万年筆回顧録『羽毛のタッチ』第二回
二、羽毛のタッチとPelikanフィーバー
前回の続き――PARKERソネットを購入する際に、興味本位でPelikanスーベレーンM400を試し書きしたこと――を語る前に、万年筆について予め話しておかなければならないことがある。万年筆の構え方(持ち方)についてだ。
万年筆で筆記する際には、鉛筆やシャープペンシル、ボールペンと同じように構えてはならない。万年筆用の構えとは、これ即ちペンの中ほどを持つことを指す。ペンの中ほどを持つと、自然と筆記角度が傾斜する。20度から30度ぐらいが目安だ。
なぜ、あえてペンを寝かせる必要があるのか? ペン先に力を込められないようにするためだ。
万年筆は、作家が執筆をする際に大量の原稿を手書きしても疲れないためにある。いわば腱鞘炎予防のペンなのだ。だから力を入れずに文字が書けるように作られている。ペンの自重だけで筆記することが出来るのだ。
大抵の人が(私も含めて)、鉛筆やシャープペンシル、ボールペンを使用する際に、ペンの先端付近を持つのは、これらの文具が筆記に力を要するからである。
万年筆が、鉛筆やシャープペンシル、ボールペンの対極に位置する筆記具であることがお分かりいただけただろうか?
中には、「自分が買った万年筆なんだから、好きなように使いたい」という方もいらっしゃるかもしれない。どうぞ、お好きなように。それを止めるつもりはない。ただ、金は柔らかいので、力をかけ過ぎるとペン先のスリットが開いてしまう恐れがあるし、何より、せっかく高いお金を出して買った万年筆の一番の醍醐味を自ら放棄し、あえて対極に位置する筆記具と同じように――ペン先に力を込めて――筆記することの「滑稽さ」は理解しておいていただきだい。それは言うなれば、「せっかく旅行に出たのに、旅先でパチンコに終始する」ような行為なのだから。
そう、万年筆とは実に面倒くさい文房具なのだ。筆記中にうっかり手をすべらせて床に落とそうものなら、それだけで一巻の終わり。ペン先が曲がってしまえば、修理に出さない限り元通りにはならない(修理に出しても元通りにはならないかもしれない)。そもそも、文房具をいちいち修理に出すなんて、手間隙かかって面倒くさい。それなりにお金もかかるし。
しかし、それを補って余りある魅力が、その書き味にあるのだ。
前置きが長くなったが、場面を僕の地元の文具店の2階、これ見よがしに万年筆が陳列されているガラス製カウンターの上に移す。
僕が購入を決めていたPARKERソネット(Fニブ)の書き味は、ハッキリ言ってSAILORプロフィットスタンダード(細字)のそれと比較して大差がなかった。強いて違いをあげるなら、同じ細字でも舶来万年筆の方が字幅が太い、ということぐらいだった。
「そっちのPelikanの万年筆も試し書きさせてもらってもいいですか?」
僕は、思わず店員に声をかけた。Pelikan万年筆のクリップは、ペリカンのくちばしの形をしている。つまり、特徴的で、かわいらしいのだ。
店員からグリーンストライプのPelikanスーベレーンM400(Fニブ)を手渡された僕は、試し書き用のメモ用紙に向かって、おもむろにペン先を走らせた。いつもの「永」の字を書いたのだ。
――次の瞬間、メモをとっている右手はそのままに、僕の体だけが「ふわり」と宙に浮いたような、「うっとりする」という言葉をそのまま体現したような、そんな奇妙な感覚に初めて襲われた。「Pelikan万年筆、恐るべし……」、僕は内心唸り声をあげていた。
その日は、大人しくPARKERソネットだけを買って家に帰った(こいつがまた問題児で、キャップの天冠部分に意図的に穴が空けられているため、インクが速攻でドライアップしてしまうというトラブルに絶えず悩まされた)。が、以来寝ても覚めてもPelikanスーベレーンの感触――羽毛のタッチ――が頭から離れなくなってしまった。
矢も楯もたまらず、スーベレーンシルバートリムM405ダークブルー(EFニブ)を購入したのを皮切りに、空前絶後のPelikanフィーバーが幕を開けたのである。
Pelikanフィーバーは、まだまだ続く……。
【補足】
「万年筆は作家のためにある」と言ったけれど、作家が手書きをやめてしまった昨今、「万年筆は趣味の文具人のためにある」のかもしれない。
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