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小説『同窓会』5

   《 孤高のオスカル 》
        ~ 大賀つかさ ~


高校時代の思い出…それは、つかさにとっては苦々しい記憶でしかない。
高校入学まもなく父親が仕事場で倒れ、高校在学を断念することを考えさせられた。幸いつかさは〈特待生〉で、入学金、学費その他すべての学費が免除されていたこともあり、無事に卒業までを迎えることはできた。だが、それをやっかまない者はいなかった。

・・・・彼女、もう働いてるんですって
・・・・特待生はなんでも優遇されてるわね

お嬢様学校の、そんな蔑んだ物言いも、皮肉交じりの噂も「その日を必死に生きる」つかさの耳には届いてはこなかった。
学生時代のつかさは友人を作るより、ただひたすらに弟たちの世話と、家計のためのアルバイト、そして自身の鎧のごとく知識を詰め込むことだけに勤しんだ。
成績が優秀なだけに、惜しまれながらも進学をする気はさらさらなかった。高校を卒業してすぐ、外車の中古車販売店に就職した。日中は電話番のみで業務が少ないわりに給料もそれなりで、店舗での取引があるとき意外は時間も融通が利いた。それゆえつかさには、弟たちの学校の行事をこなしながら就労するにはうってつけの職場だった。とは言え、それだけで3人の弟を養っていけるわけではなかった。アルバイトが出来るひとつ下の弟は別として、下の弟たちはふたりとも当時はまだ小学生だったのだ。そんな弟たちの学校での体裁を気に掛けながら、早朝は仕出し弁当屋で惣菜を作り、夜はあまり人の来ないスナックでまかないを作るアルバイトをしていた。
〈つかさちゃんは、いつでもお嫁にいけるわね…。でも、お嫁に行っちゃったら、アタシが一番困るわねー〉
ほほほ…とから笑いする料理の出来ないママは、いつもそうやってつかさをからかったものだった。
〈お嫁になんか行きませんよ〉
つかさは本気でそう思っていた。
〈そんなこと言ったって、女の決意なんて一番信用できないものよ〉
世の中を見知ったママの言葉は、時に不気味さをはらんでいたものだ。
そんな中、つかさが6つ歳上の吾郎と知り合ったのは20歳の年。すぐ下の弟の〈継(つぐ)〉が定時制高校を卒業し、ひとり暮らしを始めた頃だった。
〈オレは長男だし、特に学校に執着もない〉
当初、継は中学を出てすぐに働くことを希望した。だが、弟ひとりを働かせ自分だけのうのうと学校には通えないと思ったつかさは考えた末「もう勉強はしたくない」という弟に、将来のことを憂い「家計を助けてくれるのはありがたいが、働きながらでも高校に行って欲しい」と定時制の高校を薦めたのだった。
〈無理強いはしないけど、高校くらいは出ておいたほうがいい…〉
それは、母親のたっての願いでもあった。
〈今どき中卒じゃ、あとあと苦労もあると思うし。あたしもその方が気兼ねなく高校に通える…〉
2年後、母親はつかさの卒業を待たずに父の後を追うようにして亡くなり、それを気に継は、弁当屋の配達のほか、日中はファミリーレストランでアルバイトをして家計を助けてくれていた。夜の仕事をしているつかさに遠慮があったのか、文句も言わず、卒業後は家を出てイタリアンレストランに就職した。
そんな折、つかさの勤めるスナック近くの公園施設が修繕されることになった。遊具の老朽化が進み、しばらく「使用禁止」の貼紙がされていたのだが、団地の増設と保育園の併設に伴い、いよいよ施設の修繕が余儀なくされたためらしかった。
〈この辺もようやく明るくなるわね…〉
客の少ないことを憂いていたママは団地の増設等々には実に乗り気であったが、わざわざ人の来ない店を選んで通っていたつかさにとっては迷惑な話だった。
しばらく使われていなかった公園施設は草木が生い茂り、砂地も荒れ放題で、その園内の草木の伐採と花壇の整備を担当することになったのが吾郎の勤める造園業者だったのだ。
出会いがなかった…と言ってしまえばそれまでだが、普段は中高年の相手ばかりだったつかさに、6つ歳上の吾郎の存在はとても新鮮で、且つお洒落に映ったのかも知れない。人付き合いの少ないつかさにはとても刺激的で、親しくなるまでにそう時間はかからなかった。
〈オレ、親父になる〉
3年後、継がかねてより付き合っていた女性〈みさき〉との間に子どもができ、結婚することになった。散々世話になったうえに、先に家庭を持つことになったことを心底詫びていた継だったが、つかさはそんなことは介さず心から祝福した。
身内の結婚を前にしても、つかさは自分と重ねることなくそのまま当たり前に日々は過ぎていくものと思っていた。しかし、
〈俺たちも考えてみないか・・・・〉
その姿に感化されたのは吾郎の方で、翌年、2番目の弟の〈舵(かじ)〉が高校を卒業するのを待って「籍を入れよう」という話が急に持ち上がった。つかさは急に自分に矛先を向けられたことに慌てた。結婚などまったく以て想定外の展開で、ましてや吾郎との生活など意識してもいなかったからだ。
今思えば、望んでさえなかったかもしれない。だが。

・・・・もう夜の仕事なんかしなくていい
・・・・俺がお前を楽にしてやる
・・・・俺が全部引き受けてやる

などと吾郎がやたら男らしく口外したため、つかさ本人の気持ちは置いていかれたまま、周囲の勢いに乗せられて話が進んでいったのだった。
〈ほら、言った通りでしょう…〉
半ば予言のようなママの言葉も、ありがたいというよりはありがた迷惑のように感じたものだったが、これで薄暗い場所から解放されるのか思うと、それだけは唯一心から喜べたことだった。
これでいいんだろうか。
これが最善なのだろうか。
結婚って、こういうもの・・・・?


かつてお嬢様学校ともてはやされた世界で、生徒達の憧れの象徴『オスカル』の名を冠されて過ごした乙女たち。時に繊細に、時に赤裸々に、オスカルが女でありながらドレスを纏うことを諦めたように、彼女たちもまたなにかを諦め、だれにも言えない秘密を抱えて生きている・・・・。

創立100周年の記念パーティーは『高嶺(高値)のオスカル』こと〈御門 玲(みかどあきら)〉の父親の営む高級ホテル〈IMPERIAL〉で、在学していた当時を圧倒的に凌ぐ煌びやかさで盛大に行われた。世界中で活躍する卒業生や卒業生の息のかかった腕の立つ料理人たちが集められ、エンターティナーショーさながらにその腕前は披露された。


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まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します