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【人道支援パレスチナ】集中治療で戦うのはコロナだけじゃない!〜アシネトバクターを知ってるかい〜

みなさんこんにちは
人道支援家のTaichiroSatoです。

2019年、2020年と世界がコロナの影響を受けている間、
僕は国境なき医師団の一員としてコロナ集中治療領域で現地病院のサポートをしてきた。

パレスチナでのコロナ集中治療。
僕を含めたチームがパレスチナで活動を始めたのは2020年9月から。
国境なき医師団として2020年始めからこの地でコロナ病院を立ち上げ、チームを作り集中治療ができるようにサポートを続けてきており、
前のチームが基本的な患者の流れ
(  患者病院到着
  →ERでの初診とトリアージ
  →病棟、集中治療の充実
  →各病棟でのコロナ治療と合併症へのアプローチ
  →退院または転院搬送など )
を整え、現地医療チームのベースを作ってくれたので、
僕たちのチームは病院システムや治療、看護ケア、それぞれの質を高めるという課題に取り組んだ。

いくつもある現地での挑戦の中から今回は3つの内容について紹介していこうと思う。


1. 感染症対策
〜敵はコロナだけじゃない!アシネトバクターとの戦い〜

目に見えない細菌やウィルスたちとどう戦うか。
集中治療の肝とも言える治療に欠かせないのが抗菌薬だ。
体にとって悪い影響を与えるバイ菌をやっつける為の様々な種類の薬があり、これを抗菌薬や抗生剤(こちらの呼び方が馴染みがある方が多いかもしれない)という呼ぶ。
抗菌薬なら何でも効く、というわけでなく、例えば、
Aというバイ菌にはAAという薬が効く、
Bバイ菌にはBB薬
しかし、Aバイ菌にBB薬は効かない
など、菌をやっつけるための適切な薬の選択と使い方というのがこの戦いを制するためにとても重要なのである。
しかし、バイ菌を特定することは、専用の検査機械を持っていたとしても数日間という時間がかかる作業である。菌の特定を待っている間にも患者の具合は悪くなるので、昔も今も研究されている抗菌薬の使い方のスタンダードを参考にしたり、臨床症状からバイ菌をある程度予測したりしながら医師は抗菌薬を選択していくのが一般的である。

聞いたことがある方もいるかもしれないが、抗菌薬をやみくもに使うことで「多剤耐性菌」を出現させてしまうというリスクがある。
この多剤耐性菌とは、簡単に言うと、抗菌薬が効かない、効きにくいバイ菌のことだ。その多剤耐性菌の中の一つにアシネトバクターというのがいる。これが出てくると、薬が効かない、効きにくい、厄介で困難な戦いを強いられ、医療者にとっては、
 できればお目にかかりなくない相手 なのである。

パレスチナでの集中治療では、抗生剤の適切な使用がうまくいっておらず、この多剤耐性菌アシネトバクターが集中治療室内で蔓延し、コロナ以外の感染症との戦いでもあった。

これに対する具体的なアクションとしては、

医師: 抗生剤の適切な使用方法指導と感染症予防対策手技(防護服の適切な着脱や感染エリア分けなど)

看護師: 適切な感染予防、看護手技の徹底。感染専門看護師の育成

清掃員: 感染症教育と防護服、感染エリアの理解、適切な消毒方法

家族や訪問者: クラウドコントロール(人数制限やマスクや防護服着用の徹底)

感染専門看護師をサポート: 院内での感染対策への勉強会開催や持続的な啓発など

これらを行った。
日本とは違い、地域のコミュニティのコロナに対する十分な理解が得られないことや、
社会全体としてコロナへの偏見、コロナの基礎知識や共通認識がない場所で、
僕達のようにコロナの専門家として働くことは、強い向かい風を受けることになる。
上記説明した具体的なアクションはシンプルなことなのだが、実際には、病院の中にいるすべての人がマスクやガウンをする、ルールを守る、これらができるわけではない。事実これを書いている自分ですら毎日毎日働く中で気のゆるみが出る時があり、皆で注意喚起しながら、または啓発活動を継続しながらやっていくのだ。たとえ知識が豊富な医療者であってもみんなが感染対策をする、それを継続していくという流れを作ることは非常に時間と労力がいる作業なのだ。



2. プローンポジション(腹臥位)は集中治療の救世主となるか?

様々な国や状況で集中治療室を経験した中で僕が思うことは、世界のどこでも当てはまる「これが正解」という答えは存在しないということ。集中治療と一言でいっても、出来ることや備わっている医療機材、スタッフのレベルや患者が抱える状況は様々だ。僕がサポートに入った集中治療室で、「実現可能なこと」と「実現が非常に困難なこと」がはっきりとわかれているのが実際である。

そこへ救世主の登場である。
腹臥位。それは、うつ伏せのこと。
英語ではプローンポジションという。
なぜ救世主かというと、

患者をうつ伏せ寝にすること自体にお金がかからない。
特別な機械や薬も必要としない。
人を教育し持続することが可能で、
人、モノ、金。3つのバランスが取れていて、より早く、大きな効果が期待できるうつぶせ寝。ここに大きなメリットと期待があるのだ。
(以前書いた集中治療うつぶせ寝についての記事はコチラ。興味がある方はぜひ覗いてみてほしい。今回も近しい内容に触れるので読まなくても理解できるように以下に解説する)

そもそも患者の肺では、何が起こっているのか。
そしてなぜうつ伏せなのか。
ここで少し説明しておこう。

人間の体は立位で上手く呼吸をするようにできており、コロナで入院をして横になっている時間が長くなると、特に背中側の肺が悪くなっていく(空気が入りにくくなる、または入らなくなる)傾向にある。
普段は感じることの無い私たちだが、確実に重力は体に影響を及ぼしていて、
ベットに横になった状態で、肺の前面の部分(胸の表面付近)には空気(軽い気体)がいきやすく、背中側には血液が滞留しやすい(重い液体)。
空気が沢山入っているところに、たくさん血液を流してあげると、肺からたくさんの酸素が血液中はいり、炭酸ガス(二酸化炭素)が排出される効率が良くなるのだが、コロナ肺炎で長い期間横になっていると、背中側の肺に空気が入りにくくなる、もしくは入らなくなり、血液は空気の入らない背中へ、新鮮な空気は血液の少ない前胸部へと行ってしまいアンバランスな状況になってしまう。
これを難しい言葉で、換気血流比不均衡といい、要するにチグハグな状態になってしまうのだ。この時、患者に何が起こるかと言うと、呼吸をしても酸素が取り込まれにくくなってしまうため息が苦しくなってしまうわけである。

では、患者をうつ伏せにすると何が起こるのか。
背中側の空気の入りにくくなった悪い肺はうつ伏せになると上になり、より空気が効率よく入っていく。そして、元々たくさん空気の入っていた良い状態の肺は下側になりより多くの血液に触れる。それにより、効率的に酸素と二酸化炭素の交換が行われ、体に必要な酸素が行くようになるわけである。

難しいことを長々説明したが、要するに、
長期でコロナ肺炎の治療をしている患者をうつ伏せにすると酸素が体に入っていきやすくなるということである。
ただうつ伏せにするだけ、だ。
特別な機械も手技も要らない。
正確に言うと、集中治療室で患者をうつ伏せにすることは簡単なことでは無いのだが、それぞれの国で色々な制約がある中での集中治療で これ を使わない手はない。
そう、まさに救世主。

パレスチナの集中治療では、プローンポジション(腹臥位)のトレーニングを開催し、理解を促していった。集中治療に関わるスタッフたちが、重要性を理解し、習慣化し、実行できるようになることは、今期と体力のいる作業だが、結果として数か月で現場スタッフたちは僕たちのアドバイスなしに、自分たちで患者の状態を適切に把握し安全に患者をうつ伏せにし、管理できるようになり、プローンポジションが浸透していった。
一つでも多くの集中治療室で、うつ伏せ寝の適応や方法を伝え、厳しい状況の患者たちが苦境を乗切るきっかけになるような活動ができればいいなと思っている。



3. 人工呼吸器や薬剤管理に対する理解を深める

日々めまぐるしく変わる患者の状態。一人として状態の同じ患者はおらず、まさにケースバイケースである。働いている看護師たちも各々に持っているスキルや経験が違い、それぞれに必要ないサポートも異なる。
大きな方針として、全体のニーズにあったトレーニングコースなどを作り実施するが、それ以上にタイムリーに患者の状態を把握しケアにつなげるベッドサイドトレーニングのもたらす効果は大きい。ベッドサイドトレーニングは一度にたくさんの看護師を対象にはできない。しかし、よりそれぞれの看護師たちにあった形で集中治療領域の理解をサポートでき、結果的に確実に医療の質が上げることができると僕は考えている。
全体を対象としたトレーニングと個別のベッドサイドトレーニング。この2つを効果的に組み合わせ昨日よりも今日の医療の質が上がり、一人でも多くの患者の命が救われるように日々活動をしていく。

  終わりに

今回は3つ、パレスチナでの具体的な活動を紹介した。
日本では現在第六波を迎えているところ。
対コロナ。
日本でも日本以外でも、おそらく皆、やることはわかっているのではないかと思う。
あとはそれを実行できるかどうか。そして実行するためのサポートができるかどうか。
「理解している」と「実際に行動する」、この二つのギャップを埋めるために、皆でアイデアを出し合い、地域全体で行動へつなげる。
それにはそこに住む人たち、働く人達の理解なくしては何事も前に進まない。

現地の人達から見れば、
外から来た「名もなき外国人のコロナ専門チーム」。
数ヶ月という短期間で、
僕達は彼らと共に
コロナだけじゃない様々な感染症と戦い、
彼らと仲間となり、互いを信頼しあい、
一人でも多くの命を救うために
これからも奮闘する。

※投稿内容は全て個人の見解です。
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また次回お会いしましょう。
Best,
Tai

いつも記事を読んでいただきありがとうございます!!記事にできる内容に限りはありますが、見えない世界を少しでも身近に感じてもらえるように、自分を通して見える世界をこれからも発信していきます☺これからも応援よろしくお願いします🙌