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小説『同窓会』4

   《 第九のオスカル 》
        ~ 立花萌絵 ~


子どもの頃から「歌のお姉さん」になるのが夢だった。
かわいらしい番組キャラクターのきぐるみと一緒に子どもたちに囲まれ、オーバーなくらいの笑顔を振りまく、澄んだかわいらしい歌声を披露するお姉さんになりたいと思っていた。ゆえに、学童唱歌は小学校の入学前にほぼ歌えるようになっていた。
もともと歌うことは好きだった。だから音楽の時間や合同朝礼などでしばしば生徒の前に立たされ歌うことがあっても、緊張することなく堂々と役目を果たすことができた。町内のお祭りその他の歌の舞台は当然のように常連だったし、知らない地域からお呼びがかかることもあった。そして苦も無く、小学校からずっとブレずにコーラス部を貫き、毎年必ず上位入賞を勝ち取るという有名な指導者がいる高校に入学した末、満を持して〈ソリスト〉の座を手にした。当然音大を目指し、だが目指しているゴールが見えていたにもかかわらず、いつも心は満たされなかった。
(歌のお姉さんが最終地点じゃなかったのかな…)
自分の中に疑問が生じたのは、そうとんとん拍子に「夢を掴めるわけではない」ことを思い知ったからでもあった。タイミングに見放された大学在学中から卒業後しばらくは〈歌のお姉さん〉の募集がなく、だが諦めきれずに小さな子ども向けの〈マスクプレイミュージカル〉の劇団に歌手として在籍しながら機会を待った。それから3年、ようやっと巡ってきたチャンスを掴み子ども向け教育番組のオーディションに合格、見事に夢を勝ち取ったわけだったが、教育番組とあって「男女交際厳禁」であることと、年齢制限によりわずか3年半でブラウン管を去ることになり、そのあとは細々と教育番組の主題歌を担当したり、童謡のCDを出したり、幼児教育雑誌についている〈しつけビデオ〉等の歌当てやナビゲーターを務めて過ごしている。
現在は、ブラウン管を去ると同時にそれまで清楚系を象徴するかのように伸ばしていた髪をバッサリと切り、再び小さな子ども向け劇団で地方を回り活動する毎日だが、30歳を目前に萌絵は、次の選択を迫られていた。
「おりり~ん。こっち、こっち…」
きらびやかな衣装を纏った卒業生たちが続々と入口から場内に飲み込まれてくる中、萌絵は待ち人の姿を目に止め、高らかにジャンプしながら手をあげた。こちらに気づいて向かってくる彼女にさらに大きく手を振り返し、
「相変わらず、かわいらしい恰好しちゃってさぁ…」
と、見えない距離からの冷めた視線で毒づく。
こちらの呼びかけに答え、ひとの合間を縫ってやってくるのは、現在〈樋渡(ひわたり)〉姓を名乗っている、かつて『おてんばオスカル』と冠されていた在学当時からの親友〈七浦織瀬(ななうらおりせ)〉である。昨年8月に挙式を迎えたばかりの彼女は、初々しい若奥様さながらに、ウエスト部分からチューリップを逆さにしたようなふんわりとした淡いオレンジ色のワンピースに白い光沢のあるカーディガンを身に着けていた。それは、萌絵が絶対に選ばないファッションだった。
「すごいね。玄関前、高級車がたくさん」
息を弾ませ駆け寄る織瀬。
「そりゃ、天下の御門(みかど)グループのホテルだもん。それに、今日は富裕層のご令嬢さまのお集まりですからね~」
開場して間もないフロア内は自分の席を探すかつての生徒たちでごった返していた。一番目立つのはやはり、最前列の貴賓席に陣取っている高齢の卒業生たちだろうか。〈ブルボン王朝〉さながらの煌びやかなドレスに身を包むお姉さま方がところ狭しと並んでいる。
「元気だった? 結婚式以来だね」
「もう、そんなになる?」
久しぶりの再会に高揚する頬を抑え、明るく答える織瀬。
「どうなのよ~新婚生活は」
肩先で、自分より背の低い織瀬の背中をぐいぐいと押しつける。
「うん。まぁまぁ…」
そこは照れてしかるべきところだが、以外にも歯切れが悪い織瀬に、
「まぁまぁってなによ~。独身のあたしには刺激的すぎて言えないってこと~?」
さらに肩を寄せつつ、いたずらな目を向ける。
「そんなことないよ」
「席こっちね。織瀬のクラス、隣だけど…木崎さんの席と取り換えちゃった」
自分の席の隣にちゃっかりと織瀬の名札を並べて座っている萌絵。そう、ここは萌絵の在学時のクラスである〈山〉組だ。
「え、そんなことして平気なの?」
〈森〉組の織瀬は躊躇しながらも椅子に手をかけた。
「ん。だって、木崎さんはずっとピアノだろうし、学長先生たちのテーブルのところに別に席が設けてあったから、わざわざこっちには来ないんじゃない?」
「へぇ、さすがだねぇ。ピアニストともなると、席が増えるんだ」
感心しながら織瀬は背もたれに小さなバッグを載せ、椅子を引くと、
「なにこれ。『おてんばオスカル』って書いてある、なんで?」
と、自分の名札のついたナプキンホルダーを持ち上げた。
「あ~サプライズのつもりなんだろうね。知ってる限りの『オスカル』の名前があちこちに書いてあるよ」
「そうじゃなくて、なんで? あたし『オスカル』でもなんでもないじゃん」
「え? おりりん知らなかったの、自分がなんて呼ばれてたか…」
「え? どういうこと?」
呆けた親友の顔を見、萌絵は高らかに笑った。
「あっはっは…面白い。そういうことかぁ」
言いながら椅子を引き、織瀬の方に膝を傾ける。
「なに? どういうこと…?」
「だからさ、当時自分がなんて呼ばれてたか知らない人の方が多いってことだよね?」
そういいながら萌絵は、自分の名札を差し出す。当然そこには『第九のオスカル』と明記されてある。
「え、なに? あたし『おてんば』って言われてたってこと? なんで? どこが? どの辺がよ? うそ~」
情けない声を出してテーブルに突っ伏する。
「あはははは…だからあちこちで悲鳴が聞こえてるわけだ」
そう確かに、そこかしこで感嘆の声がやまない。
「知りたくない人だっているだろうにねぇ~」
「知りたくなかったよ。まさかの『おてんば』だもん。あたしそんなに『おてんば』だったの?」
「イメージの問題じゃない? ほら、皮肉られてた人もいたわけだし…」
「じゃ、これ皮肉ってこと? 確かにあまりいい印象はなかったかもしれないけど」
「そんなことないよ。おりりんの場合は笑顔のイメージでしょ」
「なんか複雑…」
「やだ、なんで? やっかみは女の勲章でしょう? さすがにもう時効だよ」
「あ~こんなことって。あたし、もえもえに会いたいから来ただけなのに~」
「はいはい、ご愁傷さま」  
ポンポンと、肩を叩く。ふと、入り口付近に視線を走らせ、
「やだ、珍しいひとがいる」
そう言って萌絵は表情を固めた。
「え、だれ?」
「彼女よ…」
つい、と入口の方を顎で示しながらおもむろに萌絵が口にしたのは、かつて『観劇のオスカル』と冠された同級生。現在は芸名を〈弥生すみれ〉と名乗り、早くから女優業をしている〈花村弥生子(やえこ)〉だった。
「あたし、ちょっといってくんね」
有無を言わさず立ち上がり、彼女を目指した。
「え、ちょっと…」


かつてお嬢様学校ともてはやされた世界で、生徒達の憧れの象徴『オスカル』の名を冠されて過ごした乙女たち。時に繊細に、時に赤裸々に、オスカルが女でありながらドレスを纏うことを諦めたように、彼女たちもまたなにかを諦め、だれにも言えない秘密を抱えて生きている・・・・。

創立100周年の記念パーティーは『高嶺(高値)のオスカル』こと〈御門 玲(みかどあきら)〉の父親の営む高級ホテル〈IMPERIAL〉で、在学していた当時を圧倒的に凌ぐ煌びやかさで盛大に行われた。世界中で活躍する卒業生や卒業生の息のかかった腕の立つ料理人たちが集められ、エンターティナーショーさながらにその腕前は披露された。


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まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します