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失恋

君と僕が出会ったのは、今年の桜の開花予報が出たあたり。

これから桜が咲く時期だっていうのに、
君は、あらゆる所で金木犀を探していた。
雑貨屋に行けば、金木犀の香りのアロマやハンドクリーム、香水。
ドライブで音楽をかけるときには、金木犀の題名や歌詞の入った曲。
本屋に行けば、金木犀を題材にした本。

金木犀の匂いのする季節に何かあったのだろうか。
察しの悪い僕でも、それは間違いないと確信できるくらい金木犀への執着を感じ取れた。

そんな君に興味が湧いて、気づけば無意識に僕も金木犀を目にする度、君のことを思い出すようになっていた。
なぜ、君が金木犀をそんなに好きなのか、僕は知りたいけど知りたくない気持ちが葛藤して、その理由を聞くことはなかった。



そんな君と桜を見に行く約束をした。
僕から誘った。
金木犀を桜で上書きしてやる、そう思ったからだ。
お花好きな君は快く、「行きたい」と返事をくれた。

休日の割に少し早起きして君を迎えに行った。
高速で県外の桜を見に行った。目的地に着いたのは昼過ぎ。

天気は曇のち雨。
桜見日和には恵まれなかったが、屋台もたくさん出ていて救われた。
桜見と食べるを繰り返しているうちに日が落ち、桜がライトアップされるまであっという間に楽しめた。

僕は、雨があまり好きじゃない。気分は落ちるし、ヘアセットは崩れるしいいことないからだ。
でも、一緒に過ごしているのが君とだからなのか、楽しかった。1本の傘に君と2人で入れるのも嬉しかったし、雨すら最高のエキストラだった。


花見はこれが初めてじゃないが、花を見て何が楽しいのか僕にはよく分からなかった。
君は、なぜお花を見に行きたがるのだろう。お花が好きなのだろうか。

君は満開の桜を見て、「見て!すっごい綺麗だよ!川に反射してる!」と、にこにこしながら写真を撮ったり、はしゃいでいた。
僕は桜よりも、桜を見て喜んで笑っている姿の方が何倍も綺麗に思えるし、愛おしく見えた。

そんな君に、僕と一緒に桜を見たこの日を、来年の春にも思い出してほしい。
いや、春だけじゃない。夏秋冬でも桜を見る機会がある度に、見なくても僕のことを思い浮かべてほしい。
君の春夏秋冬を、僕が全部独占したい。


あ、僕は君のことが好きなんだ。
気づいてしまいました。


君が金木犀を見る度、思い出す度にするあの優しい目、何か大切なものを見つめているような柔らかい眼差し。
その君の優しい目で、僕のことを見ていてほしい。想ってほしかったんだ。



僕は、"自分らしく"そんな信念を持って、僕自身のことを愛したい。
それから、堂々と君に「好きです」と伝えたい。
胸を張って君を愛し、支えられるようになりたい。

金木犀を見つめている君の顔が好きだ。
でも、金木犀が存在しないはずの春に金木犀を探す君、金木犀の匂いを辿っている君は、好きになるのが苦しかった。
ねぇ、君は金木犀を見る度に誰を想っているの?
金木犀を見る度に幸せそうにしている君を見ると、嫉妬で狂いそうになる。

そう思ってしまう自分が許せなかった。
そんな僕を、僕は愛せない。愛せていない。

そんな僕で君を好きになっていいんだろうか。
でも、間違いなく君のことは好きで、誰かと比べなくても君を愛している自信はある。あるはずなんだ。
なのに、勝手に君を好きになって、勝手に好きでいるのを諦めたい。

失恋だよ、勝手に失恋した。
君に告白すらしていないのに。

苦しかった。
桜を見ている時さえ、金木犀を追いかけている君を見るのが耐えられなかった。僕でなく、他の誰かを見つめている君を、僕は愛し続けられなかった。

僕ではなく、他の人に、
君のことを1番に愛している人に、
君のことを大切な人にしてくれる人に、
君の大切な人に、
大好きな人に愛してもらってね。幸せになってね。
そうやって託して、祈ってしまった僕は最低だ。

僕が幸せにしたかった、愛したかった。
ごめんなさい。

僕自身もつくづく不器用だなって思う。馬鹿だよね。
何もできなかった。
願う暇があるならさっさと告白しろよ、僕。
願う事しかできない僕は弱い。

愛から逃げた、君から逃げた。

でも、心底から君の幸せを願ってる。
君は生きて欲しい、幸せになってほしい。
君には、苦しくて寂しくて眠れない日なんてきてほしくない。

そんな時があった時は、僕がそんな夜を共にしていたい。
なのに、逃げてるんだ。
死ぬ気で愛せなくてごめん。
金木犀の匂いが好きな君を、丸ごと愛さなくて。

僕と君が出会った季節が金木犀の匂いする時期だったらよかったのに。
僕が桜で上書きできたらよかったのに。


来世では、金木犀が僕と君の出会いのきっかけの代名詞になりますように。

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