外資系企業人事部長の部下へ宛てたHR Letter「グローバル企業での働きかた」 第8話 リーガルマインドからビジネスマインドへ

第8話 リーガルマインドからビジネスマインドへ

私は大学を卒業して会社に入った時、工場の労務課に配属になりました。開発部門と製造部門がある大きな工場で、人事部門には人事課と労務課がありました。 労務課は、就業規則や勤務管理、組合対応などを主におこなっていました。総勢5名ほどの課の課長である私の上司が、新人である私に解いた心得は「リーガルマインドを持つこと」でした。それは、すべての仕事を行う時に行動規範として法律や規則などに即した視点を持つことの重要性を説いたものでした。

例えば勤怠管理をおこなうにも、そもそもの法の趣旨を理解していないと、なぜ厳密にしなくてはいけないかということが説明できません。

新しい製品開発が入れば職場の残業量が急激に増えます。一方で36協定がありその枠を守らなくてはなりません。そこで繁忙期には、一定の手続きを行い、枠の拡大を認める議論に組合と入っていくわけです。その議論には労働法や判例、過去事例など運用面でも、リーガルの知識が要求されます。職制からの要求と組合の間に挟まって、人事は適切な着地点をリードしなくてはいけません。

また人事部門には、いろいろな相談が現場から寄せられます。さらに、何か規則を作成すること、あるいは何かの事例に方針を決定することが求められます。そんな時、法律に沿った理由づけがなされること、リーガルマインドに即した判断ができると説得力は大きく増します。

そういった意味で「リーガルマインドを持つこと」は人事マンにとって極めて重要です。

また、リーガルマインドとは、論理的思考方法でもあり、これを習慣化することにより具体的で、ステップを踏んだ考え方が身に付きます。相手に対する説得力も増します。リーガルマインドの重要性は時代が変わっても変わりありません。

しかしながら、リーガルマインドの在りかたが誤解され、思わぬ問題を生み出すケースも時にあります。例えば、人事がルールを振りかざしたり、かたくなに方針を貫き例外を認めないなどに、「権威主義」や「お役所体質」といった悪い印象を作り、不必要に社内の不満が増大します。人事に対するネガティブな部分があるとすれば、このような「管理」のイメージが強調されすぎてしまったためといえます。

時は過ぎ、今、改めて人事の心得は何かと考えるとき一番に挙げられることは「リーガルマインド」よりも「ビジネスマインド」だと言われています。それはなぜでしょうか?

人事の最重要の役割が「人や組織を管理すること」から、企業の本来の使命である「ビジネスを発展させることに貢献すること」に変わってきているからです。

人事を含めたサポート部門は元来会社が発展するためにビジネス部門をサポートしなければなりません。我々人事部門の顧客は、社内の他部門といえます。その中心はビジネスを推進する事業部です。その部門がどんな事業方針を取っているのかを理解し、それを支えるための人事の役割を考えることが重要です。そうするとビジネス部門側も顧客は人事の業務をより身近な形で捉え、その重要性を理解し、協力してくれるようになります。
人事の業務が、ビジネス部門のニーズと一致することで我々も働きやすくなります。

では、ビジネスに貢献する人事という目標に、死角はないのでしょうか? ビジネスのニーズは時として、部門ごとに異なります。つまり、様々な部門が期待することが異なる場合があるため、期待に応えようとすると、会社として一貫した対応が難しくなることがあります。

例えば、人の採用などで皆が第一優先といってくる場合があります。すべてを第一優先にすることはできません。また、こういう人がほしいという場合でも、本当に5年10年先を見据えているのかを考えて決めているといえるでしょうか? 部門のプレッシャーに負けて軽々と採用を判断した場合、2年後には「彼はミスマッチだった」などといわれることもあります。採用においても、なぜその人がよいのか、ビジネス上の背景を深く知り、論理的な根拠を検証することが重要になります。

したがって、ビジネスニーズにこたえることが重要だとしても一方的に感覚論で判断するのではなく、会社全体の中でバランスを見ながら、論理的に最適の方針を出していかなくてはいけないわけです。つまり、現場のニーズから一定の距離を置き、論理的に、包括的に判断しなくてはなりません。そこには、リーガルマインドで培った客観性、法的背景といった従来から求められてきた人事スキルが生きてくるわけです。


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