっ。

「大丈夫です。異常は何もありません」

「では、新種の疼痛か何かかね?」

「いえ、痛みも何もないそうです」

「では、何故!」

レントゲン室からモリが出てきた。「病院長、彼は何も悪くありません。悪いのは私なんです」「悪いですって? どこが悪化したんですか!」

レントゲン技師とモリが顔を見合わせて大笑いした。病院長は何故笑うのだろうと訝しんだ。

レントゲン写真を貰って病院を出ようとしたところで、騒動となった。
「どこが悪いんですか」「いやどこも悪くありません。検査で来ただけです」「その封筒の書類は?」「あー、私が執務で使うものです」「でも、病院の封筒ですよ・・」と病院にいた人に囲まれて、難儀した。これがきっかけで難病説なるものが広がってゆく。
以降、教会でモリの健康を祈る人々が増えたらしい。

大統領府に帰ってきて、レントゲンをあゆみに渡すと早速スキャナーでデータに取り込んで、圭吾に送った。同じ角度でレントゲンを撮って欲しいと。
兄のプレーに憧れていた圭吾は、早速 動いた。平壌に居る歩も、あゆみと圭吾に言われると従わざるを得ない。レントゲンを撮ってくる、と同意した。

モリはその日の夕方、普段着に着替えて、メガネを欠けてベースボールキャップを逆被りして、護衛も連れずにジープに乗って、子どもたちのサッカーの練習を見に行った。練習見学のお母さん達のスタンド席の後方に陣取って息子達の動きを見ていた。NYに10年間居たので、この子達のプレイは映像でしか見たことがなかった。上の子供達とは異なり、一緒に過ごす時間がどうしても希薄となってしまった。ベネズエラの滞在時間で出来るだけ取り戻して行こうとは考えているのだが、男子なので基本的にほったらかしとなるだろう。

4人で一番上手いのは桃李だった。キッカーではなく、パス出しのセンスがいい。全体を常に見回し、考えて動いている。視野が広いのか、パスのタイミングと狙い所がいい。今日は混成チームになっているが、コーチは桃李をボランチで使い続けていた。

零と零士は動きがよく似ている。2人共ボールのコントロール能力が高いので、相手をいなす様にキープし続ける傾向がある。子供なのでまだいいが、将来的に南米では危険だ。持ち続けていると怒りを買い、歩のように削られてしまうだろう。今後の修正ポイントとなる。

一志の足が早いので驚いた。コーチは右サイドバックで一志を試していた。センタリングも上手く、ボールのコントロールもいい。4人でキッカーを努めるとしたら一志が向いているかもしれない。

自分の子のそれぞれの特徴を把握してメモを取ると、クラブ全体の状況を見回していく。
グラウンド自体はチャベス期に造成されたので素晴らしいのだが、ボールを初めとする物が足りないように思えた。ゴールネットも穴ぼこだらけだ・・それぞれのチームに共通した問題なのか調査して、出来るだけ必要な量を用意しよう・・
零士・一志が言っていたように、コーチ陣には親近感が湧いた。サッカーをよく分かっている人達のように見受けられた。

その後、2つのグラウンドで4チームに別れてゲーム形式で望んだのだが、Aチームに4人が入ったのには驚いた。4人共嬉しそうな顔をしている。日本からやって来た4人が、いきなりAチームになると、従来から居るチームメイトには面白くないかもしれない。
実際、AチームとBチームでゲームが始まると、4人へのプレッシャーは強かった。それでも零士が言ったように早いパス回しで牽制し始めると、そのプレッシャーも薄れていった。
相手が翻弄されている間に、一志のセンタリングと桃李からのスルーパスで零が立て続けに2点取った。2得点目でご機嫌な顔をしている。アシストの2人を褒めるべきだが、確実に決めたのも評価しない訳にはいかない。ひょっとすると零にはストライカーのセンスがあるのかもしれない・・
大体理解出来たので、バレない内にグラウンドを去った。

その頃、歩が旧北朝鮮新浦港の自衛隊病院でレントゲンを撮った。整形外科の医師は変形してしまった股関節を見て嘆いた。北朝鮮では対応できませんねと。元よりそれは分かっていた。レントゲン写真を貰い、事務所に戻るとスキャナーに取り込んだデータを妹に送った。

データを受け取ったあゆみが3人の画像をスパコンに取り込み解析させた。処置方法案が幾つか出てきたのが意外だった。期待を持ちながらAIも使って更に解析していくと一つの方法が導かれた。アメリカで手術をすべきだと。

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翌日、マルガリータ島の市長とネットミーティングに望んで、年末に近海でこの新型船で漁をした。そちらの漁港に獲物を持ち込んだのです、と話をすると「おお、伺っております。大統領の獲ったアジとして売られていたくらいですから」と相槌を打った。
そこでこの船で観光漁業をしてはどうでしょう?と話を持ちかける。
なるほど、漁師達にも収入になりますな・・と市長が考え始めた。

「100人乗りで足りないようなら、もう1隻出します。これで旅行客に愉しんで貰うのです。ただ、毎日これだけ捕り続けると生態系が心配です。それで、養殖を漁港周辺で行いませんか?小アジを陸で育て、海へ放流し、鯖やカツオを養殖するのです」

「あぁ、それは閣下が日本で始めた海上ソーラーですね?」

「ええ、日本では大抵サバでした。養殖に向いているのです。それで不漁期は養殖魚を売るのです、それから、養殖魚をカラカス、バレンシア市内にも流通するようにして頂きたい」そんな内容で大筋合意し、PB Marin社が双胴船を持ってマルガリータ島を訪問する事になった。

カリブ海はマグロ系だとカジキマグロになってしまう。どうしても熱帯の海なので、アジ・サバ・カツオ以外は身が柔らかい。そこが調理の幅を狭めてしまう。寿司ネタとしてはアルゼンチンに委ねるしかなく、黒マグロとサーモン養殖も、海洋国家アルゼンチンに任せるしかない。
今回で言えば、漁師と観光を重ね合わせる事で、互いにメリットが出ればと考えていた。
モリの発想は毎度こんな感じだ。リゾート地での雇用や観光産業の育成、耕作放棄地の開拓民の募集、工場労働者採用で積極的に移民を採用し、ベネズエラ国民をその気にさせる。マルガリータ島だけでなく、各市の特徴を活かして振興策を打ち出してゆく。

すると近隣各国含めて人が集まり、ベネズエラ国民の就業への意欲を促す材料として効果を上げてゆく。「自国民が働かないから、大統領が他国から人を受け入れるのだ」とベネズエラの人々が恥じるようになり、働かずにベーシックインカムに縋る人々を非国民扱いする風潮が生まれつつあると言う。この報告が事実ならば、更に一定数の人材を集って、ベネズエラの人々のやる気を促してみようと考えていた。一時は2000万人を切った国内人口も、他国からの人材の受け入れで2000万人を回復し、数年後には500万人は増えるのではないかとAIが推定していた。
それでもベネズエラには人々を受け入れる土地ははまだまだ幾らでもある。

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ベネズエラの隣国、旧英国領ガイアナとその隣旧オランダ領スリナムの隣がフランス領ギアナだ。ガイアナにはMI6が、仏領ギアナには仏軍の諜報部隊が入り、ベネズエラの領内を隈なく調査していた。お互いが工場でかち合うこともあって、苦笑いしながら会釈していた。
フランスも、大いに関心があるのだろう。MI6が調査を始めてから腑に落ちない点があった。確かにキューバ、ハイチ、アルゼンチン、ボリビア、それにベネズエラ国内工場と、数多くの製造拠点を作っているが、その生産数と出荷規模が全く噛み合わなかった。

最初はウクライナやビルマなど、別の大陸にある工場からの製品を持ち込んで、偽装しているのかと疑ったが、そういった回りくどい操作はしていない。空港への物質と港に届く物資はベネズエラの輸入規模に即しているように見える。
どこかに秘密の工場でもあるのかと偵察衛星やGmapで見ても、そのようなものは見つからない。まさか、地下に工場を作りもしないだろうし。

港で荷物を運び入れている様を見て、あの集配をしているドローンに探査機を付けてみようかと考えた。そうすれば工場の場所も分かるだろう・・
よし、そうしよう。戻ったら本国と相談だ。
では、寿司屋に行って飯でも食うかと、AIロボットがいる店に行ったら、この日は女性がいた。変わった白い服を着て、頭に白い布を被っていた。
「こちらのお席へどうぞ」割烹着姿の彩乃に席に案内されると、同じ格好をしたモリの娘が居た。注文を取っているのは・・フランス領ギアナの皆さんだった。またお互いで会釈した。あゆみが察知して「ご一緒の方がよろしいですか?」というと、英仏チームはどちらもいえいえと首を振った。

ベネズエラへの旅行者も急増していた。アルゼンチン航空のベネズエラへの大増便でアクセス数が増えた事もある。アジアからもPB Airline の音速旅客機で訪れる人が増えていた。利用客には音速を試してみたいという側面もあるのかもしれない。

ベネズエラも大統領府の人材が増えたこともあって、観光局を設立し、本格的にキャンペーンを張り出した。
アルバ、キュラソー、トリニダード・トバゴ、グレナダといったベネズエラ沖合の近隣諸島国家ともAI操舵の大型船で繋がり、AI船なので夜間以外は休むことなく、両国間をピストン輸送していた。4カ国の海洋リゾートへの訪問も含めた共同キャンペーンとなっていた。
このアイランドホッピングを考えたのは玲子だった。近いのに勿体無いと主張した。ベネズエラ国営ホテルがこの4ヶ国への進出を計画していた。

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やがて日系人コミュニティがカラカス市、バレンシア市郊外に出来た。主に日系ブラジル人4世、5世が家族連れで入居し、稀に3世も一緒だ。住居が用意されているので家族連れでも大丈夫と事前に理解していた。
生活ゾーンを分ければトラブルは少ないと見ていたが予想通りだった。幼稚園、小中学校も日系人だけで分けられる。高校から先は、ブラジルと同じ多民族社会で生活して貰う。
ベネズエラの人々が日本に対して寛容なのもプラスに作用した。モリの子どもたち5人も4月からカラカスの日系人小学校へ通う。

嘗ての日本政府は、4世は家族の日本国内への帯同を認めないという排他的な政策を取っていた。要は一時雇用者としか見ておらず、日本に根付かれても困るというスタンスだった。
まだ日本経済がそれほど低迷していなかった2010年頃まで、30万人居た日系人も経済が悪化するにつれて19万人に下がった。居心地が悪いし、経済が低迷してるから尚更だ。
ブラジルが新興国として経済が好調だったのもあるが、大量の日系人が日本を離れ、ブラジルに戻っていった。もう2度と戻ってくるかと、中指を立てながら。
自業自得の政策なので仕方が無いのだが、これで時の日本政府は困ってしまう。最底辺の労働者を失ったからだ。今度は2020年に掛けて「技能労働者」という肩書でアジアの人々を受け入れようと動き出す。医療だ看護だとスポットを当てつつ、メインはコンビニ、スーパー、農業でアジア人を使い始めた。やる事なす事、人道的にも不愉快な政策が罷り通る時代だったと言える。日本が人道的見地から外れた、非道国家のように見られた時代だった。

今となってはそういった采配をした連中も全てクビになっているのでいいのだが、ベネズエラが手にある今となっては、考え方も大きく変わる。同じ南米なので行き来も容易だ。日系4世のみならず、5世と言った若い世代が、新天地ベネズエラを試してみたくなるのも理にかなった判断と言える。

杏と樹里がこの日系人の移住に関心を持っていた。絶対に成功させなければいけないと。一体どうした?と思って聞くと、外人とハーフにとって、生活する環境として日本は不適切だと言う。実際、自衛隊が国際化して成功している以外は、排他的な思考はしっかり残っている。北朝鮮を統治している政府を快く思わない人達も決して少なくない。それでいて、韓国に一線を画する動きには諸手を挙げて賛同する。特に、昭和の世代に顕著に認められる傾向だという。
耳が痛いが、姉妹が過ごした日本での生活の実感が伴っているだけに、傾聴するに値する。

ブラジルを始めとする日系人には、日本で生活するよりもベネズエラの方がきっといいはずで、だからこそ、この移住プロジェクトを成功させて、日本からベネズエラや南米に戻って来るパスを作って上げたいのだとと言う。
手厳しい意見だった。2人がハーフだからこそ、日本で実感し続けたものがあって、日本社会に対して、2人は許容できないものがあるとはっきりと言った。
イタリア人ハーフですら、そう感じているのだから、アジア、アフリカ、中南米は推して知るべしということだろう。
日本も政治が変わってまだ十数年。完全な変革を遂げるにはまだまだ時間が掛かるのかもしれない。戦後は移民を拒み、外人の雇用も日本人が就労しなくなった業種を宛がう等、長年に渡って排他主義がまかり通った。今の年配層、中高年層が自然淘汰されるまでは難しいかもしれない。
過去の失政が齎した汚点ばかりが、日本社会で未だに散見されるのも事実だ。しかし、それが当然のものとして認識してきた人々は固執する。事実、自分達は一切なんの活躍もしていないのに、日本が再度の経済成長を遂げたのは「日本人が優秀な民族だから」と、吹聴する輩も決して少なくはない。実に恥ずかしい話だ。
いっそ、プルシアンブルー社をベネズエラ資本に変えてしまうというのも有りかもしれない・・そんな事まで、フト頭を過ってしまう。
だから、3社をアメリカ資本に変えてしまったのも、そんな愚かな日本人への警鐘を鳴らす意味もあった。

偶然なのか、必然なのか、日系人のベネズエラ移転と日本企業の南米諸国連合への進出のタイミングが重なり、好都合な状況となっていた。建設中の工場では、労働者の募集が始まっている。大統領府が狙ったのか、たまたまなのか、両者がうまくハマりだしてゆく。
日本企業も予想外の日系人雇用に喜ぶ。全員が日本語を話す訳ではないが、文化的な共通点がある分、やりやすさがあるからだ。ベネズエラへ進出した日本企業と、日系人の就労の話題が日本に聞こえるようになると、自分達も南米へ進出しようかと考える企業が出てくる。
進出する企業は、従業員の社宅については一切考慮する必要がなかった。ベネズエラ政府が公団住宅を提供してくれるというのもポイントだった。

このベネズエラへの日系人移動と、日本企業の工場進出は暫く続くことになる。勿論、ブラジルを始めとする南米日系人の全てが、ベネズエラに移動する訳でもないのだが、それでも100万人位の移動は生じるのではないかと、ベネズエラ政府は見ていた。それでも全体の人口は2100万人となる。
くどいようだが、国土面積は日本の2.5倍だ。もっともっと増えてもいい。30年前のチャベス時代は2600万人の国だったのだから。
このニュースで日本で流れると、日本に居る日系人も「ベネズエラへ行こうか」と考え出す。そしてアメリカ、カナダ、メキシコ、ホンジュラス等に居る日系人も反応する。最大はアメリカの140万人だ。日本を除く各国は経済的な低迷が続くと予想され、検討を始める家も少なくなかった。

ブラジルに次ぐ日系人コミュニティがあるアメリカでも、日系人達がベネズエラに注目していた。既に観光で訪れた方々が多くいる。アメリカよりも遥かに治安がいい、日本のような店も数多くあると、コミュニティ内で話されるようになっていた。
アメリカで雇用に恵まれなかった若者たちから、移民申請が少なからず届き始めていた。これも無視できない問題だった。ブラジルの日系人の給与に比べれば、アメリカ国内の給与体系は高い。ベネズエラの物価が安いとは言え、果してやっていけるのだろうかと悩んだ。
そこでアメリカ日系人のアメリカでの雇用を創出しようと企み始める。該当するのは4社だ。IndigoBlue Grocery、BlueMugs、PB Motors、ExxonMobilでそれぞれ募集をかけて貰う。アメリカでの仕事としては稼ぎは高い方ではないかもしれないが、ベネズエラに比べれば5−6倍以上だ。この収入差を受け止める体力は、今のベネズエラにはまだ無い。

その頃、金森政権は最後の選挙戦に望んでいた。圧倒的な支持率を得ながらも泡沫候補に一定の票が集まりそうだった。日本単独での自立、北朝鮮撤退、という個人的な希望観測を主張し続ける、老いた候補者に幾らかの理解者が集まったのも事実だった。こういった人々が集団を作りだすと危険だとして、監視体制を強化していた。驚いた事に、年配者が大半を占めた。幸いだったのは若い人達が極めて少数だったので、こういった世代が居なくなれば、日本はまた変わるだろうと政府は判断した。つまり放置して自然淘汰されるのを待つ。

お決まりの、6:4の比率で北前社会党と共産党が議席を分け合う格好となった。
暫くして、北前新党の首相候補者が出揃うと、一週間後に党内投票に向けて選挙戦が始まった。柳井氏の優位は揺るがない。地方票も国会議員票も柳井氏が抑えて、新党首に任命される思惑通りの展開で幕を閉じた。

金森首相は新内閣の組閣を待って、勇退するだけとなった。
その表情は9年間、国の責任者を担い続けた重荷から解放された、安堵の表情にも見え、久しぶりに義理の息子でもある夫と、仕事が出来るという希望の表情にも見えたと言う。

(つづく)

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