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自転車日本一周の旅7日目

朝7時過ぎ、支度をしていると道の駅に軽トラが入ってきた。作業服を着た天パのおじさんが降りてきて、自販機の方向に走ってくる。道の駅の人かと思ったが違うようなのでテントを片付けていると、おじさんに話しかけられた。

「なんだ、旅してるのか?」

昨日話をした大学生は出発していたらしく、すでにテントは無くなっていた。

「そうです」というと、おじさんは「いいなぁ〜!これでも飲んでがんばれ!じゃあな!」と言って缶コーヒーをくれた。

まさかの……すいません……ありがとうございます……。

コーヒーを飲んでから出発した。

最初は険しい道が続いたが、少し走ると平坦な道に変わる。木だらけの景色が開け、実った稲穂が一面に広がる。その景色を前にして「そっか!新潟県は米だ!」と気づく。それにしても田んぼが広い。3時間ほど走り、新潟市に入る。

朝は晴れていたが、新潟市に入るころには雨が降り始めていた。雨具は持ってきていない。雨が上がるような気がしたので、そのまま走り続ける。

僕の予想通り、少し走っていると雨はやんだ。ラッキーである。田んぼを見ながらしばらく走った。本当に新潟県は至るところで米が育てられている。住宅街に入っても、隙間さえあれば米が育てられている。

途中、スーパーでおにぎりを食べたが、確かに米が美味しかった。米が甘く、一つひとつの米をしっかり噛みしめられているような気がする。

市内を走り続けていると、だんだん田んぼが減っていき、徐々にビルや大きな施設が現れ始める。新潟市の中心部に入った。いきなり文明的な世界に変わったのでかなり驚いた。

田んぼも山もなく、四方をビルに囲まれながら走る。「うわ、たっかい建物だなあ……」とおのぼりさん丸出し気分でビルを見ながら走る。信濃川にかかっている橋を越えて、新潟駅の前に着いた。

(曇っていたのと、インスタグラムで変なフィルターを使っているのですこぶる景色が悪いような気がする)

12時を過ぎたので、駅の近くで昼食をとることにした。

新潟県出身の先輩から「北陸のカツ丼はタレだ」と聞かされていた。卵とじではないというのだ。スマホで駅近くにカツ丼屋があるというので、そこに向かった。

カツ丼屋は、駅近くの路地裏にあった。薄暗い路地を入ったところにあり、店も閉まっていそうだったが、店の中からサラリーマンが出てきたので営業しているらしい。

店はおじさん1人で切り盛りしているらしい。近所のサラリーマンが2組いたが、みんなおじさんと仲良しだった。ほとんど入れ違いで出て行った。

カツ丼を頼もうとすると、後片付けをしているおじさんに「なに、旅でもしてんの?」と言われる。

今日思ったのだけど、なんでみんな、僕が旅をしているとわかるのだろう?顔に「旅してます」って書いてあるのか?

「そうなんです」と言ってカツ丼を注文しようとすると「えぇ!どっから?」と言っておじさんに遮られた。

「滋賀県です。あのカツ……」「滋賀県!はぁ!すごいねぇ!」「カツ丼を……」「どこでねてんの?」「野宿してます……」「へーえ……」

そう言うとおじさんは右手に輪っかを作り、嬉しそうな顔でそれを上下し始めた。

「これはどうしてんのぉ?!」

うるせえよ!!!早く注文させてくれよ!!!とは言えず、「まぁ、やってないですねぇ」と言った。するとおじさんはニヤニヤ笑いながらエプロンをめくった。お尻を僕に向ける。

「どうだ!おじさんとやるか?!」

そう言っておじさんはガハハと笑った。その後もしばらく料理を注文させてもらえなかった。やっとカツ丼を頼んだが、おじさんは「えー、やめよっかな」と言って全然つくってくれない。なにが「やめよっかな」だ。

やっと料理を作り出した。適当な人だが、カツは注文してからパン粉をつけたりしていたので、それは意外だった。最高のパターンだ。これでまずくても逆に面白い。

カツを揚げる途中、訊いてもないのに振り返って「この店はね、もう30年以上やってんだよ〜!」と言われた。全然訊いていないが、30年はすごい。

少しするとカツ丼が運ばれてきた。

これで550円。価格崩壊だと思う。タレの甘い香りがたまらない。

カツ丼は甘辛く、とても美味しかった。白米がすすむすすむ。そしてお米がめちゃくちゃおいしい。卵とじのカツ丼も好きだけど、タレカツ丼も好きになった。これは名店……。大満足だ。

「新潟県でずっとやってるから、また食べにおいで!」

と言われ、店の外まで送り出してくださった。握手をして手を振りながら歩いていると、おじさんはまたエプロンをめくってお尻を僕に向けてきた。

バカな人、だが最高だ。

新潟県にきたら、また食べにきたい。

(追記:とても寂しいですが、2016年2月に閉店したそうです。おとうさん、お疲れ様でした。めっちゃおいしかったです。)

新潟駅を越えるとしばらく住宅街があり、さらに走るとまた一面田んぼだらけになった。日本海側には出ず、内陸側を走る。新発田市に入った。

住宅街の中をのんびり走っていると、道路が水浸しになっていた。なんだろう、と思って見てみると湧水が出ていた。無料らしい。

飲んでみると、かなりまろやかでおいしかった。空いているペットボトルに入れることにした。「どっこん水」という名前らしい。調べてみると、商品化しているのだそうだ。

そのまま村上市に入った。

村上市というと、なんとなく日本酒のイメージがあったので、近くにあった酒屋で日本酒を買い、実家とバイト先に送った。母は日本酒が好きなのだ。

そしてバイト先では、常連さんに「これでうまいものを食べなさい」とお金をいただいたから、そのお返しをした。とは言っても、いただいたお駄賃の方がはるかに高いのだけど。

酒屋でヤマトの伝票を書いていると、お店のおばさんに「旅をしているの?」と言われる。「そうなんですよ〜」というと、おばさんは「じゃあこれでも飲んで頑張って」と言って三ツ矢サイダーをくれた。ありがとうございます!

おばさん曰く、昔はこの辺りでも自転車で旅をしている若者は多かったのだという。だけど最近はめっきり見なくなったそうだ。

「がんばって走り切ってねえ!」と言いながら、おばさんが手を振って見送ってくれた。自己満足のために旅してるのに、応援してもらってばっかりだ。

そのまま海岸沿いの道にでて、1時間ほど漕いだ先にある「道の駅 笹川流れ」で野宿をすることにした。

道の駅は狭い道路沿いにあり、すぐそばは海だった。道の駅は夕方の5時半に閉まるため、今日もまた晩飯を食べるタイミングを失ってしまった。

チクショウ、と思ってテントを設営していると、逆方向から自転車に乗った若者が道の駅に入ってきた。

彼は信州大学の学生だという。北海道を出て、鹿児島を目指しているらしい。もう1ヶ月ほど走っているのだそうだ。

夕日が沈みかけていた。女の子3人組が海で遊んでいた。僕たちはその子たちを見ながら、自分たちが旅で見たものについて話をした。初対面だが、仲良くなった。

陽が沈み、暗くなった。さざなみに耳をすませながらダラダラ話をしていた。すると、さっきの女の子3人組がこっちの方に歩いてきた。この道の駅は電車の駅とつながっているのだ。

僕たちは気のないふりをした。旅で見たものの話をもう一度始める。

すると、彼は右後ろをずっとチラチラ気にしているのである。女の子たちの方だ。やめろ、と思っていると彼が視線を動かす。

彼は僕の右後ろを見上げた。

振り返ると、女の子3人が立っていた。「旅してるんですか?」と話しかけられる。その後、3人も加わり、地面に座って5人で話をした。彼女たちは新潟県立の大学生だという。かわいかった。

話が盛り上がった。うれしかった。

しばらく話をしたあと、彼女たちは電車に乗って帰って行った。たのしかった。

それからしばらくダラダラしていたが、眠くなったので寝ることにした。明日はいよいよ東北入りだ。

生きます。