見出し画像

自転車日本一周の旅4日目

朝7時過ぎに目が覚める。だけど頭痛がひどく、しばらく起き上がれなかった。原因はわからない。そしてサドルとの擦れのせいでキンタマの裏がめちゃくちゃ痛い。

頭はガンガン痛み、股間がジンジン痛む。

内股になりながら外に出ると、道の駅はすでに開店の準備で賑わっていた。野菜を持った農家の方や職員の方が忙しなく出入りしている。

缶コーヒーを飲みながらベンチでタバコを吸っていると、おじさんに話しかけられた。おじさんは地元の漁師らしく、白いタンクトップとは対照的な黒い肌が印象的だった。

「今日は雨が降るから気をつけろよ〜」とおじさんは言った。

空は薄い雲こそあるものの、太陽が出ていた。おじさん、またまたご冗談でしょう?と思って寝袋を片付けていると、雨粒が地面を叩く音が聞こえた。外を見ると本当に雨が降り出していた。漁師の勘なのか、それとも天気予報の力なのか。

雨具を持ってきていなかったので、出発するかどうか迷った。雨の中を走るのはちょっとしんどそうである。旅に出ておいてなんだが、極力しんどいことはしたくない。

それに出発して2日で富山まで来たはいいが、ちょっとペースが早すぎる気もしていた。もっと街を見たい気持ちもあったのだ。

考えごとをしているとお腹が空いてきたので、近くのスーパーに行って焼きたてのパンを買った。レジでおばさんに「がんばってね!」と応援してもらう。屋根の下で食べていると、また違うおばさんに「気をつけられ!」と応援してもらった。

なんてやさしい人が集まっている場所なんだろう。

アイラブ富山、って感じだ。

少しずつ雨が弱くなっていき、雲が白く光っていた。雲のすぐ後ろに太陽があるのだ。晴れるならやっぱり出発しようかな〜、と思っているとラインが鳴った。

見てみると、西荻窪でアンティーク雑貨のお店を営んでいるKさんからだった。以前、先輩に連れて行ってもらい、飲みに行って仲良くなったのだ。

僕はFacebookで出発報告をしていたので、Kさんは僕が自転車で走っているのを知っていた。そしてKさんは今、実家兼倉庫の高岡にいるという。

「合流してそこらへんを走ろう」と誘われたので、今日は富山県にとどまることにした。なんてったって、アイラブ富山だしな。

雨が上がるのを待って、高岡駅へと自転車を走らせた。




高岡駅に向かっていると、途中から町並みがレトロになった。「ラーコカコ」と書かれた古ぼけた看板が掲げられた木造の家屋や、写真館という文字が消えかかったコンクリートの建物があり、その近くを路面電車が走っている。昭和にタイムスリップしたみたいだ。レンガ造りの施設も多く目に入る。

高岡駅にいくと、ヒッピーみたいなロン毛のおじさんがいた。Kさんだ。

Kさんと高岡の古い町並みを自転車で走った。Kさんは高岡に戻り、近所のカフェのオープンの手伝いをしているという。明日オープン予定だが、内装が何も終わっていないそうなのだ。

実際にカフェになる予定の場所に行ってみると古民家があり、中では30代ほどの若い大工さん数名がせっせと働いている。

古民家というので木造の建物をイメージしていたが、そのお店は真っ白な漆喰が綺麗で瓦もツヤツヤしていた。同じような建物がチラホラ見られたので「城下町みたいですね」というと、近くに高岡大仏があるのだという。

Kさんに気づき店主のOさんが出てきた。イケメンな方だった。忙しそうだったので、手伝うことはないか、と訊くと角材をゴミ捨て場に持っていって欲しいという。

店の外にある角材を運ぶと何も手伝うことがなくなった。僕は、なんと無力な存在なのだろうか。作業の様子を見ていると、Oさんに近くを散歩するといいよ、と言われた。自転車を置かせてもらい、Kさんと近くを歩いた。

近くに古民家を改修した博物館があった。そこでいろいろと説明を受けて、資料を見ながら「へー!」と思ったのだが、結局「坂の下にあるからこの土地は坂下町である」ということしか覚えられなかった。

受付にいたおばあちゃんに話しかけられる。「気をつけられ」と何度も言われた。そして「出会いを大切にしていたら楽しいことがたっくさんだから、とにかく楽しみなさいよ〜!」と言われた。僕のおばあちゃんも同じようなことをよくいう人だ。

あー、それも含めてアイラブ富山ですわ、まじで。

その後、高岡大仏を見に行った。空はすでにピーカンだったから、青空を背景に鎮座している高岡大仏がやけに大きく感じられた。




自転車に乗り、昨日野宿する予定だった雨晴海岸に行って義経岩を見た。

雨晴というのは、義経一行が旅をしていたときに弁慶が岩を持ち上げて雨宿りをしたという伝説から「雨を晴らした場所」として名付けられたらしい。

なにも岩を持ち上げなくても、雨を防ぐ手段は他にもありそうな気がするけども……。だが、力強くそびえ立つ岩を見て自然の偉大さをヒシヒシと感じた。

自然と宇宙の波動が混じり合い、そのエネルギーが僕の股間に……というスピリチュアルなことは感じなかった。

その後、カフェに戻る前に高岡の古い町並みを自転車で見て回った。

画像1

Kさん曰く、ここら一体は太平洋戦争で空襲されなかったのだという。だから、昭和よりも前に建てられた住居が多く残されているというのだ。昔ながらの住宅街は、とても静かでのんびりとした雰囲気が流れていた。

Kさんが「おにぎりを食べよう」と言い、古民家の中に入っていった。人の家じゃないの?と思ったが、そこは焼きおにぎりが美味しい和食のお店だった。普段は人気で入れないらしいが、たまたま空いていたらしい。ラッキー!ツイている。

入ると広い土間があり、靴を脱いで囲炉裏のある和室に上がった。焼きおにぎりとお漬物、お味噌汁というシンプルなご飯を食べる。頭痛がひどかったが、とても体にやさしい味だったのでペロリと平らげた。美味しかった。

画像2

(なんで義経岩の写真を撮らず、おにぎりの写真を残したのだろう、過去の私は・・・)




カフェに手伝いをしに戻る途中、Kさんが「日本酒と刺身を買って戻ろう」と言った。富山と言えば魚介類だという。

そして「旅をするときは地域密着のスーパーで買い物をするといい」ということを教えてもらった。そっちの方がうまいものを安く食べられるという。確かに、と思った。

Kさんが地元の日本酒を買い、僕はノドグロやアジなどの刺身を買った。確かに、驚くほど刺身の値段が安かった。僕は日本酒が飲めないので、この刺身を食べることに専念しようと思う。

カフェに戻り、作業を手伝った。みんなは机を設置したり、壁材をはめ込んだりしているしているが、僕はそんなことできないし、下手に手伝うと壊してしまいそうなのでひたすらゴミを運び続けた。

OさんやOさんの奥さん、そして息子さんと話をした。Oさんは建築家で、一家は東京に住んでいたらしい。それから地元・高岡が町おこしを行うことを知り、地元に戻ってきたのだという。息子さんは中1だというが、作業を率先して手伝っており、僕よりも全然しっかりしていた。

画像3

夕方から夜まで作業は急ピッチで進んだ。最初来たときにはなにもなかったのに、夜になるとすっかりカフェの内装へと変化していた。すごい。

僕はたいして仕事をしていないのだが、Oさん一家に地元の美味しい街中華に連れて行ってもらった。2階の座敷に行き、Oさん一家、大工さん2名、Kさんと一緒にご飯を食べた。大人数でご飯を食べるのがずいぶんと久しぶりのことのように思えた。賑やかで楽しかった。

ご飯を食べ終えたあと、開店前のカフェでビールをご馳走になった。みんなでハートランドを飲みながらおしゃべりをした。大工さんは若い男性と若い女性の二人組で、若い男性はYさんという。Yさんは広島から手伝いに来ているのだそうだ。

旅の話をしていると、焚き火をするといい、と言われた。焚き火をしながらぼーっと酒を飲むのが最高なのだという。めちゃくちゃいいな、それ。

みんな旅を楽しむ秘訣みたいなのを知っているもんなんだな、と感心した。

ご飯は地元のスーパーでその土地のものを買い、夜は焚き火をしながら酒を飲む。なんだか旅っぽくてとてもいいな。どんどんやっていこう。




ビールを何杯か飲んだあと、Kさんが買った日本酒を飲みながら刺身を食べることになった。それで僕にも冷酒用のグラスが回ってきたのだが、僕は日本酒が大の苦手だった。

安い日本酒を一気飲みして潰れて以来、鼻を抜ける独特の香りが受け付けられなくなったのだ。それに頭痛もまだひどかった。日本酒を飲むと頭痛がさらにひどくなりそうで怖かった。

だが、注いでもらったお酒を断るのも嫌だった。KさんやYさんは刺身を食べ、それを日本酒でクイッと流し込んでいる。そしてみんな「はぁ……」と幸せそうな表情を浮かべながらため息を漏らすのだ。

なんだか、ちょっと羨ましい。僕もその「はぁ……」を経験してみたくなってきた。レッツトライだ。吐いたらごめんなさい。

ノドグロを食べる。脂が舌の上で溶けていくのを楽しんでから、恐る恐る日本酒を舐めてみる。

すると、日本酒の香りがまったく気にならないことに気がついた。

あれ?と思ってちょっと飲んでみる。なんだか、鼻を抜ける香りがとても心地いいのだ。そして、僕の頭を蝕んでいた痛みがスーッと溶けていくのがわかった。

ちょ待てよ!日本酒って、こんなに美味しいのか?!

これは幻だと思った。日本酒が美味しいわけがない。日本酒は吐くための飲み物のはずなのだ。

もう一度ノドグロを食べ、そこに日本酒をクイッと飲んでみる。辛口の酒の香りが鼻からスッと抜けていき、僕は思わず「はぁ……」とため息をついた。幸せのため息である。

なんだかわからないが、すごくリラックスしてしまった。体を固くしていた何かが、じんわりと緩んでいくのがわかった。

そこで初めて気がついた。旅に出て以来、僕はずっと緊張していたのだと。

それを気づかせてくれる日本酒とは、なんとすごい飲み物なのだろうか。

さっきまで「吐くための飲み物」と思っていた自分はもういない。日本酒のうまさを知ると、どんどん酒が進んだ。みんなとのんびり話をしながら、僕たちは酒を飲んだ。

皆さん優しくていい人たちだった。酔っ払ったYさんに肩を叩かれながら「頑張れよ、頑張れよ!」と何度も言われた。いろんな人に応援してもらいっぱなしだ。ありがたい話である。

宴は夜遅くまで続き、その日はKさんの家に泊めてもらった。

途中、湧き水をペットボトルに入れて帰る。飲める湧き水ってあるんだ、と思った。そしてKさんの家でKさんお手製のハーブ酒を飲みながら話をして、気がついたら寝ていた。

楽しい1日だった。街をみて回る一日というのも、悪くない(とかいいつつ、100キロ以上走行していた)。

追記:Oさんのお店は、COMMA,COFFEE STANDです。シュークリームとコーヒーが絶品だそうなので、高岡に行かれた際はぜひ立ち寄ってみてください。

生きます。