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問わず語り

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なぜ人は創作するのか?

またHODで哲学対話をした。テーマは「人はなぜ創作するのか?」 人の営みの多くは、その成果を共有して対価を受け取るためにある。例えば資格試験の勉強が苦しくても頑張るのは、その資格を取ることで給料が上がり、給料が上がるとより良い生活ができるからだ。ここではより良い生活が勉強のモチベーションになっている。 でも創作物に関しては人によってはそもそも人に見せることを意図せずに作ることもあって、そうすると創作の対価はあやふやなものに思える。もちろん文学賞などを取るための作品作りや職

    • HOD ZINE2 全文感想(ネタバレあり)

      エビハラ「狩場」yukieさんの自白で完全に落ちてたと思ったので、(信頼できない)語り手の種明かしでヒョエ~となりました。上手い。読書会はマルチの狩場でもあり吸血鬼の狩場でもあったってことか…。確かに現実の読書会に存在し得るダークサイドですね。 本田臨「エン/シン・パシー」真実を知らないアサキとトラの視点から入っていって最終的に行灯=袴田の視点で真相が明らかになるというのが技巧的で面白いと思いました。読書会を舞台にしたひとつのミステリとも読めますね。自分も読書会でべらべら一

      • 【ネタバレ】宮崎駿(2023)『君たちはどう生きるか』感想

        みた。内容に関する記述があるよ。🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓🐓 このタイトルであの内容だとは思わないだろ!!! あと↑の眼鏡かけた実直そうな少年、まったく出てこなかった。何だったんだ。完全にかく乱させられている。 最初の火事の場面の表現はすごかった。シンエヴァのラストといい、アニメの表現てまだまだ進化を続けてるんだな~と感動。 中盤まではふーんという感じ。父とナツコの戦前の教科書に出てきそうな夫婦の感じにだいぶ

        • 「こだわり」と「ひとりよがり」の違いってなに?

          Twitterスペースの哲学対話でこだわりと独りよがりの違いについて話した。 「こだわり」は多くの場合ニュートラルか、あるいは価値を持つものとしてあつかわれる(例えば「職人のこだわり」)。一方で「ひとりよがり」は明らかにネガティブな意味合いで使われる(例えば「ひとりよがりな価値観」)。でも両方とも、何か(をすること)に固執するという意味では同じ。この二つはどういう関係なんだろうか? まずこだわりは他者を必要としないと言えるんじゃないか。自分が青にこだわるのは自分が青が好き

        なぜ人は創作するのか?

          入院中の思い出:爺さんその2

          ひと月も入院しているとだいぶ回復してきて後は減薬だけになったので、少しでも体力を取り戻すために(風呂に入ると身動き取れないくらい疲れてしまっていた)、朝6時から談話室にあるテレビでラジオ体操をやることにした。 その時間に談話室に行くと大抵もう一人爺さんが居て、毎日顔を合わせるうちに世間話をする間柄になった。 しかしこの爺さんは中々の不良患者で、食事制限をまるで守らずに少し良くなってはまた悪くなるを繰り返しているようだった。一緒に病院の中のコンビニに行っては、どう考えても食

          入院中の思い出:爺さんその2

          入院中の思い出:爺さんその1

          大学生の頃、調子がかなり悪くなり強制入院となった。体重が20キロほど落ちて骨と皮になり、炎症の痛みで意識がとぎれとぎれになるなどボロボロだったとき、隣のベッドに爺さんが入院してきた。 爺さんはどうやら血液がんらしいが、まったくピンピンしていて先週はステーキを食べたとかのたまっていた。この爺さん、強烈な病人哲学を持っていて「患者が主役、医者は脇役」が口癖だった。看護師に説教をするものだから鬱陶しいこと限りなく、その上隣の私に始終話しかけてくるのにはうんざりさせられた。こっちは

          入院中の思い出:爺さんその1

          某国の思い出:人種編

          あるパーティでイタリア人と話していると、「君にすごい似ている有名人がイタリアに居る」と言って写真を見せてきた(正直どこが似ているのがわからなかった)。 彼女曰く顔のタイプが一緒でも、アジア人はハンサムに見えないの不思議よね~とのこと。は?と思ったが、一緒に居たオランダ人がそれってレイシズムじゃねと突っ込んでいた。 実のところ人種差別っぽいことは某国ではそこまで経験しなかった。政治的にコンシャスなお国柄だったからかもしれない。道を歩いていたら小学生に「中国人!」と叫ばれたり

          某国の思い出:人種編

          「他人に振り回される」とは何か

          他人に振り回されることは一般的に不快で苦しいものだと思う。赤の他人や知り合い、親しい人たちの些細な言動で主にネガティブな方向に気持ちが向かってしまうことは望ましくない。 しかしまったく他人に振り回されない人と他人の存在に無頓着な人はどう違うのだろうか。後者もやはり望ましくない在り方のように思える。少なくとも私は大切だと感じる人に無頓着にはなりたくない。 ここでの問題は他人に振り回されないことと無頓着ではないことの両立ということになる。この二つはどうやって両立できるのだろう

          「他人に振り回される」とは何か

          某国の思い出:メシマズ編

          あの国はどうしようもなく飯がマズかった。でも住んでいる人々はそれが当たり前なのでなんとも思わないのだ。 思えば着いて数日で何か違和感があった。というのも大学の学食で飯を食べていると、どのメニューを頼んでもマズいのだ。そのときは格安の学生食堂だからマズいのかと思っていた。 しかしあるとき首都の星付きレストランに行くことになった。そこでの食事は恐るべきものだった。そもそもコース料理なのにメインがハンバーガーだった。スープは妙にドロドロで豆感が強すぎた。全体的に味が薄かった。

          某国の思い出:メシマズ編

          某国の思い出:薬物編

          ヨーロッパはクラブカルチャーが盛んなので、社交の場としてクラブに行くことが多かった。でもあんなに音がデカいところでおしゃべりも何もないし、何の意味があったのか。 初めてクラブに行ったとき、異臭がするので同行者に尋ねると、マリファナだと教えてくれた。違法らしいが日本ほど厳しくないらしい。あの匂いは何と表現したら良いか、クセが強すぎるタバコみたいな感じだった。 友人も吸ったことがあるらしく、ちょっとした危ないお遊びとして定着しているようだった。 そういえば到着初日に泊まった

          某国の思い出:薬物編

          某国の思い出:カルチャーショック編

          ・こちらのスーパーで驚かされるのは、客が一度取った品物をてんで違う場所に置いていくこと。おそらくそれが普通、あるいはそこまで悪いことだとは思われてない。だからお菓子の棚にレタスが置いてあったり、飲み物の棚にバナナが置かれていたりする ・レジの店員も椅子に座ってスマホをいじったり、後ろのレジの店員としゃべっていたりする。そしてこの国には営業スマイルという言葉はないので(ジョークを言わない)客には常に塩対応である。到着直後の空港の案内係の無表情っぷりには驚いたが、流石にもう慣れ

          某国の思い出:カルチャーショック編