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自転車日本一周の旅5日目

久しぶりにいい目覚めだった。頭痛は嘘のように消え去っている。ただ、やっぱりキンタマの裏が痛い。

Kさんに朝食をご馳走になり、近くのスーパー銭湯に行った。体を洗いながら、旅に出て以来、初めて風呂に入ったことに気づく。着替えはしていたし、頭も洗っていた。体だってシートで拭いてはいたが、くさかったかもしれない。気まじい。

そしてしれっと玉の裏をみると、結構赤くなっていた。ロードバイクのサドルとキンタマの相性は悪い。一番仲良くしないといけない間柄じゃないか、キミたちは。

体を洗ってサッパリしたあと、貧乏性なのですべてのお風呂に浸かった。朝風呂、最高!

10:00ごろ、Kさんの家を出る。大変お世話になりました。高岡の古き良き町並みを目に焼き付けながら自転車を漕ぐ。いろんな人にお世話になり、この街が本当に大好きになった。また遊びに来たいと思う。

少し早めの昼食として、コンビニでカップ麺を食べた。元気になるとモリモリ食欲が湧いてくる。あとで漁港の近くを走るので、そのときは魚介類を食べようと思った。




少し走ると畑だらけの場所に出た。それぞれの畑ごとに小屋が建てられていて、小屋の前には「梨」と書かれた木の看板が立てかけられている。どうやらここら一帯は梨園で、小屋は直売所のようだ。

梨が食べたくなったので、次に現れた直売所に立ち寄ってみた。小屋の中にはおばあさんが1人、おじいさんが2人いて、テレビを見ながらおしゃべりしていた。意外にも小屋にはエアコンがついており、快適だった。

おばあさんが僕に気がついたので「梨をください」と言ったら、おばあさんは真顔で「それはナシ」と言った。おじいさん2人が笑った。どう反応すればいいかわからなかったので、とりあえず「あはは……」と笑った。

おじいさんの1人が「それはナシちゅうて!」と言った。

2回言うな!面白さが半減する!と心の中で突っ込みながら「あはは……」と突っ立っていると、おばあさんが「そこに座りぃ」と言った。

僕は入り口近くのパイプ椅子に腰を下ろす。おばあさんが器用に、スルスルと梨を剥き始めた。そして梨を2つ剥くと、タッパに入れて渡してくれた。

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(1個食べてから「あ、写真撮らないと!」と思って撮った写真)


僕はおばあさんからつまようじを受け取り、早速食べてみた。こういうとき、心の中にいるお茶目な自分が「食べる前に『おいしいです』というボケをやれ」と言ってくるのだが、ビビってできなかった。強い人間になりたい。

口に含むとサクッと心地いい音がして、甘くみずみずしい果汁が口いっぱいに広がった。想像よりも水分が多く、そして甘味が強かった。それでいて甘みがサッと消えるので、どんどん食べられる。

あっという間に2個を完食してしまった。

食べ終えたあと「いくらですか?」とタッパを返しながら言うと、おばあさんは「お金なんかいらないわぁ」と言った。

さすがに申し訳ないので「え、でも……」と言ったが、おばあさんはお金を受け取ろうとしなかった。おじいさんは「箱ごと買って自転車に載せてけ!」と笑ったが、本当に誰もお金を受け取ろうとしなかった。

あたふたしていると、なぜか熱いお茶までご馳走になった。不思議なもので、暑いときに熱いお茶を飲むと少し涼しくなる。

ほっと一息ついたあと、みんなとこれまでの道程について話をした。頭痛がなくなったんですよね、と言うと、おじいさんは「そりゃ日射病やよ」と言った。

日射病という言葉を久しぶりに聞いた気がする。やっぱり熱中症だったみたいだ。日本酒で治ることもあるんだ……?

直売所でチルしたあと、「気をつけて旅をしなさいね〜」と見送られながら旅を再開した。出発するときに「梨」の横に「豊水」と書かれていることに気がつく。

僕がご馳走になったのは、あの豊水だったのだ!有名なやつを、タダで……。感謝してもしきれない……甘くて本当に美味しかった。ありがとうございました。

そこからしばらくは、水分補給をこまめに行いながらひたすら自転車を漕いだ。気持ちいいくらいに晴れていた。時折顔に浴びる水が気持ちいい。




午後3時すぎ、富山市と魚津を抜けて黒部市に入った。だけど漁港は閉まっていた。近くにスーパーも見当たらなかったので、魚介類はしばし諦めて先に進むことにした。まぁ、この先も数日間日本海側を走るから、いつか魚介類を食べられるだろう。

しばらく走ると入善町という小さな街に入る。やけに古びた食堂があったのでそこに入り、大きなオムライスを食べた。

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(オムライスもいいけど、街の景色をもっと残しなさいよ……過去の自分……)

オムライスはどこで食べてもおいしい。誰がオムライスを思いついたんだよまじで。薄焼き卵の中にこれでもかとチキンライスが敷き詰められていたが、空腹だったので全然余裕だった。

旅に出て思うのは、どんなに食べても太らないということだ。僕のサイコンは消費カロリーも表示できるのだが、毎日2500キロカロリーくらい消費している。

だから走りながら6個入りのクリームパンやアンパンを食べないと本当に力が出なくなる。ペダルを踏み込んだときに下半身の力が入らないのがわかるのだ。



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夕方6時前、新潟県糸魚川市に入った。今日の野宿予定地は親不知ピアパークという道の駅だ。

調べてみると、その地域は親と子供が互いのことを気にできないくらい超えるのが難しいから「親不知・子不知」という名前がつけられたそうだ。

少し走ると左手にあった民家がなくなり、日本海がすぐそこに現れた。波が荒いらしく、耳を澄ますと、荒波が崖にぶつかる音がする。

そこら一帯はアップダウンが激しく、かと思うと突然急カーブが現れるので大変だった。道路も狭く、たまに現れる短いトンネルが真っ暗だったので結構怖い。どんなに暑くても、トンネルの中は変にひんやりしているのだ。

寒気にブルブルすると、僕の右横をトラックが容赦なく猛スピードで通過していく。小の便が漏れそうなくらいビビった。

集中力をそらすと死んでしまう気がして、僕はただ前に進むことに集中した。左から吹く潮風も荒く、僕の体力はゴリゴリと削られていく。しばらくは休憩する場所もなかったので結構キツかった。

1時間ほど走り、ようやく今日の野営地が見えた。

ほっとして、道の駅にピットインする。入り口に置かれた大きなウミガメの銅像を見ながら奥に進むと、ビーチに出た。カップルや家族づれがいたが、ほとんど皆が帰る支度をしているところだった。

砂浜の近くにテントを張れそうな場所があったので、そこで野宿することにした。今日こそはテントを張ってやると決意していたのである。

その前に腹ごしらえだ!と思って道の駅にある飲食店に行ってみたら、施設自体が閉まっていた。アウチ。ということで、本日の晩ご飯は余っているあんぱんになった。

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テントを建てる前に束の間の現実逃避として、コーラを買って裸足で砂浜を歩いた。さらさらしてくすぐったかった。

走り疲れたときに聞く波の音はやけに心地いい。遠くを見ると、薄い雲によって輪郭がぼやけた太陽が、海の向こうへと沈みかけていた。

僕は砂の上に腰を下ろして「はぁ……おれ……新潟まで来ちゃったよ……はぁ……」と思い、自分に酔っていたが、ふと左側を見るとカップルがめちゃくちゃ濃厚なキッスをしていたので我に返った。

「ちくしょー!海のバカヤロー!」と心の中で叫びながら、僕はテントと対峙することにした。

テントは二層になっている。メッシュのものとナイロンのものだ。通気性と防水性を意識した結果こうなったのだろう。それと、ポールが2本ある。おそらく、ポールを使ってメッシュのテントを組み立てたあと、そのうえにナイロンの布を張るのだろう。

なんだ、冷静に考えるとめちゃくちゃ簡単じゃないか!と僕は今更気づき、早速取りかかった。すぐにテントを張ることができた。経験値が上がった気がする。

テントに荷物を入れて中に入ると、そこは完璧なプライベート空間だった。布2枚程度で、すごくプライベートが守られている気がする。

すごい!安心感がすごいぞ!なんだこれは!

水道で洗濯をした。着替えが底をつきそうだったのである。パンツや靴下やTシャツの水をよく切ると、木と木の間に荷物を固定していたゴム紐をはり、そこに干した。潮風に洗濯物が揺れている。

すごい、今日だけで野宿スキルがめちゃくちゃ上がった気がする。すごい!

あんぱんを食べたあと、海辺に出てみた。月光に照らされた海辺はとても綺麗だった。

新潟県出身の友達に「新潟にきたよ」というと、結構真面目な感じで「拉致に気をつけて」と言われた。今でもたまに新潟県沖で人が行方不明になるケースがあるらしい。

キミはずいぶんと余計な情報を教えてくれるじゃないか、と思いながらテントに入りしばらく緊張していたが、遠くに聞こえる波の音を聞いていると意識が遠のいてきた。そして気がつくと眠っていた。今日は135キロ走った。

生きます。