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ジョン・デューイ 『学校と社会』を読んで〜第1.2章①

最近、自分の大学院の院生や学部生、他大学の院生、現役教師などを交えてデューイを読む会を開いている。デューイは教育学を学ぶ上で避けては通れない存在であり、現代の教育学、教育実践に多大な影響を及ぼしている。そんな偉大な存在だが、「意外とその著作をちゃんと読んだことがない」という気づきから、この会は始まった(確か)。
そこで現在デューイの代表作の一つである『学校と社会』を読んでいるので、読書会での議論や自身の読みの中で感じたことを、ここに書いていこうと思う。

まず第1章と第2章のタイトルは以下の通り↓
第1章 The school and social progress 「学校と、社会の進歩」
第2章 The school and the life of children 「学校と、子どもの生活」

人格形成vs人的資本論

まずデューイを読んでいて、教育(学校教育)は人格形成重視なのか、人的資本論に基づくべきなのか、というアポリアを改めて考えさせられた。基本的に教育は人格形成を行うものだとされているが、近年はOECDのPISA調査に世界各国が一喜一憂しているように、労働力としての人間の側面に注目し、教育投資を行うことで労働力としての質向上、人材の最適配分を目指す人的資本論が、各国の教育政策にも大きな影響力を持っている。例えば、2000年代はじめのドイツは、PISA調査の結果が思っていたよりも悪かったことで、「PISAショック」が叫ばれ、大胆な教育改革に踏み切った。アメリカの教育のグローバル化政策などを研究しているJoel Springも"Globalization of Education"の中で、エコノミストによる教育研究の影響力が高まり、学校の成果を経済学的に判断するようになっている事態を、「教育の経済化」(Economization of Education)だと指摘している。これはまさに、よりよいスキルを持つことで、よりよい仕事につき、よりよい生活を送ることができる、という想定に基づいている。例えば、人的資本論的な教育でよく言われるのは、非認知能力の向上や21世紀型スキルと呼ばれる4C(Creativity, Critical thinking, Communication, Collaboration)などである。
こうした経済的利害に基づくような考えが教育に強く反映されることには、なんとなく抵抗感がある。学校ではむしろ人権とか平和とか倫理とか、そうした問題について考えたりすることのほうが大事だと自分は考えるからだ。だが、そうした難問を考えたり話し合ったりする上で、先ほどの4Cみたいなスキルは必要となってくるだろう。だとすると、批判しがちな「人的資本論教育」(human capital education)っていうのはなんなんだろう、と考えるようになった。
さてここまで一切デューイの話をしていないので、一つ引用しておこう。


「学校においては、子どもが従事する諸々の典型的な仕事は一切の経済的圧力から解放されている。その目的は、生産物の経済的価値にあるのではなくて、社会的な力と洞察力の発達にあるのである。この狭隘な功利性からの解放、この人間精神の可能性にむかってすべてが、うちひらかれていることこそが、学校におけるこれらの実際的活動を、芸術の友たらしめ、科学と歴史の拠点たらしめる。」

デューイ著/宮原誠一訳,『学校と社会』,岩波文庫,2007年,31頁.

デューイは、木工や金工、裁縫、料理といった実技的な科目を重視する。それは単に、専門的技能を身につけた労働者を生み出すためではない。むしろそれらの課業が持つ歴史的・社会的価値と科学的意義に基づいて考え、実践・実験することが重要なのである。
詳しい具体的等は本文にあるのでぜひそちらを見てほしいのだが、ここで注目したいのは、デューイも人的資本論的な教育活動というものを否定している点である
とはいえ、こうした実技科目をこなせば技能が向上するのも間違いないだろう。
だとすれば、デューイの思想とする「活動的な作業」のような授業の形態は、人的資本論と人格形成をいいとこどりできそうではないか。
例えば、アントレプレナーシップ教育なんていかにも新自由主義的な響きがするが、これも子どもたちが会社を立ち上げたり、新規事業を考案するプロセスを通して、株式会社が成立した歴史的・社会的価値を共に学べれば、人格形成などにもつながり得るだろう。
こうして見てみると、人的資本論も人格形成も車の両輪のようであり、本来的には両者の要素が教育という営みの中には含まれている気がする。
そうすると、教育学で批判的に言われることが多い人的資本論的な教育は何が問題なのか、丁寧に見ていかなければな、と感じた。

[追記] 
見出しの画像はオープンAIに「学校と社会」をピカソ風で描くようお願いして描いてもらった。

[参考文献]
Joel Spring, Globalization of Education-An Introduction, Routledge, 2014.
デューイ著/宮原誠一訳,『学校と社会』,岩波文庫,2007年.



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