自転車日本一周の旅8日目
朝5時に起き、信州大生とダラダラと話をしたあと、出発した。いいやつだった。彼は鹿児島へ、僕はひとまず北に向かう。お腹がすいた。まずは朝飯を食べないといけない。
左側に日本海を見ながら20キロほど走ってセブンイレブンに入る。一番近くのコンビニがここしかなかったのだ。ちなみに豆知識だが、セブンイレブンのウォシュレット率はほとんど100%である。ファミマは60%くらい、ローソンは40%くらいだ。
朝飯にコーラを飲み、カップ麺を食べる。今日も昼飯みたいな朝飯だ。だけどカロリーの高いものを食べないと、本当に体がもたない。チャリを漕ぎながら、アンパンやクリームパンを食べて炭酸の抜けたサイダーを飲んだ。
山形県に入る。山形県といえば龍上海である。日本で一番おいしいラーメン屋。行きたいが龍上海はとても遠いので、諦めてまた走る。
山形県は平野だ。庄内平野〜!という感じの平坦な道のりを走り、最上リバ〜!という感じの大きな川を通過して鶴岡市、酒田市の中に入っていく。すると、国道沿いに「650円!食べ放題!ランチバイキング!」という看板が掲げられているではないか。
僕はニヤニヤと笑った。これは「店の中の食材すべてを食い尽くしてくれ!」という店からのメッセージである。今なら僕はご飯をたくさん食べられそうだった。
僕にこの看板を見せたことを後悔させてやろう!と思いながら自転車を漕いだ。
しかし、いざ店に行ってみると、店の中は真っ暗で誰もいない。テーブルなどは置いてあるが人の気配もゼロだ。休憩か?ふとドアを見ると、ボロボロのチラシがドアに貼ってある。読んでみると半年前に閉店していた。広告下ろせよ!
結局、道の向こう側にある丸亀製麺に入った。めちゃくちゃ不本意である。ガッツリランチバイキングのはずが、うどんである。しかもチェーン。うどんにめちゃくちゃ揚げ玉とネギを入れて食べた。おいしかった。
丸亀製麺は水が冷たい。最高。すごく満足した。
平野が終わった途端に急にアップエンダウンがきつくなった。山をいくつも超える。酒田市を抜けて秋田県にかほ市に入った。上り坂でヒーヒー言ってるときに「秋田県」の看板が見えた。県境が上り坂のところもあるのだ。
秋田県は風が強かった。その上アップエンダウンが激しいので全然進めない。肉体的にそこそこ追い込まれて心が折れそうになった。呼吸できないほどしんどい、というよりも、疲労の蓄積で体が思うように動かなくなってくる。それがストレスになり、余計疲れるのだ。
ふてくされて実家に帰りたくなった。休憩がてら、スーパーに立ち寄ってアイスを買おうとすると、めちゃくちゃ美人な人が通り過ぎて行く。
秋田美人だ!
疲労が一瞬で吹き飛んだ。そっか、今もう秋田県か、と思った。
スマホで地図を見ると、琵琶湖が結構遠い。ここに来るまで7日間かかったということは、戻るにもそれくらいかかるということになる。そんなところまで、自分はすでにきているのだ。
っていうか、東北来てるんかい!おれ!まじかよ!
自分が東北まで自転車で来たことが信じられなかった。そして、そんな走ったら確かにしんどいよね、と自分で自分を労った。毎日100キロ以上走っているのだ。疲れても無理はない。
そう思うと気がラクになり、また走り出した。
結局、この日は160キロ走った。最後の坂は本当にキツかったが、ギリギリ走り切った。一流ホテルである「道の駅」が見えたときの達成感は言葉では言い表せない。
「道の駅 岩城」。ここが今日の宿である。
道の駅 岩城は、温泉施設が併設されており、300円で入れた。中にはいくつも浴槽があり、かなり広かった。体を洗っていると、横にきたおじさんが「君、もしかしてチャリ止めてる人?」と話しかけてきた。体を洗いながら話す。
おじさんは55歳で、2週間だけ仕事を休んで日本を一周しているという。自営業でほぼ引退したような感じだから融通がきくらしい。今回のように2週間や1ヶ月間まとめて休んでは、その度に日本各地を自転車で走っているという。今回は青森で終わりだそうだ。
「いいですね。アーリーリタイアは羨ましいっす」
というとおじさんは体を洗いながら笑った。
「自分の人生なんて、自分が思うように生きてればなんとでもなるって」
そんなこと、それくらいの年齢のときに言いてぇ〜、と思った。若者に言ってやりてぇ〜と思った。
風呂場には階段があった。石の階段が下に続いている。なんだろうと思って降りていくと、下に大きな浴槽が一つだけあった。誰もいない。
温泉がある場所は岩の上らしい。お湯に浸かって外を見ると、僕の視界いっぱいに日本海の景色が広がった。水平線の向こうへと、夕日がゆっくり沈んでいくのが見える。思わず見とれてしまった。
心が洗われた。しんどかったが、今日、頑張ってよかったなぁと思う。夕日が沈むまで、僕はぼんやりと外を見続けた。
その後、ローソンでスパゲッティとビール、日本酒の秋田美人を買った。秋田県に来たのだから、何かしらの秋田美人を摂取する必要があったのだ。
道の駅の隅にテントを張り、星空を眺めながらビールを飲んだ。
それで秋田美人を飲みこんでやろうとしたら、遠くから笑い声が聞こえた。みると、酔っぱらったおじいさん4人がこっちに歩いてくる。
「うぉ、旅でもしてんのか!?」
背の低い、あきらかなお調子者に話しかけられた。3人のうち1人は迎えの車に乗って行った。背の低いお調子者Aさんとメガネをかけたお調子者Bさんと、バシッとジャケットを着たおしゃれなおじいさんが残った。
「そうです」というとAさんは「すげぇなあ」と言った。顔が真っ赤だ。めちゃくちゃ酔っている。
訊いてみると、おじいさんたちは地元に住む71歳4人組で、小中の同級生だという。今日はみんなで道の駅にある和食屋で飲んでいたらしい。道の駅にそんな飯屋があったんだ。
Bさんが酔っ払ったAさんを支えながら「こいつも!こいつもこの前、旅してたんだよ!」とおじいさんを指差した。おじいさんは困ったように笑いながら「いいよ言わなくて」と言った。
じゃあ代わりにと言わんばかりに、Aさんが「オメェはアメリカを横断したんだよな。レンタカーだっけ?」と全貌を教えてくれた。おじいさんは、去年、70歳の挑戦としてアメリカを自動車で横断したらしい。
「旅はいくつになっても最高だよ」とおじいさんは言った。素敵な人だな、と思った。
そのときAさんが、僕が持っている「秋田美人」に気付くと「なんだそれはぁ!」と叫んだ。
「秋田美人です」と言うと、Aさんは「わかっとるわぁ!」と言ってBさんの方を見た。
「おい、ここにいるなら飲む酒があるだろうが!?」
Bさんは「は?」と戸惑っていたが、Aさんは「いいから酒を買ってこい!」と言ってBさんを飲食店の方に追いやった。おじいさんも笑って見ている。
「金は!?」とBさんが言うと、Aさんが「けちくせえこと言うな!」と叫んだ。Bさんはトホホ……と言わんばかりに肩を落として店の中に入っていく。
少しするとBさんが出てきた。「これだろ?」と瓶を見せると、Aさんは「そうそう」と言った。
その日本酒は「天寿」と言った。3人の地元の山で採れた水が使われているらしい。
3人を迎える車が来た。おじいさんの娘らしい。AさんとBさんが僕を指差しながら「チャリで日本一周だってよ」「日本一周だぞ!」と娘さんに言っていた。娘さんは呆れるのかと思ったが「えっ!本当!すっごーい!」と言って応援してくれた。
手を振って、4人が乗る車に手を振った。あの人たちは、昔からあんな感じなんだろうな、と思った。急に地元の友達に会いたくなった。僕もいつまでも友達とバカなことをやっていたいな。
洗濯をして洗濯物を干し、そしていただいた日本酒を飲んだ。空は辺り一面に星が輝いていた。美しかった。しんどかったが、いろんな人や景色に救われた、とても楽しい1日だった。
生きます。