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情報通信白書を通じて一番伝えたかった日本の最大の課題

前回の記事で書いたとおり、令和元年版情報通信白書について、書いた者の立場から解説するシリーズを始めたいと思います。最初に、白書を通じて一番伝えたかったことについてです。

ビジネスにとって大事なICTを、なぜか外注してしまう

令和元年版情報通信白書では、今の日本のICTを巡る課題について書いています。その中で特にスポットを当てたのが、日本企業はICTの導入や運用を、SIerと呼ばれるICT企業に外注することが一般的ということでした。この国際的には珍しい行動様式について、歴史を振り返りながら分析しています。

これの何が課題なのかというと、ビジネスにとって大事な部分を人任せにしている、ということです。つまり、ICTを活用するという、うまく使えばビジネスを大きく変えられる、あるいは競争相手に差をつけることができるものを、自分自身で取り組んでいない、あるいは取り組むことができない、ということになります。

もっとも、例えばICTを使って業務を効率化するということは、どの企業も考えることであり、必ずしも競争相手と差がつけられるわけではないこともあります。そのような場合は、市販されているソフトのような一般的なものを使えば良いわけですが、日本ではわざわざその企業の社風や仕事のやり方に合わせてシステムを作り込ませているという点も特徴です。結果的に、ICTを使って今までの仕事のやり方を効率化するはずだったのが、今までどおりを維持することになります。そういえば、こういったものも話題になりましたね。

これは、当然ながら企業だけの現象ではありません。霞が関も同じですし、ほとんどの地方自治体でもそうでしょう。

競争力を左右するようなICTは自分で作る、そうでないICTは広く使われている一般的なものを使う、というのが国際的には普通のやり方です。その中で、日本は独特の行動をしていることになります。

ただし、日本の最大の課題はこのSIerへの外注それ自体ではないと思っています。問題は、なぜそうしているのか、ということです。

メンバーシップ型雇用の中で、ICTの専門家が雇えない

それは、日本の企業や官庁では、ICTの専門家を十分に雇っていないからだといえます。つまり、社内にICTの専門家がいないため、外注するということになります。実際、ICT人材がユーザー企業(ICT企業ではない一般的な企業を指します)側にあまりおらず、ICT企業に大きく偏っている点が日本の特徴です。このグラフは、もともと独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が調査をした結果ですが、令和元年版情報通信白書でも掲載しています。

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なぜそうするのでしょうか。それは、ICTの専門家を雇っても処遇ができないということが挙げられます。このことは、私自身も地方自治体の情報システム部門の責任者をしていた中で経験したことがあります。その自治体では、一般の行政職員のほか、ICT専門の職員を伝統的に採用していました。が、そのような採用はやめ、一般の行政職員の中でICTに興味関心が高い人の活用や、任期付き職員で対応するということになったのです。これは、情報システム部門のポストが限られており、能力のあるICT専門の職員の皆さんを昇進などできちんと処遇できなくなってきたことが背景にありました。

それでは、なぜ他の国ではICTの専門家を雇えるのでしょうか? これは、最近大きく注目を浴びるようになってきたジョブ型雇用と関係しています。

日本の大組織(霞が関の官庁も含みます)は、特にこの仕事をやって欲しいと決めることなく人を採用し、人事異動を通じて色々な部署にまわしていきます。雇われる人の側から見れば、ジェネラリストとしてのキャリアを積む中で昇進していくことになります。このことは当たり前のように思われているかもしれませんが、メンバーシップ型雇用と呼ばれ、国際的には非常に独特の仕組みといわれています。

ジョブ型雇用の場合、何の仕事をするか(ジョブ・ディスクリプションといいます)はポジションごとにあらかじめ決まっています。そして、採用だけでなく、人事異動についても、希望する人がそのポジションに応募し、選考するという形になります。2~3年ある仕事をして、人事部が決めた人事異動で次は違う仕事を、という仕組みではありません。国際的に見て、日本人は仕事への不満が高いといわれていますが、必ずしも本人が希望する仕事をやっているわけではないのですから、ある意味当たり前といえます。下の調査では、世界各国の仕事に対する満足度で、日本は35か国中最下位となっています。

ジョブ型雇用の場合でも、社内に十分なポストがないため昇進という形での処遇ができないことはやはりあります。その場合は、別の組織に移ることでキャリアアップを目指すことになります。このように、組織を超えてキャリアを作っていく中で、専門性を更に高めていきます。

専門性の低さが日本の最大の課題

このような状況は、ICTの専門家だけではなく、あらゆる分野の専門家についてもいえることなのだろうと思います。そしてその結果、専門性の点で日本は外国に差をつけられてきている、と感じます。日々外国との競争に巻き込まれている方々は、特にこのことを痛感しているのではないでしょうか。経営者という仕事も、出世すごろくのゴールではなく、経営という一つの専門分野と考えれば同じです。また、行政の世界でも、外国政府ではPh.Dを持った官僚がその分野の仕事に長期間携わって更に専門性を高めている中で、法学部で憲法や民法の判例や学説を勉強しました、その後は人事ローテーションの中で色々な仕事をこなしていますという日本の官僚が、国際機関での議論についていけないという場面が普通に出てきているのが実感です。

メンバーシップ型雇用に支えられた日本の組織の専門性の低さ、これが日本の最大の課題ではないか、というのが私個人の考えです。情報通信白書は、個人の考えを披露する場ではありませんので、そのような話は直接書いていません。ただし、このような問題意識に立って書いたものということで、改めて白書を読むと分かりやすくなる箇所もあると思うます。また、メンバーシップ型雇用には、(少なくとも一部の人には)雇用と生活の安定を保障してきた、高度成長期には強みになっていたという点も無視できません。それでも、私自身は、霞が関のメンバーシップ型雇用の中でキャリアを作ってきた人間の一人として、専門性の面での課題を強く感じざるを得ないのです。


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