【観劇レポ】日本製の最高傑作 ミュージカル「この世界の片隅に」
ミュージカル観劇レポ。東宝製作の新作ミュージカル「この世界の片隅に」のレポです。
まずとにかく申し上げたいのは、本当にこんなにも素晴らしい作品が、日本オリジナル作品として誕生したことに心から敬意と感謝を叫びたいということ。
原作の素晴らしさも前提にありながら、キャストを含めたカンパニーも、アンジェラ・アキさんによる楽曲も、演出も何もかもが本当に素晴らしい。すみません、あまりの素晴らしさに僕の語彙力が追いついていない。
大阪千秋楽と、配信で観た感想です。
音楽
まずは、とにかく、音楽がよい。
ミュージカルとは、音楽で物語を紡ぐもの。楽曲の数の多い少ないは作品によって様々ですが、本作は「歌」としての楽曲ももちろんのこと、セリフ芝居のバックに流れる音楽も含めて、まさに音で紡がれるという表現がピッタリ。
作中、拍手のタイミングはこの規模のミュージカルにしては少ないくらいで、基本的にずっと音楽が作品を語っている。
楽曲はすべてアンジェラ・アキさんが手掛けたもの。ポップスの世界でキャリアを積まれた方で、ミュージカルの音楽製作は今回が初だそうですが、何がこんなに僕にヒットしたかといえば、
だと思います。
つまりはミュージカルとポップスの良さのいいとこ取りを実現されたということ。さらに「日本っぽさ」、奥行きや趣き、そしてある種の懐かしさもあるのが、この作品の素晴らしさを数段レベルアップさせています。
全編通して音楽が流れていることで、その場の空気や感情を伝える、物語を紡ぐという意味でのミュージカルらしさに加えて、まさにTHEミュージカルなソロ曲、カンパニーで歌い上げるテーマ曲なども圧巻。
一曲目の「この世界のあちこちに」は、各キャラクターを象徴するフレーズも入っていて、作品を代表するメインテーマとしての完成度が高く、アンサンブルを含めたキャストの地の力強さも感じ取れる、ミュージカルファンにたまらない楽曲でした。
メロディの美しさ、キャストの歌の巧さに心動かされ、一曲目の冒頭から涙しました。あと天井から紙が降る演出に僕は弱い。
すずさんのソロ「端っこ」「記憶の器」、周作さんとすずさんの「醒めない夢」、お姉さんとすずさんの「自由の色」など、ミュージカルのソロ曲、デュエット曲の中でも名曲と呼ぶべき曲は、枚挙にいとまがありませんし、リンさんの「スイカの歌」、水原さんの「波のウサギ」(※水原さんが歌う曲ではないけど)など、各キャラクターを象徴する曲もあり、まさにミュージカル楽曲の宝石箱です。
そして「花まつり」に代表されるように、全体を通して日本人の琴線に触れるようなメロディと、翻訳ではないゆえの音符とぴったりハマる歌詞が絶妙。海外からの輸入作品は、どうしても翻訳と音符の数の加減で伝えられる文字数に制約が生じますが、それがないのは日本製ゆえ(もちろん、訳詞作品も素晴らしいですが)。
楽曲の歌詞にも使われますが、海の白波を「うさぎ」に喩える言葉選びや、スイカ、桜など日本の四季や情緒を感じるところなど、原作がもつ趣も、ミュージカルの舞台に現れています。
またバリエーション豊富なメロディと曲調で、戦時下に生きた人々の様子が伝わってくるのも特徴。闇市のシーンは闇市のアングラ感はギラギラしていてスパイスになっていますし、防空壕や原爆投下のシーンなどまさに戦時下らしい場面でも、あえてどこかポップなメロディで、戦争の物語でありながら暗くなりすぎない。こういったポイントも、耳馴染みの良さに繋がっていると思います。
耳馴染みがいいゆえに、口ずさみたくなるような音楽でもあります。「♪トントン、トンカラりッと隣組〜」でお馴染み、「隣組マーチ」とか、なぜか耳から離れません。
有名な人が作ったんでしょ、というような感想ではあまりにも勿体ない、ミュージカル楽曲として非常に高いクオリティで、アンジェラさんの本気を感じます。
キャスト
主人公すずさんは昆夏美、昆ちゃん。
どこかあどけない、のんびりした雰囲気もありながら、特に2幕の感情の振れ幅はさすが。レミゼやサイゴン、MAのイメージがあるのでなおさらなのですが、苦悩や叫び、悲痛なシーンでのパフォーマンスは絶品です。とりわけ「端っこ」は名曲・名演です。
すずさんのキャラクターは、昆ちゃんにとってもハマり役、代表作と言えるお役になったんじゃないでしょうか。
すずさんの夫・周作さんは、大阪千秋楽では村井良太さん、配信では海宝直人先生。
村井さんは朴訥としていて、海宝先生は(比べると)少し感情が見えやすい印象。ついついツンツンしてしまうお姉さんや水原さんとは違い、不器用さが天然っぽくツンツンしていない感じ。物語がすずさん視点の上、あんまり喋らん人、と言われるキャラクターなのですが、すずさんのことを好いてるのは間違いないんやと思うんですよね。
すずさんと仲良くなる白木リンは、大阪千秋楽では桜井玲香さん、配信では平野綾さん。
リンさん自体が少し不思議な存在で、キャラクター設定も名言されない感じがありますが、桜井さんはどこかファンタジーな存在を感じさせ、「座敷童」の延長感があります。綾ちゃんはどこか物憂げでよりオトナな雰囲気。だからこそ時折垣間見える無邪気さが映えます。
周作さんの姉ですずさんの小姑にあたる黒村径子(お姉さん)は音月桂さん。不器用な優しさに、たぶん多くの観客が惹きつけられたんではないでしょうか。小姑らしくツンケンしたところもありつつ、自由と愛を体現する存在でもある。元々モガ(モダンガール)だったこともあって、この時代に薄れてしまった「自由」が際立つと同時に、時代に合わせて踏ん張って生きてきた女性という感じもする。
終盤の「自由の色」は圧巻ですね。スラリとした雰囲気が、こじんまりしたすずさんと対比的で、ビジュアル面でも惹かれます。
すずさんの昔馴染で水兵である水原哲は小林唯さん。広島男児って感じの豪快さと不器用さがあり、作中では戦況を伝えるナレーションの役割も。
劇団四季を退団されて初めてのミュージカル出演。四季時代に拝見することはできなかったのですが、美女と野獣のビースト、アラジンを演じるなど、人気の俳優さんだということは知っていました。水原さんのキャラクター自体も魅力的ですが、唯さんの歌・演技を初めて観て、ファンが多いのも納得、というか漏れなく僕もファンになりました。今度のレミゼにも出演される予定なので、ぜひ唯さん出演回で観たいと思います。
すずさんの妹のすみちゃんは小向なるさん。東宝作品は初出演だそうですが、めちゃくちゃきれいな声ですし、演技もとても魅力的。すみちゃんの可愛らしさや優しさが澄み渡っている。一人ひとりのパワーがあるキャスト勢ですが、その中でも輝いている、今後色々な作品でもお見かけしたいと思った俳優さんでした。
そしてさすがの東宝、アンサンブルやバイプレイヤーが実力者揃い。一人ひとりの歌・表現のパワーが贅沢で、一曲目から感動させられたのは間違いなくカンパニーの力です。
余談ですが(そして原作勢には既知の事実かもですが)、登場人物の名前が元素から取られているのも面白い(見方によっては皮肉)ですね。ウラン、スズ、ホウ素、臭素、ケイ素、水銀(?)、鉄、リンなど。
作品
原作が良いというのも、今回の感動に繋がっています。
僕は恥ずかしながら原作をちゃんと拝読したことはないのですが、柔らかいタッチで描かれる、どこか温かさを感じる作品の空気が、ミュージカル作品としても表現されています。
平和を享受する僕らは、ともすると戦時下の人々に対して「かわいそう」「つらい」というネガティブな感情をもちがちですが、戦争の酷さや辛さもありつつ、決してそれだけではなく、戦時下で生きた人々の生き様が見える作品だと僕は思いました。
フィクションではありますが、「死に様」ではなく「生き様」が見えます。当時の人にとっては、戦争や死というのが「当たり前」になった(なってしまっていた)ということ。
一方で、玉音放送を受けて、すずさんが自分たちの信じた正義がハリボテだったことに絶望するところでは、戦争、正義、歴史が何たるかを端的に示しています。とどのつまり、互いの正義を信じて戦った果てに、勝者こそが歴史上の正義に成り、敗者の正義は悪と成る。
先に書いた通り、戦争が「日常」となってしまった時代のことなので、戦争そのものが「普通」のことである中での人々が描かれる作品。すずさんの持つ雰囲気もあって、どこか温かさを感じる作品でもありますが、戦争が背景にある作品だということには随所随所でハッとさせられます。
そして作品の大きなテーマである「居場所」。
生家でも、嫁ぎ先でも、夫の横でも、居場所を感じられないすずさん。右手と晴美さんを喪って、なおさら絶望を深めますが、最後に居場所を感じられるのはツンケン当たられてきた小姑である径子さんのおかげ、というストーリーも美しい。
戦時下でもあり、まだまだ家長制が強くある時代にあって、自分の居場所は自分が決めればいい、というお姉さんからのメッセージに心打たれます。
そしてもう一つ、「記憶」「死に行く人の居場所」というのも大きなテーマ。
リンさんは、死んだら記憶もなくなり、だからこそ秘密が守られる幸せもあるという価値観を語ります。それを受け入れつつ、様々な喪失を経てすずさんは、自分が記憶の器になり、その人のことを思い出す限り死んだ人も生き続けるという考え方を持つに至ります。
水原さんがすずさんに再会した時、「死んでも悲しむな、笑って送り出してくれ」「英霊としてひとまとめにしないでくれ」「それができないなら、忘れてくれ」と伝えますが、それもすずさんの死生観に影響を与えたのでしょうね。記憶の器に入らないくらいなら、忘れて欲しい、と。
死んだ人の居場所は、その人を知る生きている人の中にある。「死」が身近にある戦時下において、一際強いメッセージを持つテーマだと思います。
さらにすずさん、リンさん、水原さんの関係性から見えてくる「記憶と死」については、すずさんが降伏を知って叫ぶ「うちも(戦争が正義でなかったことを)知らんまま死にたかったなああっっ!!」というセリフも関連する価値観として印象深い。
リンさんの言う秘め事を秘め事のままにしておく幸せがあるように、知らなかった方が幸せということもある。なのにすずさんは、知らんでいいことばっかり知ってしまう、と。
さまざまなテーマやメッセージが、この作品という世界のあちこちに感じられる。それをうまくミュージカルにも仕上げられている。原作未読の人も、原作ファンの方も、楽しめ、味わえる作品だと思いました。
総括
大戦時代の舞台ではありますが、誰もが見やすいミュージカルだと思います。そして何度も言うように、音楽が素晴らしい。公演はツアーも含めて終わってしまいましたが、再演等があった暁には、多くの人に一度は見てほしい作品です。
そして、日本人の感性に合う作品で、日本人はまず楽しめるかと思いますが、あわよくば世界に羽ばたけるレベルの作品だと思います。
今、日本で上演されるミュージカルの多くはほとんどが海外からの輸入。これは決して悪いことではないのですが、日本で作られた作品が世界に広がる余地はあると思っていて、その代表作として名を轟かせることができる作品だと思います。
直近で観た、劇団四季の「ゴースト&レディ」も同じく日本製で、世界に行ける作品だと思いますが、東宝からもこのような作品が生まれたことは日本ミュージカル界の奇跡ではないでしょうか。
どちらも原作の良さがバックにありつつも、いちミュージカル作品として完成されているというのが、僕の心打たれたポイントです。
うん、今年も豊作です。大満足!
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