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「不正に利得を得ない懲戒処分」、どう防ぐべきか?

懲戒処分の背景には、通常、個人的な利得を目的とした不正行為が存在します。民間企業においては、業者と結託し不正に利益を得ようとする行為が典型的な例です。このような場合、チェック機能の強化や倫理観を強化する研修が効果的な対策となります。
しかし、公務員の場合、必ずしも個人的な利得を目的とせず、業務の忙しさやその遅れを取り戻そうとする過程で、正規の手続きを省略してしまい、その結果懲戒処分に至るケースが見られます。
本記事では、こうした「不正に利得を得ない」懲戒処分をどのように防ぐべきか、その対策について、元財政課職員が考察します。

「忙しさ」が要因の懲戒処分

公務員が個人的な利得を目的とせずに懲戒処分を受けるケースの多くは、業務の忙しさやプレッシャーによって、正規の手続きを踏まずに業務を遂行してしまうことが要因の一つです。例えば、契約や支払いの締め切りが迫る中、手続きが後回しになり、結果的に不正な方法で処理を進めざるを得ない状況に陥ることがあります。このような行為が発覚し、法律や規則に違反したことが確認されれば、懲戒処分の対象となります。

通常業務を行いながら、慣れないシステム調達を行うことはかなりの困難を伴う

参考事例

ある事例では、財務会計システム関連の契約において、正規の手続きを経ずに契約書に市長印を押印しました。さらに、関連書類にも不正に上長の印鑑を使用して支出手続きを行い、その結果、財政課の担当者停職6カ月の懲戒処分を受けました。

市長印は、会社の代表者印に相当する

ここで着目すべきは、この懲戒処分が地方公務員法第29条第1項第1号および第2号に該当し、第3号には該当しない、つまり個人的な利得を目的としていなかったという点です。調査結果でも、不正利得はなく、動機としては「契約と支払いの急ぎ」が主な要因であったとされています。

地方公務員法第29条(懲戒)
職員が次の各号のいずれかに該当する場合には、当該職員に対し、懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。
一 この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれらに基づく条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合
二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

 e-GOV 法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000261

不正のトライアングルで事例を分析

不正や犯罪の整理には、トライアングルを当てはめるのが有効です。ここから、防止策をいくつか考えます。

  1. 動機
    契約と支払いが迫っている状況での「急ぎの必要性」が動機です。業務の遅延が問題化することを恐れた結果、担当者は正規手続きを無視し、不正な手段に頼ってしまいました。

  2. 機会
    不正行為が可能になっているということは、自治体内部のチェック体制に甘さがあったのかもしれません。市長印が適切に管理されず、担当者が容易に不正に使用できる状況が存在していました。また、通常の業務プロセスにおいても監視や確認が不十分であったことが、不正行為を助長したと考えられます。

  3. 正当化
    担当者は「急ぐ必要があった」という理由で、自身の行為を正当化しました。このような理由付けは、職務を全うするためには不正もやむを得ないと考える誤った意識から生まれます。このような心理状況は、組織内での不正の温床となり得ます。

情報セキュリティ分野の内部犯行検証でよく利用される「不正のトライアングル」

「忙しさ」を取り除く防止策

防止策としては、契約時の稟議状況や公印の使用状況、支出時に稟議や印鑑の使用状況をチェックする機能の強化や、倫理意識向上の研修が考えられます。しかし、これらの対策は業務プロセスをさらに複雑化し、参考事例以外の業務を圧迫さらなる不正を助長する可能性もあります。
そのため、まずは組織全体で、動機となる「急ぎの必要性」を取り除く対策が必要です。

優先すべき防止策:契約前のプロセスの標準化

システム調達においては、契約前のプロセスをガイドラインとして明確に整備することが優先されます。業務が忙しい状況でも正規の手続きを省略せずに進められる体制を整えることが可能となります。
ガイドラインには、各ステップでの手続きや必要な書類、承認プロセスを具体的に定め、担当者が迷わずに作業を進められるようにします。また、これらのガイドラインは整備するだけでなく、現場で適切に運用されることが重要です。定期的にガイドラインの見直しや研修を行い、職員がその内容を理解し、遵守することを徹底する必要があります。
研修の際には、参考事例のような事象から職員を守るための取り組みであることを示すことも、効果的でしょう。

次に実施すべき防止策:忙しさを軽減するための工夫

さらに、業務の忙しさを軽減するための具体的な工夫も必要です。
例えば、生成AIを活用して仕様書を迅速に作成することで、事前準備にかかる時間を短縮し、余裕を持って契約手続きを進めることができます。また、事業者選定プロセスを効率化するためのツールやシステムの導入も有効です。
さらに、稟議された契約行為を物理的な押印で確認するのではなく、電子的に、ユーザー単位で合理的に管理し、不正の機会を排除する電子決裁システムなどの導入も検討すべきでしょう。

システム調達を合理化することで効率的にシステムを導入し、不正のトライアングルを防ぐ

結論

個人的な利得を目的としない懲戒処分を防ぐためには、業務プロセスの合理化が鍵となります。特に、システム調達においては、契約前の事務処理をガイドラインとして整備し、適正に運用することで、忙しさによる手続き省略を防ぐことができます。ガイドラインの整備とその適切な運用を通じて、業務の効率化と不正行為の抑止を図ることが、自治体の信頼を守るために重要な取り組みとなるでしょう。

財政課に所属していた身として、参考事例を目にしたとき、大変衝撃を受けました。また、「これはどの自治体でもあり得るな」とも感じました。
財政課に配属される職員は、(僕は該当しないですが)責任感の強い人が多い傾向にあり、財政課の業務自体も個人作業が非常に多く、予算の査定などいくつかの繁忙期があります。繁忙期に臨時的な業務が重なり、他の人も忙しく相談しにくい環境となっていた場合は、このようなことが起こる可能性は十分にあります。
そう考えると、解決方法は、チームで業務を進め、相談し合うといった基本的なこと、これが最も有効なのかもしれないと感じました。


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